少しの変化
冒険者ギルドで、あれこれと調べて貰った私はその結果に酷く落胆していました。行こうと言うアレに連れられて、気分転換にカフェへ連れていかれたのです。
アレが選んだにしては、落ち着いた雰囲気の店内でアレと向き合い座ります。
はぁ~、と溜息を零し、差し出されたメニューからコーヒーを頼んだ私は目の前でニコニコと微笑むアレの存在に気付いたのです。
「なにが、そんなに、楽しいのですか?」
微々たる魔力しかないと言われ、落ち込んでいた私は八つ当たりのごとくアレを睨みつけました。私が睨みつけたところでアレが変わるはずもなく。
「冒険者登録できて良かったと思ったんだ。それに、リアとこうしてカフェに来れた」
「はぁ~。ありがとうございます。カフェに来たのがそんなに嬉しいのですか?」
「あぁ、そうだ。これまでは何度誘っても絶対に来てくれなかっただろう?」
「…………そう、ですね」
「そう、嫌そうな顔をしないでくれ。折角のデートなのだから、何か話をしよう」
「はぁ、まぁデートではありませんが、いいでしょう。ところで、お坊ちゃまはマリアーヌ様を放っておいていいのですか?」
笑顔がむかついた私は、敢えてマリアーヌ様の名前を出しアレの気分を低下させようと試みます。けれど、そんな私の言葉などどこ吹く風のアレは楽しそうに「リアがいれば、私はそれでいいんだ」と、頬を赤らめ答えたのです。
この人はどうしてここまで私に執着するのでしょうか? 見た目も日本で言うところのイケメンです。性格は、ちょっと甘えが強くて難ありですけど、お金もありますし将来は公爵位を継ぐでしょうし……。モテないはずがないのに、どうして私のような庶民を? と思わずにはいられません。
アレの思考が全く理解できない私はどうせこのまま一緒にお茶をするのなら、とアレに色々と質問をしてみることにしました。
「せっかくですし、お坊ちゃまの事を教えてください」そう言って切り出した私の質問にアレは嬉々として答えてくれます。
趣味は何かと聞けば、最近は遠乗りだとか、座禅も意外に好ましいとか。好きな飲み物は、フレッシュジュースで、食べ物は、意外な事にイチゴなのだそうです。
「さっきも聞きましたけど……どうして、私なんですか?」
ついでとばかりに、気になっていた質問を口に出した私にアレは「わからないんだ」と本当に困った顔で返しました。
「ただ、初めてリアに会った時、私は運命だと感じたんだ」
「運命……ですか」
あれですかね? 一昔前のビビビって来たとか言うやつですかね? それとも、最近流行の悪役令嬢とかの王子が良く言うのですかね? アレって結局真実の愛とか言いながら、甘言に流されて自分見失って馬鹿がバカでしたと言うお話しでしかなかった気がします。
かくいうお坊ちゃまも、そんな王子と状況的によく似ているような気がしなくもないのですが……。だって、ほら公爵邸に勤め始めた頃、公爵様が仰っていたではないですか。マリアーヌ様との婚約は家のためとかなんとか……。
「あぁ、運命だ。私のこの気持ちの高ぶりは、神がリアを私に遣わされた故のものではないかと、最近ではよく考えるんだ」
「へ~。でも、家のためにはマリアーヌ様が必要なのでは?」
「……っ」
拳を握り、力説するアレについついチクりと痛いところをついてしまいました。別にマリアーヌ様とコレがくっ付くならそれでいいとは思うのですが、なんと言えばいいのでしょうか? 最近、これに対する嫌悪感が薄れている気がしています。
運ばれてきた濃いめのブラックコーヒーを啜り、難しい顔をして考えるアレの顔を見ていたのです。
「そう言えば、ほら、あの方……えぇっと……」
「ん?」
「ほら、公爵邸の道場に入ってこられた」
「あぁ、リュミノアール嬢か?」
「そう、蛙さん」
ふとこの間の授業で再開した彼女の事を思い出した私は彼女の名前が出てこず、アレに名前を言われて蛙と答えてしまいます。それに一瞬ギョッとした顔をしたアレは、蛙か……と言いながらクスクスと笑いました。
こういう柔らかな表情も出来るのですね。
「リュミノアール様に先日授業の際にお会いしまして、その時に相談されてきたのですが……。あの方、婚約者様がいらっしゃったのですね」
授業終わりにモジモジとしながら私の元へ来たリュミノアール様を思い出しながら、相談された内容を濁しつつアレに伝えれば「あぁ、子爵家のヴォールセンだろ? 貴族だからな婚約者がいないと言うのもおかしな話だし、居て当然だろうな」と、当たり前のように素で返されました。
アレの反応からするに、二人の関係に進展はないですね。可哀想ですが、彼女の恋は成就しないでしょう。アレの眼に映りたいがために必死にやっているようですが、マリアーヌ様と比べるとどうしても劣ると言うか……何と言うか。
彼女が相談事は、アレに対する恋心的なものについてで……。
既にマリアーヌ様と言う婚約者がいるアレに、彼女は本気で恋をしているらしく。どうしたらアレに目を向けて貰えるのか、アレと結婚できるのか、などなどでした。
真剣に相談する彼女の本心は、本気で好きだから協力して欲しいだったのでしょうが、正直面倒なので関わり合いになりたくないです。どうしても結婚したいなら自分で努力するしかないと思いますし、その方法を私に聞かれても迷惑でしかありません。
「お坊ちゃまは、彼女との結婚などは考えないのですか?」
口をついて出た言葉に、あ、やらかしてしまったと思いつつ顔は平静を保ちます。
「はっ、ありえない。リュミノアール嬢がどう思っているか知らないけれど、私にとって彼女はあくまでも学友だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「なるほど……」
ありえないと言い切ったアレは、熱のこもった視線で私を見つめています。コレはマズイと酷く嫌な予感を覚えた私は、届いたばかりの二杯目のコーヒーを啜りったのです。
お待たせしました。