意外です……。
アレとマリアーヌ様の攻防は、マリアーヌ様の足元がおぼつかなくなるまで続き。結果的には、私の指導は間違っていなかったと感じます。それはそれとしてアレを旅に連れていくつもりはありません。さてどうしたものかと考え始めた私の元へ超絶いい笑顔のアレが歩み寄り、膝をつくと騎士の如き姿勢で手を差し出しました
「リア。共に行くことを許可して欲しい」
「…………」
無言でアレを見つめる私に対しアレは何を思ったのか「照れる事はないよ? 私は君のためならなんだって出来るんだ」などと言い募るのです。私はそんな事何も望んでいないのに。
「リア嬢……と、とりあえず。旅に出るのを少し待って貰えないだろうか? 今回の件は全面的にこちらが悪い。それは十分にわかっている。だが……」
言い難そうに私の名前を呼んだ公爵様がそう言うと眉根を下げ頼むと仰いました。確かに腹は立ちますし許せない気持ちも勿論ありますが……アレと共に旅に出る事になる事を考えると……その怒りすら忘れてしまう位冷静になれた気がします。
「わかりました。ですが条件があります」
「条件?」
「はい。あの契約書の破棄をお願いしたいのです」
「あぁ……分かった。それは私の方で処理しておこう」
あの契約書さえなければ公爵邸は非常に勤めやすい職場です。だからこそ真っ先に求めたのは契約書の破棄でした。公爵様の言葉を今すぐに信じる事はできません。ですが、見上げた公爵様の眼に嘘はないように思えました。
「リア。まずはどこへ行こうか?」
意気揚々と問いかけるアレにチラリと視線を投げ首を横に振った私は「今は旅へ出ません。少し様子を見る事にしました」と伝えます。それを聞いたアレは残念そうに眉尻を下げたかと思えば何かを期待する瞳を公爵様へと向けました。
何やら小声で親子の会話を交わすアレと公爵様から離れ、宿屋の入口側で座り込むマリアーヌ様へと歩み寄ります。今だ肩で息をするマリアーヌ様が俯いていた顔を持ち上げ私へと視線を向けました。その表情は見事な苦笑いです。そのお顔を美しいと思いつつ眺め手を差し出せば、苦笑いが何を一目美しく微笑まれました。そして、笑顔が消えると同時にその瞳は真っすぐにアレへとむけられます。
「大丈夫ですか?」
「まさか……ですわ。シュリハルト様がここまで身体能力を向上させているとは思わなかったの」
そう言って大きく息を吐き出したマリアーヌ様は立ち上がりドレスを軽く叩き整えます。
「リアさん。シュリハルト様は……訓練でここまでお強くなったのよね?」
何かを思案するかのような表情をしたマリアーヌ様がアレから視線を戻し私をみました。その様子に嫌な予感がヒシヒシとした私はわずかばかり視線を逸らし「エェ、ソウデスネ」と片言の棒読みで返事をかえします。
「ふふふっ。そんな嫌そうな顔をしないで頂戴。もう、リアさんにこれ以上何かをさせたりしないわ。わたくしなりに反省したの」
本当に反省したのかどうかは判らないが言葉尻が徐々に弱くなっていくマリアーヌ様。彼女が言うには今回の事は国王様にお願いされたが故に仕方なくだったそうだが……彼女に対する私の信頼は地に落ちている。そうそう簡単に許すことはない。
「そうですか」
今後公爵邸でお世話になる以上、彼女との付き合いも必要になる。ならば上辺だけでも仲良くしているように見せた方が得だと思い直し笑顔を張り付けた。
それからしばらくしてアレと公爵様が私達の元へと歩み寄り今後どうするかの話し合いが持たれた。疲れた表情をした公爵様は国王様からの伝言を私へと伝える。その内容は、できればこのまま学園で人道的な子女育成のための講師をして欲しいという事だった。
人道的な子女育成……? 意味が分からない。私的には至って一般的な日本国民であり、多少武術にたけただけの普通のアラサー女子なだけなのだ。異世界のしかも貴族の子女に何かを教えられる気がしません。
「あの……私にその教育というような事は出来ないように思うのですが?」
難色を示す私は公爵様に視線を向けます。すると公爵様はチラっとアレへ視線を向け私に向き直りました。
「リア嬢の教えのおかげで……うちの息子は多少なりともまともな男になったように思う。先ほどのマリアーヌ嬢との戦いにおいてもあれだけの動きが出来るのであれば、マリアーヌ嬢に一発入れられるはずだ。なのに息子は、自分の守るべき女性に手を挙げる事はなく。ただ避け続けるだけだった。それは間違いなく君の教えのおかげではないだろうか?」
え? まだ突きも何も教えてないので避けれるだけですよ……と言いいかけた所でマリアーヌ様が「正直に申しますとわたくしのために学園に居て頂きたいですわ」と声をかけられました。何故? そう問いかけるよりも早くマリアーヌ様は「隣国のバカがめんどくさいの」と本当に嫌そうなお声と表情で再び言葉零されました。
そう言えばそんな馬鹿が居ましたね。あの歌うしか能のない馬鹿が……。彼の顔を思い出し視線を逸らした私の手をいつの間にか隣に来たアレがキュッと握りしめます。
「リアが嫌ならすぐにでも旅に出よう! 私が君を守るから大丈夫だ!」
「「「は?」」」
アレの発言に私と公爵様、マリアーヌ様の声がそろいます。訝し気な視線をアレに向ける事になった私達はアレの言葉を待ちます。
「リアは学園には居たくないのだろう? それに、陛下に対して信用が出来ないと言っていただから嫌なのだろうと思ったのだが……?」
い、意外と考えてた! そう思ったのは私だけではないようで……公爵様は眼を見開き、マリアーヌ様は「あらまぁ」と言葉を零しました。
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