新たな問題?
いったい何が起こったのでしょうか? 突然アレの唇が近付いたかと思えば頬に少しだけ柔らかい感触が――!! って、まさかほっぺにちゅーされた? アレに?!
それに思い当たった刹那、私の足の力が一気に抜けペタンと尻もちを着くように廊下に座り込んでしましました。
は、初めてだったのに……く、くつじょくです……。
屈辱を感じる私は、周囲の目も憚らず顔を真っ赤にすると床を殴りつけました。その音に慌てたように駆けつける足音が私へと近づいてきます。
「リアさん、どうしたのですか?」
「あ……いえ、申し訳ありません。少し取り乱しました」
「顔が赤いようですが……?」
「だ、大丈夫です!」
「そうですか?」
心配して息を切らし走ってきて下さいましたメアリー様は、私に手を差し出しながら立たせてくださると心配そうな表情で部屋まで送ってくださいます。
扉の前で重々お礼を伝え私室に戻った私は、自分の頬に手を当て顔の熱を取るよう抑えました。
良く分からないトキメキを見た目だけは良いアレに感じてしまった自分が恥ずかしくもあり、屈辱的でもあり……認めたくない一心で、明日の訓練をより厳しくする事を心に誓い眠りにつきました――。
次の日、目覚めて直に支度を済ませアレを起こしに向かいました。すると、あれは既に道場に居るようで……そちらへと、急いで向かいます。
道場で胡坐をかき座るアレの後ろ姿を目にした私は、己に気合を入れ直し朝の挨拶をしました。
「おはようございます」
「あぁ。リアおはよう……あなたと会えるのを楽しみにしていたせいか今朝は、早く目が覚めてね……つい、気持ちが逸ってここへ来てしまったんだ」
「左様でございますか。生活習慣の乱れを正すには良い心がけかと思います」
「そうかい? リアに褒められるのは嬉しいね」
「そうですか……?」
「あぁ、とても嬉しいよ」
そう言うとアレは、その顔に微笑みを乗せると私を見つめました。その視線をどう受け止めればいいか悩んだ私は、必死に考えた挙句視線を逸らしました。
なんでしょうか、胸が少し苦しい気がします……きっと、コルセットのせいでしょう……。
「と、とりあえず。ほ、本日も訓練をはじめます!」
「お手柔らかに頼む。宜しくお願いします!」
「宜しくおねがいします」
視線を逸らした事に焦った私は、どもりながらも訓練を始めると先生します。ふっと笑ったような表情を見せたアレは、姿勢をただすときっちりと頭を下げ学ぶ姿勢を見せました。
こんなに素直に生部姿勢を見せられては、昨日の腹いせ用に考えていたプランを変更する必要がありますね……。仕方ありません、今日はまず無の心を学んで頂きましょう。
「まずは、心を無にする訓練です」
「心をむ?」
「雑念を無くすと言う意味です」
「なるほど……深いのだな」
不思議そうな表情で聞き返すアレの正面に――座禅を組んで本当は座るのですが、今日は胡坐で座ります。そして両手をへその少し下あたりで、親指の腹を合わせ左手をしたにした状態でローマ字のオーを作り肩の力を抜くよう伝えました。
「これでいいだろうか?」
「それで問題ありません。目を閉じて何も考えずただ静かに、自身の呼吸する音だけに集中して下さい」
「わかった」
なんなのでしょう? 昨夜の事とと言い今朝の事と言い。何故こんなにも心臓が煽るのか……異世界へ来たせいで、心労が祟ったのでしょうか? 和食を食べていないせいで体調不良なのかもしれませんね……あぁ、乾燥アゴ=トビウオで取った出汁に、豆腐とわかめを入れた味噌汁が飲みたい。
瞑想しながら日本の味を思い出してしまい、ぐぅぅ~とお腹がなってしまいました。
「か、かわいらしい音だな」
「……失礼しました。瞑想を続けましょう……」
「そうだな」
チラリと視線だけを向け続けるよう促し、無言の時間を過ごしていた私たちの元へ早朝にも拘らずヒールの音を靡かせフリルを贅沢にあしらった赤いプリンセスドレスを纏ったマリアーヌ様が姿をお見せになりました。
「ごきげんよう」
その声に立ちあがりたたずまいを直すとメイドとしてのお辞儀を返します。
「おはようございます」
「あぁ。マリアーヌおはよう。今日はやけに早いな……」
昨日の事を思い出したらしいアレが、少しだけ上ずった声をあげながらマリアーヌ様に声をかけました。
ふーと息を吐き出し物憂げな表情を見せられたマリアーヌ様が、チラリとこちらを見るとヒールを履いたまま此方へとお越しになりアレの隣へと座ります。
「えぇ、シュリハルト様おはようございます……」
「ど、どうかしたのか?」
「え、えぇ。実は……」
そう言ってマリアーヌ様が非常に面倒そうな内容をお話されました。
私にはいまいちよくわからない内容とお名前などが出ていたので理解できませんでしたが……内容を聞いた、アレは酷く驚き狼狽している様子でした。
ここでメイドごときが口を挟むべきではないと考えた私は、気配を消しすーっとその場を離れようとしました。ですがそんな私をマリアーヌ様は呼びとめられたのです。
マリアーヌ様がお話された内容を分かりやすく言うと……。
マリアーヌ様に一目ぼれした、隣の国の第二王子が自分には婚約者がいるにも拘らずマリアーヌ様を妾にしようと横槍を入れて来ている。といった状況のようです。
この国の王は何をしているのかと言えば、隣の国との関係などを考え向こうの王様と話し合いをしたりしているそうなのですが……。
第二王子が――実験を握る貴族の娘――王妃の子。
第一皇子が――国王が正妃に迎えたかった娘――第二夫人の子と言う事で……中々に状況的にも、諦めさせるもしくは婚約をしないと言うのは厳しい様子なのだそうです。
まぁ、その話を聞いたからと私に何かできる事があるわけもなく……。どうしろと言うのですか? そういう顔でマリアーヌ様を見つめれば、マリアーヌ様は今にも大粒の滴が落ちそうな潤んだ瞳で私に「何か何かいい案はない?」と両手を握り聞いてこられました。
何かいい案と言われても……そう簡単に浮かぶはずもなく。
首を捻り考える私に、アレがこう言いました。
「男にすればいいのではないか?」
「え?」
「は?」
「だから、この訓練を第二王子にもさせてみればいいのではないかと……そう思ったのだが……?」
「なるほど! それは素敵な案ですわシュリハルト様」
妙案ですわと非常にいい笑顔を見せられるマリアーヌ様。褒められたと勘違いしてドヤ顔を決めるアレ。
そんな二人の様子に一人失神しそうなほど頭が痛い私は、何故こうなったのかを考えました。
は……? なぜ私が隣国の第二王子に稽古を付ける必要があるのでしょうか?
意味がわかりません……ていうか、マジで勘弁して――。
足を運んで頂きありがとうございます。