嵌められました……
着々と行われる訓練は、二週間目を迎え順調とは言えませんが何とかなっています。それに伴い王城内の書庫へ行ける回数も増え、私は私の知りたかった情報を得ることが出来きました。ですが、肝心な創世神話にまつわる部分はいまだにわかりません。
書庫内の三分の一にあたる本を流し読みしてみても、欲しい部分の記載はなく……私は途方に暮れていました。
そんなある日の事です――。
王城から帰宅した私は、再び公爵様に呼ばれ執務室を訪れました。
執務室内には、公爵様、マリアーヌ様、そして奥様がいらっしゃいます。
「リア、疲れているところ呼び出してしまってすまない」
イケオジ的な笑顔を見せる公爵様に、どこか機嫌が良さそうだと感じます。その隣に座る奥様もまた、ご機嫌がよろしいようです。ニコニコ顔のマリアーヌ様は何か企んでいるといった感じでしょうか……?
そんな三人を前に、私は「また、厄介ごとを押し付けられる」気がするのは何故でしょうか?
「いえ、お気になさらず」
警戒しながら言葉を選び、本題を伺うべく公爵様達へ視線を向けます。
優雅な手つきで紅茶を飲んだマリアーヌ様が、微笑みを深くしたような気がしました。
「さっそくだが……実は、リアに頼みたいことがあってね……」
「頼みたいこと、ですか?」
視線を僅かに彷徨わせた公爵様が、奥様に肘鉄を食らい渋々と言った様子で頼み事――私にとっては厄介ごとですが――をするようです。
この部屋に入ってすぐに感じた嫌な予感はこれで間違いないようですね……面倒なことでなければいいのですが……。
「そうだ。その……王宮で訓練をしてくれているだろう?」
視線を向けたまま公爵様の言葉に頷きます。
「その訓練を、是非貴族院でも取り入れたいと先方の学園長から連絡があってね」
意味が分かりません。貴族院と言えば、アレとマリアーヌ様達が通う学園です。確かに王宮との繋がりはあるでしょうが、なぜ訓練を学園から請われなければならないのでしょうか?
「……なぜ、貴族院の学園長が訓練の内容をご存じなのですか?」
疑う訳ではないですが、学園長自体を見たことがない私としては訓練の内容を何故知っているのかについて疑問を持ってしまいます。それに……私が公爵家の関係者だと何故、学園の人たちが知っているのでしょうか?
こういった理由から眉根を寄せ怪しむように公爵様を見つめてしまうのも仕方がないでしょう。
「それについてはわたくしからご説明いたしますわ」と右隣りに座るマリアーヌ様からお声があがりました。嬉々とした様子でご説明される声は、確実に巻き込む気満々といった具合です。
その内容を簡潔にまとめると、どうやらマリアーヌ様から学長へ話が行き。学長から宰相へと問い合わせがあり結果、公爵様の元へ派遣要請があったようだ。
って、元をただせばマリアーヌ様じゃないですか……。
「――それでは学園で講義をしろと言う事ですか?」
「えぇ、そうなるわね」
当然のように同意するマリアーヌ様に、私はジト目を向けつつ私が置かれている現状を説明し、無理である事を理解してもらうべく言葉を挟んだ。
「あの宜しいですか? 私は現在公爵家のメイドです。公爵家で仕事をこなして王宮へと行っております。貴族院のある都市は王都ではなく、王都から馬車で片道一日かかるデュリニスの街だと伺っておりましたが違いますか?」
「違わないわね」
再び紅茶を優雅に飲んだマリアーヌ様は、にっこり微笑んだ。
「であれば、私が学園の講義に講師として向かうのは無理です。私がマリアーヌ様や公爵様とご契約した際、公爵家のメイドとして仕事をしながらシュリハルト様の面倒を見ると言う契約のはずです」
「学園で講師をしたとしても、契約の内容に違反する訳ではなくてよ?」
「は?」
意味がわかりません。私と公爵家、マリアーヌ様を交えた契約は魔法の契約のはずです。その内容は私もしっかりと読ませていただいております。なのに、学園に行き講師をすることが契約違反にならないとはどういう事でしょうか? 確かに、アレの面倒を見ることはできますが……公爵家のメイドとしての務めは果たせなくなりますよね?
「リアさんにお渡した契約書の裏面をご覧になれば、わたくしの言う意味がわかりましてよ?」
う、裏面!! 表しか見てないのですが……裏に記載があるなら、最初にそういうべき……あぁ、この顔は敢えて言わなかった系ですか、そうですか……。
「マリアーヌ様……私を嵌めましたね?」
「あら、何のことかしら?」
オホホホホとわざとらしくマリアーヌ様が笑う。その横でうなだれた私に公爵様が、苦笑いを浮かべながら「まぁ、そういう訳だからよろしく頼むよ」と仰いました。
嬉しそうな表情のマリアーヌ様から、学園の再開日時は一週間後である事。学園へ戻るアレと一緒に移動する事。学園に行って軽く学園長との面談がある事などを伝えられ、その他の打ち合わせを終わらせ部屋に戻ります。
そして、ベットの下に隠していた契約書を確認しました。
「あぁ、本当に裏面に…………このまま現実逃避したい……」
まさか裏面にあるとは……。
呆然と眺める書面には”公爵家の要請に基づき前記述――家政の業務が重複した場合、公爵家の要請を最優先とする”と書かれていました。
この契約書にサインをしたばかりに、学生の相手をする羽目になるとは……トホホ状態です。あの時、お金に目がくらまなければ……あんまりではありませんか! 私が何をしたと……まぁ、お給料はいいんですけどね。
何度後悔しようとも、後悔先に立たずです。嵌められていた悔しさからその日は食事もとらず不貞寝しました。
足を運んでくださりありがとうございます!




