話し通じてますか?
ヴィルシュ公爵家当主との書面での契約を終えた私は、メイド頭であるミリス様に連れられ与えられた自室へと向かいました。
「では、リアさん着替えが出来たらシュリハルト様のお部屋へ案内しますからね」
「案内していただきありがとうございます」
「いいのよ。三つめの扉が私の部屋ですから、着替え終わったらノックをして頂戴ね」
「かしこまりました」
頭を下げミリス様にお礼を述べれば、頬笑み頷いてメイド頭様は部屋を後にしました。
今日からここに住むことになるんだと気合を入れ直し、軽く両手で頬を叩きます。瞳をあげ部屋を見回し確認します。
8畳ほどの部屋、低い梁のある天井を見上げ室内を見回せば、ベット、机、そして衣装ケースが置かれていました。
ベットの上には真新しい寝具と、落ちたたまれ綺麗に整えられた戦闘服が置かれています。
ここのメイド服は質感が良く、日本に居たころに使用していた物に良く似ている気がします。まぁ、ここまで重くはありませんでしたけど……。
まずは服を着るため今来ている服の全てを脱ぎ、胸の下で編み込むタイプの下着へと変更します。
正直……この時代? と言いますかこの下着が思った以上に厄介なのです。胸を持ち上げるよう下着を着こむため、締めすぎれば仕事に支障をきたしてしまいます。緩過ぎれば、下着がずり落ちそれこそ恥をかいてしまうのです。
程よく締め付けるコツを掴むまでかなりの時間を要したと言っても過言ではありません。
日本で使っていた物を使うにも、替えが無い状態ではいつ壊れるかわかりませんし、いざと言う時のために使う訳にはいかず、仕方なくこちらの物を使います。
下着を着け終わると今度は、ストッキング?に似たものを使用します。これは下着の腰の部分にある穴に紐を通し括りつけることで、ソックスの形になった布がズリ落ちることを防止できます。
最後に、戦闘服を着込み、髪をきっちりあげれば完了です。
今日はとりあえずご挨拶を済ませるだけだとミリス様に覗っていますが……まず挨拶だけで済むかどうかも微妙なところですね……。そう考えただけで正直今すぐにでも辞めたい気分になりました。
考えていても仕方がありません、そう思い直しミリス様の部屋を訪ねます。
二度扉を軽くノックし「お待たせいたしました」と声をかければ、室内からミリス様が扉を開け私の服装の乱れなどをチェックされました。
何度か頷かれ「では、参りましょうか」とミリス様の後に付いて歩きます。その際色々とご説明をして頂き「残りはご挨拶が済んでからにしましょう」と言うミリス様に頷き。二階にある豪奢な扉の前で姿勢を正し佇みます。
どうやらここがアレの部屋だと判り、非常に複雑な気持ちです……。アレを矯正する……もういっその事去勢してしまえばいいのではないでしょうか? とは言えませんね。
ミリス様に気付かれないよう息を吐き出し、少しだけ姿勢を正しメイドらしく振る舞えるよう自分の心を無にしました。
扉を叩きノックをするミリス様に答え中に入るようアレの声がかかります。
「「失礼いたします」」
声を揃え入室した途端。アレの視線が私へと向きました。少し驚いた表情を見せたアレは窓辺に佇んでいたせいか、陽の光を浴びどこぞのアイドルのブロマイドのごとき頬笑みを湛えこちらへと歩みよってきます。
「君はあの時の! なんて運命なんだっ! 君にまた会いに行きたいと思っていたんだ! あぁ、神よ私は神に感謝いたします」
そう言葉にしながら十字をきるアレの歩くその速度たるや……異常に速い……まさか、入室して10秒足らずで私の眼前へと到着しました。
「シッ、シュリハルト様。ご紹介いたしますわ。本日よりシュリハルト様付きになりました。リア=コシガヤですわ」
「お初にお目もじかない恐縮でございます。リア――「リア! 君に良く似合う紫色の美しい花の名だね! 僕は紫色が好きなんだ! 本当に素敵だね。リア」」
その移動速度の速さに驚きながらも私を紹介して下さったミリス様に続き、自己紹介をしようと名を告げようとしたところで、アレが私の手を両手で掴み言葉を被せてきます。
リアと言う名前ですが、ただの外国かぶれの母方の祖父が、初恋の金髪美女の名前を思いつきで付けただけの名前なのです。
それを花にたとえられたところで、思い浮かぶのはニンジンの花だけなのですが……紫色が好きなどとは一言も申しておりませんが? 頭も残念だと記憶するべきかもしれませんね。
「はぁ……? 恐縮です。申し訳ありませんが手(が穢れますので)、放してていただけませんか?」
「あぁ、すまない。けれど、初恋の君に再会できたんだ。もう二度と放したくはないと僕の手が言う事を聞いてくれないんだ」
「……左様でございますか。それは誠に(頭が)困ったことになっているようでございますね」
そう言って、頬笑みを浮かべたまま親指と人差し指の指先だけを使いアレの指を1本1本外してさし上げました。
「ミリス。リアは、私の専属メイドなのかな?」
「はい。そのようにお父上様からお伺いしております」
アレに問いかけられたミリス様は、静かに頷きお父様からそう聞いていると肯定しました。
「そう! じゃぁリア今日から宜しく。私の自己紹介がまだったね。私はシュリハルト=アイア=フォン=ヴィルシュ。ここの長男で今現在恋人募集中だよ」
「存じております」
「私の事は、シュハルト様と呼んで欲しい」
「畏まりました。お坊ちゃま」
「違うよ。シュハルト」
人差し指を立て、私の鼻先をツンツンと突き違うとアレは言います。
「……御婚約者のマリアーヌ様が御不快に思われる可能性もございます。呼び方につきましては、ご許可を得てからそう呼ばせていただきます」
頬笑みを浮かべマリアーヌ様の名前を出せば、ピタっとアレが動きを止め視線を逸らすと「あぁ……そうだね……」と返答をしました。
気まずい空気になったところで、ミリス様が「他にも説明などがありますので失礼いたします」とアレに伝え了承を得たところで、頭を下げさっさと部屋から退散しました。
部屋の扉が閉まると同時に、ミリス様がふぅーと息を吐き出し「ごめんなさいね」と謝罪の言葉を口にされました。
何故メイド頭であるこの方が謝るのだろうかと思いつつ、その後洗い場や食堂、キッチン、休憩室などを教えて頂き、夕食を摂りつつメイド仲間や執事の方々などの紹介を受け本日の業務を終了しました。
部屋へ戻る際、メイド仲間となったシシリーさんが部屋のかぎは必ずかけなきゃだめよと仰っていました。何故? と疑問に思いながらも了承し割り当てられた私室へと戻ります。
部屋へと戻った私は、室内に入ると同時に目の前の光景に硬直いたしました――。
足を運んでいただきありがとうございます。