ちょろすぎます。
その数日後、正気に戻ったと言うべき状況の中私はアレの部屋の前に訪れました。出来る限り露出は避け、アレの気を引かない質素な服装を心がけてみます。
一息吐きだし、姿勢をただすと扉をノックをしました。
数秒の時間を置き「どうぞ」と言う返事があり扉を開け中に入りました。窓際に置かれた椅子にアレは座り、そのそばにあるテーブルには例の本と思しき物が置かれいます。
こちらを振り返り、手招きするアレ。
その手に引かれるように、私はアレの元へと行きました。
「リア。これだよ……君に見せたかった本だ」
そう言って、アレが対面の椅子を私に勧め本を差し出します。
置かれた本に視線を落とした私は、その本と記憶の中の本を照らし合わせ違う事を悟りました。
「中を見ても?」
「あぁ、好きにするといい。君に見せる為だけにこの本はここにあるんだからね」
「はあ? ありがとうございます……」
なんで、そんなにイケメンを装うような仕草をするのでしょうか? 右手で前髪を書きあげるような仕草を見せるアレに疑問を抱きつつお礼を伝え、さっそく本を手にとりました。
以前あの屋敷の本棚で見た本より少し薄く軽い本の表紙を撫で、そこに書かれた文字に目を落とした私は、その文字に懐かしさを感じたのです。
『日記』と日本語で書かれた文字を摩り、ゆっくりと表紙を開きます。そこには、この日記を書いたのであろう女性の文字でこう書かれていました。
(私は、1998年11月5日夕方5:05学校からの帰宅途中、光る本を手に取った刹那、ヴィルドラン王国に転移しました。
理由は不明……。
この日記を読む事が出来るあなたに、私の記録を残します。
どうかあなたの未来が明るくありますように……)
その内容に、私と同じ本を彼女が触ったのではないかと考えます。この本が書かれているのは、創世記1580年となっています。今がいつなのか……まずはそれを知るべく、私の動向を呆けた顔で見るアレへと声をかけました。
「あの……お坊ちゃま。お伺いしたい事があるのですが……?」
「美しい……」
「あの~?」
「その漆黒の瞳が私を捕える度、私の心はその美しい瞳に射抜かれる……あぁ、素敵だ!」
ダメだこいつ……本気でそう思いました。
私の頭に伸びる手を、パシっと叩き払いのけると同時にジト目をアレに向け「聞け」と低めの声で冷静になるよう求めます。
手をはたかれた事で、恍惚とした目をパチパチと瞬きさせ正気に戻ったらしいアレは、少しだけ後ずさり「すまない」と謝りました。
「お伺いしたい事があります」
「あぁ、なんでも聞いてくれ」
「今は、創世記何年ですか?」
「1791年だ」
「そうですか……」
私の質問を訝しみながらも、アレは素直に答えます。
そう言えば……異世界では、人の寿命が違う場合があると聞いた事がありますね……こちらの世界ではどうなのでしょう? もし、300年生きるのであれば彼女はまだ生きているかもしれない。
わずかな希望を抱きつつ、更にアレに問いかけます。
「もうひとつお伺いしますが……」
「なんだい? リア」
「人の寿命はどれぐらいなのでしょうか?」
「は?」
「ですから、人が生まれてから死ぬまで……おおよそで構いません何年ですか?」
「大体、80年ほどじゃないか? うちの曾お爺様は今年96歳になるが、かなり長生きな方だよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「リア、君の役に立ったのであれば、私はそれで幸せだよ」
「あぁ、はい」
アレの最高の笑顔に構うと面倒な気がしたのでをスルーします。そして、再び本に視線を落とし、これを書いたこの方は既にこの世に居らず、もう同郷の彼女に会えないのだと少しだけ寂しさを感じました。
会えたとしても、西暦でいえば彼女と私の歳の差は母と娘程違うのですが……。
とりあえず、視線がウザイです。ゆっくりと落ち着いてこの本を読みたいところですね……そう考え、こちらを凝視? するアレをどうにかしようと思いました。
こう言う時には、そうですね――。
仕方ありません。女の子としてアレに強請るのが一番でしょう。
暫らく思考したのち腹を括り、アレを少しだけ上目遣いに見つめ、両手で本を持ち首を傾げます。
思考した結果、これが一番アレが好きそうな仕草だと思ったのです。
「シュリハルト様。お願いがあるのですが」
ここで、視線を敢て外し俯く感じにします。
私が策を練っているなど知らないアレは、頬を上気させ驚いたような表情をみせながら口の端をあげました。
「ど、どうした? 何か私に願いでもあるのかな?」
上ずったアレの声を聞き、見事に柵に嵌ったと思った私はついつい、笑ってしまいそうになり見えないようニヤっと口の端を上げました。
ダメよ、ここで素を晒してはダメ……そう、ここは可愛らしい女の子になりきるのよ。
「はい……。実は、この本を部屋に持ち帰り読みたいのですが……?」
言葉を選び、敢て途切れさせ女らしさを醸し出しつつ、再びアレを上目遣いで懇願すよう見つめます。
「そうか……叶えてやりた――「だめぇですかぁ?」――わかった。リアなら信用できるしいいよ」
ちょろい……あまりにもちょろ過ぎるアレに将来が不安になってしまいました。
コレが家督を継いだらまず間違いなく、公爵家はその他貴族に食い物にされそうです。だからこそ公爵様は考え、コレの婚約者にマリアーヌ様を選んだのでしょうね……。
なんとなくこの家の事情を察した私ですが、本の持ち出し許可を得たところで即座に本を掴み椅子から立ち上がります。
「それでは、お坊ちゃま……本日はこれで失礼いたします。
読み終わりましたら本はお返しにあがりますので、それまでしばしお待ちください」
「……あぁ……リア、その良かったら――「では、失礼いたします」」
何かを言いかけるアレの話をぶった切り微笑みを浮かべ、辞去の礼を終えると即座に部屋を出ます。
早足で部屋に帰り、早速この日記を読み始めました――。
足を運んでいただきありがとうございます。