マリアーヌと言うお嬢様。
公爵様の計らいで? と言うか、後が無いなら……しっかりと言い聞かせるべきだと思うのですが?
腹を立てても仕方が無いので、仕切り直しを致します。
公爵様と宰相様の計らいで、アレが私を口説く期間と言うものを授ける事になってしまった現在。王宮の応接室にて、切れ顔のマリアーヌ様を含めて話し合いが行われております。
居心地の悪い事この上ない状況にも関わらず、アレはニコニコ嬉しそうです。
それが、更に私やマリアーヌ様を、腹立たせる原因だと気付いて欲しいところですが……。誰もアレに何も言ってはくれません。
「――と言う訳で、シュリハルトとリア殿に時間を頂きたいのだ」
「……」
「ま、まりあーぬ嬢?」
両手に拳を作り、フルフルと振るわせるマリアーヌ様は、公爵様の呼びかけに対しその美しい顔をあげられます。
その表情は、まるで般若の如きお顔で……。
「ヒッ!」
「ウッ」
そのおかを正面でみた、宰相様と公爵様は慄くようにソファーの背もたれにぶつかりました。
「……ひ、ひとつお伺いしたいのですか? よ、よろしくて?」
地を這うような低いお声に、全員が姿勢を正します。
私は初めから、正していた訳ですが……。
「まず、この件リアさんは承諾していらっしゃるのかしら?」
そう言葉にしながらマリアーヌ様のお顔がこちらに向きます。その瞳はどこか悲しそうな色を写しているように見えました。
ですから、私はマリアーヌ様の目をみたままはっきりとお伝えします。
「承諾しておりません!」
私の言葉を聞いたマリアーヌ様は、とてもいい笑顔になります。
瞳は全く笑っていませんでしたが……ね。
そして、公爵様、宰相様、アレの順に視線を移動させ、扇を開かれました。
「わたくしは、承諾しかねます」
「何故だ!」
マリアーヌ様の言葉に、即座に反応を返したアレが憤慨したように机を叩き立ち上がりました。
その行動を気にする素振りも見ぜず、マリアーヌ様はお言葉を続けられました。
「理由は簡単ですわ。
リアさんが望んでいない事を、何故? わたくしが了承するとお思いになりましたの?」
「そ、それは……そうだろうが……」
至極まっとうな理由を仰ったマリアーヌ様に、アレは言い淀みます。
流石マリアーヌ様ですね。
こう言う場合にも、平民である私の見方をして下さるとは……ありがたいです。
「リア殿は、堕ち人だ。だからこそ、この国の男性と子をなって貰いたい。
それが、国王陛下と私たち国の考えです」
「なるほど……それは確かに我が国にとっては大切な事です。
ですが、堕ち人だからこそ! 彼女の意思を尊重すべきなのではないのですか?」
「た、たしかにそれは……そうだな」
それでも、宰相様は私とアレの婚姻を押したいようです。
「それにです。こう言ってはリアさんを貶める発言と取られるかもしれませんが……。
彼女は、この国の作法も、歴史も詳しくはありませんのよ?
そんな彼女に、この国でも有数の公爵家に嫁げと仰るのはいかがですの?
長い目で見れば、教育すればよいのかもしれません。
けれど、彼女がその教育を受ける間、他の貴族になんと言われるかおわかりになりますか?」
ここまでマリアーヌ様に言われては、誰も二の口を返せないようでした。
長い沈黙が流れ――。
「まぁ、その問題点を全てクリアできると言うのであれば、その期間と言うものを設置されるのに反対はいたしませんわ」
まるで、鞭からの飴です。
母親がわが子に諭すようなそんな優しい口調でそう仰ったマリアーヌ様は、ティーカップを持ち紅茶を一口啜ると次の話題を振られました。
「そうでした。例の件はどうなっていますの?」
「例の件……?」
例の件と言う言葉に、すぐさま反応を返す事が出来なかった宰相様。その後様子に、ふーと一息零したマリアーヌ様は、少しだけ不快そうな顔をされます。
「例の馬鹿王子の件ですわ!」
馬鹿王子発言は頂けませんが、実際アレは馬鹿王子なので訂正もできませんね。
マリアーヌ様……お口が悪いですよ?
ですが、事実なのでその場の全員が、その言葉で思い出したかのように頷きました。
「それならば、既に準備は整いつつあります。数日内には訓練場もできあがりますよ」
「それは良かったですわ。出来れば、学園が再会する前にアレをどうにかして頂きたかったので……」
マリアーヌ様の問いかけは、隣国の第二王子に関することだったようです。
学園が始まるまで、残り二週間ほどしかありません。訓練場が出来あがり次第訓練を急いだ方が良さそうですね。
「リアさん。よろしくね」
「畏まりました。できうる限りやらせて頂きます」
「ふふっ。シュリハルト様がここまで変わったのですから、貴方にお任せするのが一番でしょうね」
実に楽しそうにそう言われたマリアーヌ様が、アレの方へ視線を向けました。
実際どれ程変わったのか? 私自身には良く分かりませんが、どうやら少しは変わったようです。
その事にほっと胸をなでおろしながら、何やら考え込んでいるアレへと視線を向けました――。
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