若返りですって?
優雅な所作で差し出した紅茶を飲むマリアーヌ様は、カップを置くと私へと向き直りました。どこか思いつめたような表情にあの日の朝の事が脳裏に蘇ります。
「リアさん。貴方とはきちんと一度お話ししたいと思っていましたの」
「そうですか」
「えぇ。わたくしは公爵様に請われ仕方なくシュリハルト様の婚約者となりましたわ。でも、彼の気持ちは貴方に向いている」
マリアーヌ様に真っすぐに見つめられた私は、悪くも無いのになぜか居心地が悪いです。しかし、このままおざなりに知るべきことではないので彼女の言葉を待ちました。
「あぁ、伝える順番を間違いましたわ。まず先に、わたくしはシュリハルト様を愛してはおりませんのよ。と言うか、別にお慕いしている方がおりますの。公爵様から聞かれていらっしゃいますでしょう?」
「はぁ……そうですね」
「ですからね。リアさんには申し訳ないけれど、シュリハルト様と貴方がくっ付いて下さればいいと思っておりますのよ」
悪戯っ子のような笑みを見せてふふと笑うマリアーヌ様に顔が引き攣るのを感じました。
えっと、要は……私に生贄になれと仰っているのでしょうか? ありえないんですけど?
「マリアーヌ様にはお伝えしていたと思いますが、私は今年三十路ですよ?」
「ミソジ?」
「あぁ、えっとですね。今年で三十歳になると言う事です。簡単に言えば、私とマリアーヌ様は十二歳の年の差があると言う事です。そこを踏まえてアレじゃなかった、お坊ちゃまとは釣り合わないと思いますが?」
三十路は日本語であり、この世界で通じる言葉ではなかったらしい。慌てて自身の年齢と年齢差があると伝えました。
少しの間驚いたように私を見ていたマリアーヌ様は「そうなのね」と言いながら、じっとこちらを見ています。
「な、何か?」
「いえ、どこで読んだか忘れたのだけれど……落ち人って、落ちてくるときに見た目が若返ると言う話があるのだけれど、リアさんは本当に三十歳なのかしら? と思って」
「……は?」
「わたくしが見る限り、リアさんは二十歳前後に見えるわ。三十歳と言えばわたくしのおば様と同い年になるのだけれど、それにしては……肌や髪の質、見た目も若く見えるのですわ」
思わぬ発言に、今度は私の方が思考を停止させました。
公爵様と話した時もそうだし、私はどちらかと言うと老け顔だったはず……。なのにこの世界に来た途端若くみられている。今まで何故疑問に思わなかったのだろう?
焦燥感が胸に押し寄せ、不安が募った。そんな私の焦りを知らないマリアーヌ様が何かを思いついたかのように笑う。
「そうだわ。年齢を知る方法があるわ!」
「年齢を知る方法ですか?」
「えぇ、そうよ! この学園に入学する時に、各個人の情報を調べる物があるのですわ! それで調べればわかりますわね! こうしてはいられませんわ。直ぐに学園長にお願いしてまいりますわね!」
私が返事をするよりも先にマリアーヌ様が嬉々とした様子で立ち上がり、教員室を出ていかれました。その背中を見送った私は、再び扉がノックされるまで呆然と扉をみていたのです。
コンコンコンと三度のノックに慌てて返事を返し、扉を開けるとそこには超絶いい笑顔のアレがいました。
個室に二人きりはまずいと思いながら、アレの相手をしていたのです。が、アレはどうも授業の事で相談があるらしく少しの間だけでいいから話を聞いて欲しいと頭を下げました。
扉を少し開けた状態でアレを招き入れ、二人っきりになれない状況を作った状態でソファーに腰掛けます。それを気にした素振りも無く座ったアレは、カップが二つ置いてあることに気付き私に誰が来ていたのか聞いてきます。
「あぁ、先ほどまでマリアーヌ様がいらっしゃいましたから」
「何故、マリアーヌがリアの元に……まさか、リア。マリアーヌに何か吹き込まれたのか?」
何かを誤解したらしいアレは前のめりで私に詰め寄ろうとします。そんなアレから身体を離しつつ私は「何も言われておりませんよ」と返しました。
正直さっさと部屋を出て行って欲しいのですが……。
「それで、ご相談とは何ですか?」
「…………その、実はだな。リアの授業を選択する生徒が増えているそうだ」
「はぁ。それが?」
「リアは、その……いや、なんでもない」
言いかけた言葉を濁し、言い淀むアレの様子に首を傾げるしかありません。
授業を選択する生徒が増えたからどうしたんですか? それが何なのでしょうか?
「それよりも、リアの授業は本当に集中力を高めてくれるのだな。私も他の授業でそれを実感できたんだ」
「そうですか、それは良かったです。学生の本分は勉学ですから、しっかりとお勉強なさってくださいね」
「あぁ、そうするよ」
………………他愛のない会話が続きました。都度都度、間が持ちません。と言うかアレが何かを期待する視線を寄こすのですが、何を期待しているのか判らないのでより答えに困ります。
とそこへ、再び扉がノックされマリアーヌ様が大きな水晶玉を抱えた一人の教授を連れて戻ってこられました。
「お待たせリアさん。って、あら、シュリハルト様もいらっしゃったのですね」
「失礼します。リア・コシガヤ教授。私は、魔道学を教えている。サイエンス・ヒスグリアと申します」
サイエンス・ヒスグリア教授は見た目二十台後半の赤茶けた髪に、こげ茶の瞳をした細身の男性です。
サイエンス教授に私も自己紹介を済ませ、ソファーへと促しました。そして、お二人へ紅茶を入れるため私は席を立ったのです。