お願い事と本音
本日もまた訓練場にて、アレとこの国の第一王子? と隣国の第二王子その他騎士様を相手に訓練をいたしております。訓練初日にマリアーヌ様から助言を頂いたので、今日からのんびりと受け身の訓練を始めてみる事にしました。
訓練と言ってもまだ”前転する”だけなんですが……何故、できないのでしょうか? 前転と言えば、前周りです。小学校で習う体育の授業でやるアレです。
前転をする為には、両手を前につき、膝を曲げ、重心を前にしながら視線をへそに向ける。だけ、なはずですなのですが? なぜ、顔面を擦りつけるのですか?
「シュリハルト様……それは前転ではありませんよ? 顔面で回れとは言っていません」
その横では何故か屈んだまま、後頭部を必死に床へつけようとする第一王子(名前なんでしたっけ?)が、騎士に付き添われ前転とは呼べない何かをしています。
「騎士様? 手伝いは不要ですよ? それから王子殿下、それは前転ではありません!」
更にその横で、隣国の王子が座ったまま両手をグーの形に握りどこぞのチンパンジーのような座り方で固まっていました。
「王子殿下? そのままでは前転はできませんよ?」
正直にいいます、クソです。何度もやって見せたではありませんか? 貴方方は何を学んでいるのですか? 回る時介助もしましたよね? 分かったってつい十五分前ぐらいに言っていましたよね?
あまりの酷さについ、つい、汚い言葉を使ってしまいます。これではメイド失格だと思いなおし再び三人に介助しながら前転を覚えさせることにします。
「いいですか? 前転とは、両ひざを揃えて屈み、両手を肩幅より少し広めに前につきます。そして、重心を前に向けながら、顎を引き視線をへそに向けて回る。だけです!」
言葉で伝えながらくるんと前に回り前転をしてみせます。
それを見ていたアレは「おぉ、流石リアだね。前転姿もとても美しい」と微笑みほめそやしてきます。その隣で見ていた第一王子は、無言で頷き拍手を……更に隣の隣国の第二王子は「それぐらい、私にもできる~ぅ」と歌います。
その後、介助をしながら再び前転をさせ続ける事二時間。未だに三人共に出来ません。
正直に今の心情を言います、帰りたいです。優雅にお茶を嗜む三人を眺めながら、受け身の授業を諦めようかと思案する私の後ろで、騎士の皆さまは上手に前転をしています。
騎士が出来るのに、何故貴方方はできないのですか? お茶を飲むことに関しては長けているのですね? そう嫌味を含んだ問いかけをしたい気持ちをひた隠しつつ、高貴なる方々に愛想笑いを浮かべました。
「ルース殿下、実はお願いがありまして」そう切り出したのはアレは、言い難そうにしながらも、第一王子殿下に図書庫の利用許可のお願いをしました。
「図書庫の利用? どうして?」
首を傾げながら聞くルース殿下に、アレは私の方を見ました。その視線を受けて私は一歩前に出ると頭を垂れ「ご説明の為、発言の許可を頂きたく思います」と発言の許可を得ます。そんな私に「許す」と殿下は答えました。
「お許し頂き感謝いたします。それで、書庫の利用についての理由ですが、この国の武術について知りたいのです。皆様にお教える立場にあるわたくしが、この国における武術がどのようなものなのか知らないはおかしいと思いました。それ故、この国随一と言われる書庫の利用を希望いたしました」
本音を言うのなら、別に武術について知りたい訳ではありません。ですが。それを理由にすれば、書庫の利用許可も降り易いのではないかと考えたのです。
真直ぐに私の瞳を見て来るルース殿下は、私の真意を探っているようでした。だからこそ、敢て視線を外さず真直ぐに殿下の視線を受け止めました。
「………………うん。分かった、私の権限だけでは一般書庫のみだけど問題ないよね?」
暫し見つめ合った後視線を外された殿下は、私に一般書庫の閲覧権限を与える許可を出してくださいました。
「もちろんでございます。ご配慮感謝いたします」
両手を揃えて頭を垂れお礼を述べると同時に、隠れた左手でガッツポーズを決めました。
これで、多少なりともこの世界の諸事情は得られるはず! 後は時間を捻出しなければ……出来れば一人で書庫に行きたいところですが、確実にアレはついてくるのでしょうね……。その対策を考えなければなりませんが、ひとまずは喜んでおきましょう。
心の内で喜びを噛みしめ、再びの訓練を開始いたしました。とりあえず前転は今後も続けるとして、今日は体力的に疲れている様子が見て取れた事から座禅を組むことにしました。
お茶を飲む前まで酷くうるさかった道場が、シーンと静まりその場で座禅を組む皆さんの息遣いのみが聞こえます。
「心を無心にする事が大切ですが、無理にする必要はありません。今、貴方方が思う事、考えたい事を考えて構いません。ただし、現在の姿勢を崩さないように……」
返事を返す方は居ません。ですが皆さんにはしっかり聞こえているはずです。音を立てないよう立ち上がった私は、静かに皆さんの背後を歩きました。
夕暮れを迎える頃、訓練は終了します。
訓練に参加された皆さんが道場を去った後、私もまた控室に戻り着替えを済ませました。本当であれば今すぐにでも書庫へ向かいたいところですが、今から書庫へ向かっても大した時間が取れない為、今日はこのまま公爵家へ戻る事にしました。
その帰りの馬車の中、アレは前転の動作で疲れていたのかウトウトしています。馬車の揺れに合わせ動くアレの頭と身体が非常に不安定で、馬車が軽く跳ねると同時に前のめりに倒れてきました。それを咄嗟に、両手で支え元の位置にもどします。
「……り、あ……」
寝ぼけているらしいアレは、私の名を呼び聞き取れない言葉を発し高と思うとそのまま眠ってしまいました。
眠るアレのまつ毛の長い事……。幼いながらも男性らしい顔つきではありますね。
などと考えている内に、ポロっと「気持ちは、嬉しいけど……私と貴方の年齢差じゃ、流石に弟にしかみえないよ……ごめんね」と本音を零していました。
足を運んで頂きありがとうございます!