9.食堂での修羅場
「あれだけの肉塊、よく一瞬で平らげたわね……」
「あの程度の肉獣、軽く討伐できなきゃ男が廃るだろ?」
「討伐って…… 知らないわよ、私男じゃないから」
皿上のボリューム差こそあれど、同時にフォークを伏せ食事を終えたレンとイリスは備え付きのナプキンで口元を拭く。この後は陽が暮れるまで実技演習が続くハードなスケジュールが待っている。今まで一人で取り組んでいた実技も、これからはチームとして二人がかりで取り組んでいこう。
だが慌ててはいけない。最高のパフォーマンスを発揮する為には食後の休憩も大切だ。授業開始の時間までもう少し、大食堂で時間を潰していこう。二人の気が緩んでいた時だった。背後から食器が散乱する音が響き渡り、眼が冴える。
「何のうのうとランチなんか楽しんでますの? 姉さん」
「うっ…… まだ一口しか食べてなかったのに」
物騒ぎの根源は女子生徒同士の喧嘩のようだ。『姉さん』という言葉から察するに、姉妹喧嘩なのだろうか。
取り巻きを二人引き連れた妹と思しき女子生徒。彼女は卓上を彩っていた昼食を片手で薙ぎ払い、床へとぶちまけた。
「ホント目障りな女。なんでアンタが私の姉なの? そのせいで私がどれだけ不利益を被ってきたか、考えたことあるの」
「うーん…… 考えたこと無い」
「あーあ。姉さんはお気楽でいいですわね。目的も無く飛空士科で楽しく学生生活を送って。姉さんを乗せた機体がさっさと墜落して、消えてくれたらいいのに」
一方的に姉を叩く妹。その物騒ぎな姉妹喧嘩に食堂は静まり返り、多くの視線が引き付けられる。
それはレンとて例外ではない。不愉快な光景を目に、少しばかり眉間に皺を浮かばせていた。
辛辣な言葉を投げつけられている水色髪で小柄な少女。レンが彼女を見かけたのは、これが初めてではない。彼女を見かけるのは三回目だろうか。一回目は街中でナンパ男に絡まれ、二回目は編入直後の体力検査…… そして三回目の今、喧嘩というよりは一方的な虐めを受け続ける姿を晒している。
目の前で繰り広げられる光景を快く思わなかったレン。あれこれと考えが過る。
なんでこの状況で、誰も止めない?少しだけ割り込むだけでいいから、誰か止めろ。俺が止めに行くか?
不快な修羅場を見かねたレンが立ち上がろとする。そんな折、同じ光景を見ていたイリスが口を開いた。
「酷いわね、こんな公然の場で……」
「あぁ、本当だ」
「私あんまり食堂は好きじゃないのよ、あれがあるから。今日に始まった事じゃないの、あの二人」
「なんで誰も止めようとしないんだ……」
イリスは哀れむような、どこか悲しい表情を浮かべた。そして、諦めた口調で姉妹喧嘩は常態化している事だと言い放つ。
学園の空気を乱すような行為を、何故誰も止めないのか?
イリスは当事者の耳に入らないよう、小声で姉妹について知り得る限りを話した。揉めている二人は言葉通りの姉妹で、名の通った家系の娘だという。一般科生徒の妹は両手を取り巻きで固め、姉を見つけては気が済むまで当たり散らしている。一方の姉は何も反撃せず、ただひたすら耐え忍ぶ。
その状況を傍観している生徒たちも、金持ちの内輪揉めだと分かっているので首を突っ込めない。一度反感を買えば財力、あるいは取り巻き達によって自分たちの学生生活を壊されかねない。生徒専用で講師陣が利用しない大食堂はいつしか、格好の晒し場と成り果てた。
妹が醜い言葉を取り出す度に、取り巻きの女子生徒たちは鼻息を漏らしながら笑っていた。惨めな姿も彼女らにとっては笑いの種程度にしか感じないのだろう。妹の威圧的な言動に対し、姉は動じず、表情一つ変えずに受け流す。
「いい加減にしろ! 無能ナメクジ女! アンタはいつもいつも、寝ぼけた顔して、一人じゃ何もできない、私より劣っているくせに」
「なめ……なめ……なめくじ?」
首を傾げつつも表情に変化が見られない姉。端から自分を相手にしていないような態度に痺れを切らし、妹はいよいよ手を出す。
「その顔が気に入らないのよ!」
妹は床に落ちていたフォークを拾い、利き手で握りしめると、そのまま腕を振り下ろす。
しかし、フォークが人を殺傷する寸前で勢いを失う。
「マズイですよ。さすがにそれは……」
「放しなさい! 放して!」
あわや傷害沙汰という場面で取り巻きの一人が妹を羽交い絞めにし抑え込む。首を傾げ茫然と見上げる姉を前に、妹は腹の虫が収まらない。抑え込まれて暫く、周りから向けられる視線を目に冷静さを取り戻した妹。彼女は姉に背を向けると大食堂から立ち去ろうとする。野次馬達も直ぐに退路を空け、目が合わない様にと目線を逸らす。
騒ぎの根源が去って行った後、何人かの女子生徒が散乱した食器の後片付けを手伝う。
何処か他人行儀な励ましの言葉をかけて貰っている少女を背に、レンとイリスは午後の実技へ向け大食堂を後にした。