ちょっと整理します
ディアナ=ローディルは有名人である。容姿が整っているだとか将来有望な才能を持っているだとかの良い意味ではなく、変人という残念な通り名で。
王国制であるディアナの住んでいる国は、ぱっと見平和でそこそこ肥沃な土地に恵まれており、周辺諸国とも悪くない関係を保っている。
そんな国のある地方で領主の娘として産声を上げたディアナ。なんか知らんが王都から滅多に領地を訪れない親の目が届かないことをいいことに、権力を振りかざしてあれやこれやとやらかし始めたのはディアナが6歳の誕生日を迎えた頃だった。
所謂内政チート。インフラ整備に作物の栽培、畜産、料理、贅沢品の作成。まあ手当たり次第に手を出して、失敗もしまくったがそこそこ成功を収めた。ビバ前世知識と今なら分かるが、当時はぼんやりと不便さや説明不可能な確信を持って、たまに夢のお告げと思いながらやらかしまくっていた。成人していないちびっ子ディアナの言うことに付き合う侍従や領民の懐の深さには首を傾げてしまうが、結果的に便利になったのだから万々歳なんだろう。今は領地に限り、ディアナが何かしようとするたびに諸手を挙げて賛成するものばかりだ。
そんな領地を発展させたディアナの手腕だが、王都での評判は散々だ。
曰く、畑に排泄物をばら撒く狂人。
曰く、魔法で出せば済む水を、わざわざ莫大な費用を費やして水路を通した趣味人。
曰く、腐った食べ物しか食べない悪食令嬢。
等々。
義務化された学園に通うに辺り、王都で自らについての噂を集めたディアナは頭を抱えた。
平和な国、飢えと縁遠い国。だからだろうか、変化や革新を懐疑的な目で見られるのは。現状に不満がないからこその指摘なのだろうと結論付け、とりあえず王都では自重することにした。一部の趣味人や研究者達から向けられる逆に熱すぎる視線で火傷しそうになりながら、卒業したら領地に帰ることを楽しみに過ごそうと決意した入学式が遠い過去のように思える。
入学した途端にぶっ倒れたので、さほど過去でもないのだけれども。
「卒業待たずに帰りたくなってきたわ」
医者から診察を受けて、特に問題は無いが暫く養生するようにと指摘されたディアナはポツリと呟いた。
「急に何をおっしゃってるんですかお嬢様」
医者を部屋の入り口まで見送り、そのまま廊下に待機していたのだろう誰かに指示を出していたラーリアがディアナを振り返る。
「なんだか…自信がなくなって」
「実習中に赤子を取り上げたと聞きましたが、そんなにショックを受けられましたのですか?」
「…そうね。なんていうか、キャベツだったから」
赤ちゃんはキャベツから産まれます。主人がおそらく世界の常識を知らなかったと知ったらラーリアはなんと言うだろう。
「…お嬢様はずっと領地におられましたからね。ご兄弟は王都産ですし、立ち会いは初めてでいらっしゃいましたか」
王都産。キャベツが。いや、弟妹が。王都産。産地みたいに言うんだ。あ、うん間違っちゃいないな、産地だもんな?
ラーリアの言葉に思考が半分停止したディアナだが、どうにか一人で再起動して会話を続ける。
「立ち会いは…そうね、無かったわ。今思えば、パン屋のティナも八百屋のスーも、いつのまにか子ども増えてたのよね。お腹大きかった期間は無かったわ」
最後はボソリと聞こえないように呟く。
ディアナは領地でやらかし放題していたのでそれなりに領民とも距離が近かったが、そう言えば妊婦は見なかった。子どもはいつのまにか増えていたが、わざわざ出産報告されることもなかった。今思えば今世の記憶にある限り、生命の営み系の知識を与えられたことが無い。
変人とはいえ令嬢にそれ系の発言は不敬なのかもしれないが、教育としてはやっとくべきじゃなかろうか。そこまで考えたディアナは、教育機関に通い出したのが今なのだと思い当たって遠い目をした。
変人とは呼ばれたが、こんな形で自分に常識が無いなんて突き付けられたく無かった。