7.覗き見少女
一学年最初の実技試験。その試験で最下位となったチームメンバーは除籍になる。
そんな足切りを兼ねた試験の日程が開示された。日程とは言っても、具体的な日時までは決まっていない。おおよその実施予定期間が発表されただけだ。
というのも、魔力をエネルギー源として運用される航空機は、いつ何時でも飛べる訳ではない。
浮遊島が近郊上空に接近しなければ、魔力が得られず動力源が稼働しない。そのため、試験実施日は浮遊島の状況に委ねられる。設けられた期間中に飛行可能となり次第試験が行われる形となる。
そんな中、試験へ向けて、学年内では次々にチームが結成されていた。『次々に』というよりは『瞬く間に』といった方が適切かもしれない。
前々からチームを組もうと意気込んでいた者同士は、予定通りの顔ぶれでチームを組む。能力検査が芳しくなかった者も上手い事相方を見つけ、やがてチームを形成していく。優秀な奴には優秀な人が自然と引き寄せられる。学年のエースと名高いジークのチームメイトは当然の如く直ぐに集まり、講師たちの期待を一身に受ける。
一方で同じ編入生であるレンはというと。
完全に売れ残ってしまった。
格好良く言えばこの状況を一匹狼、孤高と称する事もできるのかも知れないが、そんな冗談かましている場合では無い。
落第者の線引きを行う試験は個人で挑めるものでは無く、四人または五人のチーム単位で参加しなければならない。この期に及んで組む相手がいない、というのは極めてよろしくない。
やはり先の検査で押された烙印『E判定』が他者を遠ざけているのか。
違う。検査で最低の結果を晒した事よりも寧ろ、編入扱いで出遅れた事が響いた。途中から科に入って来た、名前も知らない奴を相手に、チームメイトとして手を差し伸べる者などいるはずも無い。なるべくして、この状況へと陥ってしまった。
付け焼刃の如く、講義の合間に誰彼構わず声をかけて回ったりもした。しかしどこのチームもポジションは埋まっていると門前払いに遭った。
チームを組めずに、困るのは試験だけではない。日頃の実技においても、孤高な姿を周囲にお披露目することとなる。実技の授業に関しては一人で取り組んではいけないという規則があるわけでは無い。しかし周囲に目を向ければ、事実上チームで集まって取り組んでいる状況である。
とは言え、一人行動というのも効率を考えれば悪くはない。余計なお喋りに時間を費やすことも無ければ、足を引っ張るメンバーのフォローも必要ない。極めて順調。
などと躍起になって一匹狼の強みを見出そうとするも、虚しくなる。周りの視線が容赦なく突き刺さる。
額に薄っすら汗が滲み出るような暖かな日差しの下、実機を用いた演習が続く。
この日は、機体からの緊急脱出という題目での実技。搭乗者はいかなる状況下でも、規定時間以内に、脱出する技能が求められる。繰り返し、繰り返し、同じ動作を繰り返し、機外へ最短で逃れる手順を体に叩きこむ。
チラッ…… チラッ……
先程から誰かの視線を感じる。一回分のルーティンを終える度に、辺りを見回すがこちらに注目している者は見受けられない。ところが再び実技に取り組み始めると、またしても視線を感じる。
何度か視線を向けられて分かったのは、こちらを窺ってきているのは女子生徒だという事。視界の端に僅かに映る制服のシルエットから察することができる。
誰も成し得なかった唯一のE評価を誇る孤高の飛空士に惚れ込んだのだろうか?
その線は無いにしても、視線から敵意のようなものは感じられなかった。
さて、喉も乾いたことだ、一旦休憩にしよう。
先ほどまで熱心に実技を熟していたレンが、練習を切り上げどこかへ姿を眩ませた。
建物の影に隠れ、少年の様子を窺っていた少女の顔から物寂しさが滲み出る。
「もう少し偵察したかったのに…… 早く声を掛ければ良かった。でも、面識の無い人にどう接するべきかわからないし、嫌な顔されたら……」
覗き見に励んでいた彼女も自身の持ち場に戻ろうと振り返った時、不意に声を掛けられた。
「ふぁぁぁぁぁぁうぅぅぅ!」
「あっ……」
少女からの第一声が何だったのかは、覚えていない。誰も居る筈の無い位置に、それも至近距離で突然声を掛けてくる男が立っていたものだから、咄嗟に声が漏れた。それも名状しがたい間抜けな声を発してしまった。恥ずかしい。
声を掛けてきた少年は誰か。相手が何を企んでいるのか。それよりも先ずは先程の聞き苦しいリアクションを記憶から消し去って欲しい。突然の出来事に動転して、言葉が口から次々に飛び出していく。
「えっ何? あっ、今のは気にしないで。というか何なの君?」
「いや、寧ろこっちが尋ねに来たんだけど…… 孤高な飛空士(の訓練生)に興味がおありで?」
思わぬ襲撃を食らった彼女に比べれば、攻め入ったレンには言葉を選ぶ余裕もある。そこで彼は柄でも無いような言葉遊びを仕掛けにいく。
「孤高って…… あなた、組む相手がいないだけでしょ」
「……ん?」
期待通りの返答に満足しつつ、レンは首を傾げて疑問符を送り返す。少し意地の悪い笑顔を添えて。
「何よ…… 何!? 私もよ! だから気になって様子を見てただけ」
「組む?」
「えっ?」
「組むか? チームを」
案の定、彼女もどこのチームに入れてもらえず独り身だったようだ。
裏付けが取れれば、話は早い。素直に言えずとも、彼女が望んでいることは一つしかない。チームメイトになってくれ、ただそれだけだ。
レンは笑顔から意地の悪さを取り除き、彼女の返答を待つ。
「仮。仮のチーム。それならいいでしょ」
「あぁ、もちろん。『仮』は別につけなくてもいいぞ」
「良いの。仮、一旦は仮よ。 イリス……よろしく」
彼女も形振り構っていられないようで、結局、十回にも満たない言葉の往復で話がまとまった。仮という条件付きはあるがチームの立ち上げである。
彼女はイリスと名乗ると、冷や汗で少し冷たくなった手を差し出す。二人の手が交わされ、チーム結成へこぎ着けた。