学園へ向けて
嵌められていたことを知った日から数日、急ピッチで進められていた準備がようやく終わり皆さんに挨拶をしたのが今朝の事です。今回、私が講師として学園へ向かう為何かを予見したらしい公爵様がメイド頭であるミリス様をお目付け役としてつけてくださいました、
現在、アレと一緒に馬車で学園へドナドナ中である私は、とても心が荒んでいました。
私が学園へ講師として向かうと知ったアレは、とても上機嫌で今も鼻歌のようなものを口ずさんでいたりします。そんなアレにジト目を向けつつ、大きく息を吐き出して視線を窓の外へ向けました。
車窓から流れる景色は、どこかの田舎の風景のようで少しだけ癒してくれます。
王都から馬車に乗り既に四時間と少し、馬車に長時間のると流石にお尻がむずむずします。学園があるデュリニスまではまだまだかかりそうですし、何かしら時間つぶしをしなければ……そう思いながら、自分のバックを漁り読みかけの本を取り出し読みはじめました。
「……ア、リア?」
いつの間にか、本に熱中していたらしい。肩をに手を置き揺すられてハッと顔を上げました。そこには、心配するような表情をしたアレの顔があります。私から五センチと離れていない場所にあるその顔を見つめ、何度か目をパチパチ瞬かせ「何か?」と声を出しました。
「……」
無言のまま真顔に戻ったアレの顔が、徐々に近づいてきます。刹那、無意識に手が動きアレの顔面を鷲掴みました。
「何を、しようと、したのですか?」
思いの外低い声でアレに問いかけます。その声を聴いたアレの肩がピクっと揺れ、身体ごと数歩後ろに移動しました。
その間も顔面を掴んだ手は、アレの顔を握りしめ続け……。
「ふぉあ、ろにゅあえずちゅえをはにょしょて……くふぇ」
どうやら口すらも塞いでしまっていたようです。掌にアレの気持ち悪い息遣いを感じた私は、慌てて掴んでいた手を放しました。
くっきりと指の跡が残るアレの顔を見つめ、怒りを露わにします。
「それで、何を、しようとしたのですか?」
「……」
漫画であれば間違いなく青筋がたった状態で笑っていたであろう私の問いかけに、視線を泳がせるアレは無言で何もいいません。
「言えないようなこと、ですか?」
「……す、すまない」
謝罪は確かに必要です。ですが、謝って許される事とそうではない事があると思うのです。
大きく息を吐き出し、そういう行為は好き同士がするものだと敢えてわかりやすく説明しました。それに対しアレは、俯き「はい。ごめんなさい」と謝るだけ……。これは絶対に分かっていないだろうと考えた私は、最もアレが嫌がりそうな言葉を口にしました。
「こういう事が今後もあるのであれば、私はもう二度と貴方の側には参りませんし、配置換えを公爵様に願いでます」
「なっ!! それはだ……」
ここまで言えば理解するはずと思って言った言葉に煩労しようとするアレを一睨みし黙らせたところへ遠慮気味に馬車の外から「あの、お坊ちゃま、リアさん。宿に到着しているのですが……いかがしましょうか?」と声がかかりました。
声がした方へ顔ごと視線を向ければ、ドアを開けた御者さんが困ったような苦笑いを浮かべています。
「降りましょう」
何事もなかったかのようにすまし顔をして私が先に馬車を降り、どんより項垂れた状態のアレが最後に馬車を降りました。
本日ご厄介になる宿は、貴族御用達らしく立派な造りのお屋敷風です。入口に立ったドアマン――この世界でそんな職業が存在するのかは不明ですが――が、私達を部屋へと案内してくれました。
流石公爵家と言うべきでしょうか? 大きなリビング、ダイニングに簡易のキッチンそして、複数の部屋がある部屋を借りています。まるで小さなお屋敷のようなその部屋をミリス様が一人ひとりに割り振っていきます。
私が宛がわれた部屋は、アレの斜め前に当たる入口そばの一部屋です。正面には、ユリウスさんと言う執事見習いが、隣の部屋にミリス様とルルーアさんと言うアレ付きのメイドさんです。
部屋割が終わり、室内へ入ろうと扉を握ったところでミリス様が小声で「これで少しは牽制になればいいのですが……もし、何かあったら構わず大声を出して下さいね」と言ってくれたのです。本当に何度も何度もご迷惑をおかけして申し訳ない限りですが、ここは素直に「よろしくお願いします」と頷きお辞儀をしておきました。
ミリス様達と別れ宛がわれた部屋に入ります。そして、今日の疲れを癒したい私は、各部屋に備え付けられた浴室へ向かったのです。
既に張られたお湯には、花弁が浮か湯気と共に爽やかな香りが鼻腔を擽りました。
「はぁ~。これは期待できそうです」
独り言を漏らしつつ、早速服を脱ぎ身体を洗い浴槽へ――。
浸かると同時に出る言葉は「この癒し……プライスレス……」と、どこかのCMのような単語です。
それから一時間ゆったりとお風呂を楽しみワンピースに着替えを済ま、夕食を取るためリビングダイニングへ向かいました。
本日のメニューはたっぷりとお肉をつかったビーフシチューのような煮込み、ふんわりとしたバターロールに似たパン、サラダでした。
煮込みのお肉はフォークで簡単に繊維がほどける柔らかいのに、しっかりとした牛肉の味が有ります。
「これは美味しいですね」
シチューのお肉を頬張りながらルルーアさんが、すごくいい笑顔を見せました。
「本当に美味しいです。こんな豪華な食事を私達が食べてよろしいのでしょうか?」
遠慮なく食べながら、遠慮した言葉をユリウスさんが言います。チグハグ加減が面白かったので敢えてツッコミは入れないでおきます。
「役得と言うものでしょう。しっかりと食べておきましょう」
「えぇ、そうですね」
ミリス様の言葉に相槌を打ちながら、私もお肉を頬張ります。
先に食事を済ませたアレは既に部屋に戻っている為、ここにいるのは使用人だけです。
だからこそ、会話も弾みます。
仕事の事に関して色々と質問をするルルーアさん。それに答えながら、気を付けるべき点などを丁寧に教えるミリス様。そして、そんな二人の会話を楽しみながらワインを飲むユリウスさんと私。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、室内に添えつけられた置時計が22時の鐘を鳴らしたところで解散。
各自に就寝の挨拶をして、ほど良い気分のままベットで就寝したのです。
足をお運びいただきありがとうございます。




