なんてこと!
マリアーヌ様を含めた話し合いの最中、終始考え込んでいたアレ。
結局その後、何も言わずに屋敷へ帰宅しました。
いつもならばマリアーヌ様がいなくなると同時に私に構うはずなのに……それすらなかったのです。
これは怪しい……と言うか、非常に嫌な予感がします。
警戒しつつアレの様子を見守ること数日。
アレは何もアクションを起こしません。そのせいかアレがいつ何を言い出すのか気が気じゃない私は気が抜けない毎日を過ごしていました。
そんな私に、王宮からの一報が入ります。
ついに王宮内の騎士訓練場の一角に、バカ王子を教育するための道場が完成したと――。
陛下は明日からでも、かの王子に稽古をつけて欲しい。そう願っているそうで、公爵様に明日から午前中は王宮に行くよう言われてしまいました。
受けて以上、仕事はきっちりこなしましょう。
まずは明日王宮へ伺う際の準備を整えなければ……そう思いながら自室へ戻るため階段を上っていた私の腕を誰かが強く掴みました。
勢いのまま誰かの胸に抱きしめられる形で、受け止められた私はその服装に見覚えがありついつい腕を捻りあげてしまいます。
「――っ! リ、リア! 落ち着いてくれ、私だ!」
「(わかっておりますとも)……それでなんのご用ですか? お坊ちゃま」
「と、とりあえず……う、うでをかためるのは止めてくれ!」
「(放せば何するかわからないでしょうが!)……動かなければ締らないようにしてありますから、どうぞそのままお話下さい」
「はぁ……そんなに、私は信用無いのか……」そう言いながらアレは溜息を吐きだし、真剣な表情になります。
そして、私に腕を掴まれたまま話はじめました。
「リア、いいかい? あの王子には本当に気をつけて……欲しい。
これはあくまで学園時代の噂だが、あいつは……その地位を使って嫌がる女性だろうがおかまいなしに寝所に連れ込んだりするらしい」
「で?」
「……え?」
また何を言いだすかと思えば、そんなこと分かり切っていますよ?
「いいですか? そんな事は初対面で分かり切っている事です。
だからこそ、二人にならないでいい場所に道場を作って頂いたのですが?」
呆けたような、アフォの子がするようなそんな表情をして固まるアレに分かりやすく、子供に諭す先生のような調子でひとつずつ丁寧に説明をしてさしあげます。
「お坊ちゃまは、私がなんの危機感も無く、あのお話を受けると思われていたようですが……それがまず、あやまりなのです。
いいですか? 道場だけならこのお屋敷で十分です。
ですが、私はこの屋敷にあの方を呼ぶ事はさけたかった。
その理由としては、あの方のマリアーヌ様に対する態度と言葉からです。
『何故私を拒絶する。こんな小国のしがない公爵家に何故そうも拘るのだ?』なんて仰っていましたし……ね?」
それ以外にもまぁ、色々と言ってましたけど……一番イラっと来たフレーズを代表で言葉にします。
それを聞いていたアレは、確かに言っていたと頷きました。
「例えばですけどお屋敷に招いた所で、あの方に意見できる人はいませんよね? と言う事は、二人になりたい。ひと目が合っては嫌だなんて言われたら?
この屋敷では、我儘がまかり通ってしまいますでしょう?」
「そうだな。誰も止めれない」
「だからこそ、人目のある王宮の騎士訓練場に時間が無いと言われても道場を建設していただいたのです」
あえて言いませんでしたけど、身体に触れられてこう言う風に捻りあげてしまっただけで、処刑されるなんてことになったら嫌ですし……。
浅はかで我儘なあの王子ならば、この女が私を誘ったのだ! ぐらいの事平気でいいそうですしね。
信用できない相手だからこそ、人目は大事です。
「そうか……リアもしっかり考えていたのだな。
出来る限り王宮への登城は私も同席するつもりだが……やはり、この世界に精通していない君だけを登城させるのは不安だった。
後もうひと、気をつけて欲しい事がある」
なるほど、これはこれなりに私を心配して下さったのですね。
それはありがたいことですね……そこだけは感謝しておきましょう。
「気をつける? ですか……」
「あぁ、君が堕ち人だと言う事を知られてはいけない」
「それは、あの方にですか? それとも……」
「他の者全てにだ。
知られてしまえば、確実に求婚の嵐になる。
理由は君ならわかっているだろうが……堕ち人の子は富を齎すとされているのだ」
確かにそうですね。
現代日本の知識を持っているこの世界での堕ち人は、この世界で何かひとつ作るだけで十分と呼べる富を齎すことになるでしょう。
例えば、簡単な話で言えばカフェラテや焼きお菓子なんかもそうでしょうね。
私はそんな迂闊な事はしませんけど……? 馬鹿じゃないんですからしませんよ……って、稼ぐならその手もありなんじゃ? 別に、ここで働かなくても私生きていけたんじゃないですか?!
身を危険にしながら働かなくても生きていけた可能性に今更ながら気付いた私は、自分の浅はかさに呆然として掴んでいた腕を放してしまいました。
そんな私の様子に勘違いをしたらしいアレが、焦りオロオロしだします。
「リ、リア! 別に恐れる必要は無いんだ。君に事は僕が、僕が守るから!
だから、そんな顔しないで? 笑って欲しい」
なんてことを……バカです、私は大バカ者です。
今すぐ自分の頭をポカポカ叩いてしまいたい。そんな風に考えながら、アレに生返事を返します。
そして、焦るアレを放置して階段を再び登り始めたのです。
足を運んで頂きありがとうございます!