先人は偉大です
アレの思いやりある発言を受け唖然としてしまった私は眼を見開いたまま整ったアレの顔を見つめていました。
「ふっ、リアそんなに見つめなくても君の愛は私に十分伝わっているよ」
何を言っているのでしょうか? 頭は大丈夫でしょうか? いえ、既に大丈夫ではなかったですね。私はそれを知っています。
決め顔で訳の分からない事を言い始めたアレに私は脳内でツッコミを入れつつ冷静に分析しました。
「シュリハルト様はどうしてもリアさんがよろしいの?」
少し寂し気な表情を作ったマリアーヌ様が何故か突然アレに確認を取ります。その発言にパっと明るい表情を見せたアレは私の事を良く知らないにも関わらず、私についてあることない事語りました。
「――という感じで、私はリア以外を妻にしたいとは思わないんだ!」
「そうですの……ですが、リアさんはそう考えていないと思うのですけれど?」
十五分にも及ぶ語りの終いに結婚すると言わんばかりの発言をするアレ。流石のマリアーヌ様も頬をひきつら、困惑した表情で私へと視線を寄こします。
ブンブンと音が鳴るほど首を横に振り全否定する私の様子に、公爵様ははぁーと大きい息を吐き出し、マリアーヌ様は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを抑えています。
ここへ来たばかりに公爵様は既に十歳は老け込んだ気がします。お身体は大丈夫でしょうか?
「とりあえず。お前の気持ちはわかったから、落ち着きない」
「父上! ついに私のこの気持ちを認めて下さったのですね! 感謝します。あとは母上を説得しさえすればリアがこの国を出ていく必要はない」
公爵様の言葉を聞いたアレは勘違いしたようです。嬉々として私の方へ歩み寄ってくるアレに身体を引きながら私は必死にツッコミを入れ、更にはどうやってこの局面を乗り切るか試行錯誤していました。
いやいや、公爵様は認めたわけではないです。ただ貴方を黙らせるためだけにわかったと仰っただけです。ていうか近いです。近い! 手を握るんじゃない! 奥様が許したとしてもお相手であるマリアーヌ様がいらっしゃるのですから無いですよ! ていうか、もう何その触り方気持ち悪いです!
絡めるようにした手が私の指先をなぞり、余りの気持ち悪さに全員が総毛立ち冷や汗が流れました。そんな私の気持ちなどアレが理解するはずもなく、無抵抗だと分かるや否や婚約者であるマリアーヌ様の前で腰に手を回してきたのです。
「ひっ!」
「マリアーヌには悪いと思っているよ。でもね。私はもうリア以外を愛せないんだ。だから、どうか君は私以外の人を探して欲しい」
私の短い悲鳴を無視してアレはマリアーヌ様を見つめ申し訳なさそうに眉尻を下げました。そこに本心があるのかどうかは別として……マリアーヌ様の返答に私は息を止め待ちました。
ですが、返事はマリアーヌ様ではなくお隣の公爵様から上がったのです。
「シュリハルト。お前の婚約者はマリアーヌ嬢だ。これはお前の気持ち一つで同行出来る事ではない」
「……っ、父上!」
「黙れ」
珍しく威厳ある口調でアレを黙らせた公爵様はマリアーヌ様へ「すまないな」と謝罪されました。そして私へと向き直おられます。真っ直ぐに私を見つめる公爵様の瞳には何か考えがあるように思えました。
「リア嬢、シュリハルトのめか――「嫌です」――……そうか」
重い口を開き私を呼んだ公爵様の言葉を理解するよりも早く、私の脳が拒絶する言葉を吐きだします。驚いた様子で目を見開き固まった公爵様は視線を揺らしぽつりと納得する言葉を零されると閉口されました。
「……申し訳ありません」
失礼な物言いだったと頭を下げる私に首を横に振り気にする事はないと言ってくださいます。この方のような落ち着いた男性であれば……アレにも見込みはあるのでしょうが、難しいですよね。
訳が判らない言い分を通そうとするアレを放置して、とりあえず学園へ向おうと告げた公爵様に誘われ共に馬車に乗り込んだ所で、使用人の分際で公爵様と馬車に乗って良いのか? とオロオロする私へ公爵様はふっと柔らかな笑みを浮かべられました。
「そう慌てる必要はない。私が自分でこうなるようにしたのだから自然体で座っていなさい」
「はい。ありがとうございます」
「シュリハルトとマリアーヌ嬢と共に馬車に乗るのも決まりが悪いだろう?」
「……確かに、仰る通りです」
「ふふっ。だろうと思ってこちらにしたんだ。ところで……リア嬢はやはり一夫一妻が当然だと考えているのかな?」
仰る意味を理解した私は公爵様の質問についてどういった趣旨があるのかを考えます。
これまで見てきた数か月の間で公爵様は愛人がいるようには見えませんでした。それは奥様もしかりです。ではなぜ、と考えた所で息子には甘いと言う事を思い出し息子のためかと結論付けます。ならば答えは一つしかありません。
「そうですね。私が元居た国では男女平等であり、結婚に関しても一夫一妻が常でした。浮気した場合、浮気した男女が責められ、浮気された方にはそれそおうの慰謝料や離婚……離縁などが認められておりました」
「そ、そうか……」
「はい。貴族社会などではなかったですが浮気した者は白い目で見られる世界です」
だいぶ誇張した気がしますが大まかにはあっているはず。視線を揺らし気まずそうな表情の公爵様のご様子からするとこれで正解だったのだと確信しました。
「数百年前までは私の国にも大名と呼ばれる領主貴族のような方々がいましたが、その方々でさえ一夫一妻を好む方が多かったようで、国王と同等の方以外基本妾を取る方はいなかったように思います」
「ほう。美談なんかもあるのか?」
「そうですね~。私もあまり歴史に詳しくはないのですが……。約五百年前私の生まれた国は、各領主が国主となり血で血を洗う戦国時代となっておりました。そのおり一人の武将が――要は領主のようなものですが――結婚適齢期になり自分の妻になる女性に会いに行ったのです。ですが、その女性は周囲の女性に比べ醜かった。そこで彼に会うのを拒否した挙句、自分ではなく美しい姉を娶って欲しいと言ったそうです」
「ほう。それはまぁ、そうなるだろうな?」
「ですが彼は彼女に首を振り姉ではなくお前が私の妻になるのだと言い切ったそうです」
「何故だ?」
「その理由はわかりません。ただ後々に彼が話したとされる話によれば、彼女を娶ればその親が自分のため、兄弟のために共に戦ってくれるだろうと言ったそうです」
「なるほど……家を守るため……か」
実際吉川元春の嫁取りは有名な話だ。元春自身不美人な妻とは円満で側室をおかず六人もの子供をなしていますしね。日本人であればだれでも知っているだろう話をいい感じに話た私は考え込む公爵様のお姿にほっと息を吐き出しました。
しばらくして学園へ到着した馬車が止まり、再びここへ来てしまったと言う思いが湧き上がるのをなんとか抑え公爵様と共にまたまた学長室へといどうしたのです。




