8.初めてのチームメイト
一人実技に取り組むレンを覗き見ていた少女はイリスと名乗った。そしてたった今、彼女はレンのチームメイトとなった。気になるイリスの実力はというと、能力検査で文句なしのB評価。レンのE評価に比べれば、随分と不釣り合いな実力の持ち主であった。
いくつか言葉を交わした二人だが、その中で一度も能力検査の話題は出てこなかった。にもかかわらず相手の評価を知っていたのは、検査当日にレンの目の前で検査を受けていたのが彼女であったからだ。
ボリューミーな金髪を、ポニーテールという形で綺麗に纏めている後ろ姿は、記憶に残るだけの価値を持つ。もっとも美しい髪以上にその隙間から覗かせる混血種の中途半端に尖った耳が真っ先に記憶に焼き付いていた。
新入生の中でも数人しかいなかったB判定という魔力の供給量を持ち合わせているイリス。それでも、組んでくれる相手が現れなかったのは彼女の容姿と無関係では無い筈だ。
しかし、彼女の容姿に対してとやかく言う奴がいれば飛空士科の人間として、いや広義の人間としても許されない。それは彼女の生きてきた今までを否定し兼ねないのだから。
仮という形ながらチームを組んだ二人は、学園の大食堂へと足を運んでいた。今後の活動内容を決めるにあたり、具体的な話し合いも必要だ。
大食堂は名に恥じず、数百人を捌ききれるだけの座席と厨房を備える。科の垣根を越え休息の一時を過ごせる場所で、他の科に属する者と人脈ができることも珍しくない。広い、安い、明るいと三拍子揃いながらも、強いて難点を挙げるのであればメニューのバリエーションが乏しい事ぐらいだろうか。
大して選択肢のない中からイリスは日替わりランチを、レンは肉々しい何かをオーダーした。ウェイトレスがオーダーと引きかえにコップに冷水を注ぐと、引き際に一言。
「ランチは直ぐに出ますけど、いかつい肉のヤツは時間かかるんで。ではでは」
コップ外面へ水滴を呼び寄せる程度には冷たい水を、半分ほど口にしたところでレンが名乗る。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。レンフォード、恥ずかしながらE判定を授かった男だ」
「知ってるわよ。レンで良い?」
「それで頼む」
「レンは当然、魔力炉運転以外のポジションは選べないと思うけど、一番前(操縦席)に乗るつもり?」
「当然ってあっさり言ってくれるな。事実なんだけどさ。まぁ、一応そのつもりだ。もちろん俺よりもセンスのある奴が加わってきたら、一番後ろ(魔力炉監視)もできるようには備えてるけど」
悪気はないのだろうが、イリスは事実を包み隠さず相手へ伝えた。寧ろ変に気を遣われるよりも、やり易いので助かる。整った顔立ちの彼女は真剣な眼差しを向け話を進めた。
それから話が少し纏まった頃合い。
ウェイトレスが『日替わりランチ』を運んでくると同時に一言。
「禍々しい肉のヤツはもう少しかかるんで、お待ちを。料理人が禍々しい肉塊と格闘中なもので」
ウェイトレスが去っていくと、イリスが小笑いに突っ込む。
「禍々しい肉って…… 大丈夫なの?」
「人間が食える物であることは確かだ。注文するのは初めてだけどな!」
声をかけたときから、ずっと堅く真面目な表情だった少女が見せた束の間の笑顔。言葉を交わすうちに互いの距離を少し詰められたような気がしなくもない。
「食べないのかイリス? 俺の禍々しいヤツは気にしなくていいから、お先にどうぞ」
「待つわよ、それくらい。腹時計の短い子供じゃないんだから」
水以外には一切手をつけないイリスは、互いのオーダーが揃うまで律儀に待ち続ける。
両者のランチが揃うまで会話は続いた。
「俺の勝手な想像では座学も実技も凄くできそうだけど、どんな感じなんだイリス?」
「悪くないわよ。座学は学年でもトップ……とまではいかなくとも、上から数えて直ぐの位置にはいるかな。あとね、実技はそこまで期待されても困るかな。うん」
予想に反して実技系は得意では無いらしい。自身気に座学の優秀さをアピールしていた時と比べ、実技の話になると少し小声になっていた。察するに相当苦手なのかもしれない。
この際だからとランチが揃うまでの間、イリスは学園に入学してからの話をあれこれ話してくれた。
彼女曰く、実技に対して真剣に取り組んではいるが、どうにも毎回空回りしてしまうという。その姿を見られ、周囲から笑われると、見返してやろうと更に力み余計に上手く事が回らない。そんなこんなで、個人の実技成績は人に話せるような代物ではないのだとか。
「あとね、能力検査ではB判定だったけど。供給量こそBだけど安定性は最低で…… 大きな力を思うようにコントロールできないというか。実際、練習器具を焼き切った事もあって。そもそも出せる力が無いレンには私の苦労は分からないと思うけど」
さり気なく自分の非力さを引き合いに出され、レンは内心で苦笑いを抑えきれない。制御に余る馬力は危険を伴う。結局、実用範囲で出せる力は大したものでは無く、Bという評価は建前と化しているのだとか。
それにしても、どれくらい実技の成績が悪いのだろうか。チームメイトとして助力できる部分もあるだろうし、そのくらいの情報は頭の片隅に入れておきたい。しかし彼女の性格からすると、一筋縄に聞き出せるとは到底思えない。
――試してみるか
「ちなみに俺は実技の個人成績、平均くらいで――」
「うそ! 嘘よ! E判定のあなた、レンが私よりも全然上なんて」
「そっか、悪い事聞いたな。俺よりも……」
「あっ…… 全然は言い過ぎた、少し。そう少しだけね」
押してダメそうなら引いてみよう。いや、引くという程の事はしていないが、上手い事釣られてくれた。
イリスは一言目の発言を訂正しようと、慌てて身振り手振りで言葉の綾だとアピールする。しかし一度口にしてしまった発言はもう収拾がつかない。
やがてもうこれ以上、私に構わないでといった表情でイリスが目線を逸らしたところで、テーブル上にオーダー品が揃った。
レンの肉肉ランチを待っていた間に、イリスのランチセットは大分冷めてしまったが、彼女は嫌な顔一つなく口に運ぶ。彼女と言葉を交わして時は浅いが、自信家な反面他人の事も思いやっている彼女の側面が垣間見えた。