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正体ですか?

 覗き込む大人たちに視線をむけたものの、見なかったことにしようと思い至りました。あくまでも、外から覗くだけなら存在しないものとして捕えてもいいはずです。

 そうでなければ、私の精神的によろしくない! そう判断を下し視線を元へ戻します。

 漸く足のしびれが取れたのか、座禅の態勢をとった皆さまは瞼をおろし規則正しい呼吸を繰り返します。


「そのままで、お聞きくださいね。返事は不要です」


 そう前置きして、座禅の意味を語ります。


「坐禅とは、精神鍛錬です。ただ座っているだけでは意味がありません。

 黙想・瞑想する事はもちろん、自我を極力排除する。

 更には、自分以外の存在を感じ取る事によって、周囲の探知などにも役立ちます。

 それにこの独特の座り方は一種の骨盤矯正でもありますからダイエットなどにも向きますし、姿勢を保つ事で背骨などのゆがみを矯正することもできます」


 ゆっくりと音を立てず立ち上がり、座禅を組む皆さんの背後を歩きます。

 私の動きに気取られ、動いた騎士様に集中するよう注意を促しながらその日は座禅をさせ続けました。


 訓練の時間が終了すると同時に、皆さまに声をかけ感想を聞いてみればどこか清々しいと言ったお言葉を頂きました。

 無事一日目を終えられてホっとしました。正直な話、日本の道術・武術が此方の世界で通用するのかは微妙です。

 仕方なし? 苦し紛れ? ヤケクソ? で居たしかたなく始めた事ですが、少しでも皆様のお役に立てばいいなと思うばかりです。

 そんな事を考えながら、騎士の皆さまが鎧を着用する姿を眺めてました。


 


 王城からの帰りの馬車の中、マリアーヌ様は効きとした様子で今後の事を仰います。アレはと言えば、もはや空気とかしています。村人Aですらありません。

 そんなにマリアーヌ様が怖いのですか? そうですか……。


「リアさん! 今日の鍛錬はとても楽しかったわ。でも、バカにはもっと厳しくして欲しいのです」


 もう堂々とバカと言ってしまうあたり、清々しいとさえ思えます。

 まぁ、もう一人のバカは今も触らぬ神にたたりなしと言わんばかりに、車窓の外を眺めています。

 厳しくする事は可能ですが、逃げだす可能性なども考え今しばらく時間が必要なのではないかと私は考えました。そこで、明日からは、座禅だけでは無く受け身の取り方を教える方向にいたしましょう。


「そうですね……受け身の取り方を覚えて頂くようにいたしましょうか?」


 私の言葉にアレがピクっと反応し、口を開きかけたます。ですが、それよりも早く、両手を合わせたマリアーヌ様がとても素敵ね! といい笑顔で答えつつ言葉を続けられました。


「あら、受け身の取り方なんて言うものもあるのね!」

「えぇ、ございます。ただ……身体を密着することになりますので、マリアーヌ様はご参加されない方がよろしいかと思います。まぁ、チカン撃退などには向いていますが……お嬢様にさせることでもありませんし?」


 チカン撃退と言う言葉に不思議そうな顔をされたお二人へ、第二王子のような人の事をチカンと呼ぶと伝えます。それを撃退するための方法があるのですと説明すれば、興味深そうに何度も頷いていました。


「――と言う訳です。ですので、マリアーヌ様には……「いいえ! わたくしも習ってみたいわ!」」


 参加表明されたマリアーヌ様は明日もいらっしゃるつもりのようです。


「できうる限り、お怪我が無いよう指導させていただきます」

「えぇ、わかりましたわ! 明日、楽しみにしていますね」


 明日の参加が決定したところで、マリアーヌ様のお屋敷の前に馬車到着し止まります。降車のために開かれていた扉が閉まり馬車が動き出すと同時に、まるでそこに居ない者のように沈黙を保っていたアレが息を吹き返したかのように大きく深呼吸をしました。


「ふぅー」

「お坊ちゃま、本日はご協力ありがとうございました」


 訓練開始時の行動などを鑑みてねぎらいの言葉を一言だけかけた私は、窓の外に視線を向けます。そんな私の行動に何故か機嫌がいいアレは、好機とばかりに瞳を爛々と輝かせました。


「リア。僕はね、君の為ならなんでもできるんだ! 訓練中の君のたたずまいは本当に美しい! 王宮の庭園に凛と咲く一輪の花のようで、僕は、僕は本当にリアを愛しているのだと、真実の愛に気付く事が出来たんだ。だからね、リア、僕と、僕と結婚しよう! マリアーヌの事は、どうにかする。父上だって陛下だって、君が頷いてさえくれれば僕達の結婚に反対はしないはずだよ! さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで。君の全てを僕が受け止めるから!」


 こんな感じで、捲し立てるように馬車が屋敷に到着するまでアレは語り続けていました。真剣なアレは私が靡くと思っているのか、必死です。

 そんなアレに気付かれないよう欠伸を噛み殺し、アレの後ろに見える馬車の車窓から流れる景色をぼんやりと眺めました。




 

 屋敷に到着後、玄関に待ちうけていたミリス様にから、公爵様が書斎でお待ちです。と呼び出されました。

 玄関でアレと別れ、何事かと思案しながら執務室に向かいます。

 両開きの質感ある扉を二度ノックし「リアです。お呼びとお伺いしました」そう伝え、中からの返事を待ちつつ服装の乱れが無いかチェックして姿勢を正しました。


「入りなさい」

「失礼いたします」


 中から扉が開かれます。顔を見ないよう室内へ入り、深く頭を下げました。


「さぁ、此方へ来て座ってくれ」


 執務机から立ち上がり、公爵様がソファーを勧めて下さいます。それに再度お辞儀をして、彼がソファーへ腰を降すと同時に私も座りました。

 音も立てず差し出される紅茶とお菓子を前に、公爵様がお礼をいいつつカップを手に取られます。差し出されたものに口を着けないのも失礼にあたる上に信頼していないと示す事になってしまいます。

 ですので、私もカップを持ち上げ紅茶を頂きました。

 

 しばし紅茶を飲む音だけが室内に響くとカップを置いた公爵様は、徐に私へ視線を向けました。


「実は言い難いのだが、今日の訓練で見知らぬ男の子がいたと思うが覚えているだろうか?」


 その言葉に隣国の王子とは別にもう一人、足がしびれて動けない方がいたことも思い出します。

 そう言えば、居ましたね……なよっとした感じの王子っぽい子が……。王子だろうが、騎士だろうがやる事はかわりませんしね……?


「えぇ、覚えております」

「そうか、実はな……」そう言って公爵様は、その少年の正体を明かしました。

 その方は、この国の第一王子……このまま何事もなければいずれ、この国の王になる人でした。この訓練に参加した理由は、王様からの強制命令に近いようです。

 恋愛結婚がしたいと考える私と親密になる為に送り込まれたそうです。 


「すまないな。一応私なりに、陛下をお止めしたのだが……」


そう言って謝る公爵様の様子に、またも厄介事が増えた気がして、激しく頭が痛くなるのを感じました。

長らくお休みを頂き、お待たせして申し訳ありませんでした。

今週より再開させていただきます。どうぞ、よろしくお願いします!



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