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65.ただの田舎町

申し訳程度の駅舎が佇む、この街唯一の駅へとやってきたレン。小さなランプが頼りなく待合室を照らしているが、これなら星明りの方がまだ照度があるのではないか。プラットフォームでは数人がベンチに腰を下ろし最終列車を待つ。この鉄路のさらに先を目指し途中乗車する者たちだろうか。

やがて遠くから鳴り渡る汽笛の音が大きくなってくると、座っていた者達も腰を上げ乗車位置へと移動する。


機関車含め4両で編成された短い列車が構内で止まると、一人また一人と足元を気にしながら降りてくる。田舎故なのか、やたらと高低差と隙間の大きいプラットフォームは旅人たちの降車を手こずらせる。

さぁイリスはまだか、彼女はまだかと待っていると、後ろ髪を太く結った少女が俯き加減で駅舎へと歩んできた。その表情は言うまでもなく暗いもので、それを目にした彼をも落ち込ませる程のものであった。彼女にこんな顔を至らしめた一端が自分にもあるのではないかと……

俯いた彼女の視界には少し先の足元しか映っていないらしく、レンの真横を素通りしていった。


「おい、イリス?」

「はい―― ふぁぁぁぁぁぁうぅぅぅ! ちょっとなんで、なんであなたが此処にいるのよ!」


久しぶりに耳にした名状しがたい間抜けな声。こんな夜遅くに突然声を掛けられた相手が、この街に居る筈の無いレンだったのだからイリスが驚くのも無理はない。しばらくの間彼女はなんで、どうして、なんでとパニックに陥って言葉が止まらなくなる。イリスとしっかり目線があったところで、彼は口を開き始めた。


「お前をチームに呼び戻したくてここまで来た。まずは謝らせてくれ。すまないイリス、あの時引き留めもせず今になって戻ってきてくれなんて――」

「あぁぁもう…… わかったから、ちょっと頭下げないで。周りの視線が恥ずかしい……」


突然に始まったレンの謝罪に、横往く人たちも思わず振り返る。何事か、恋人同士の喧嘩だろうか……

若い男女の修羅場を見るような周りからの視線がイリスにとっては痛かった。地元で顔見知りにこんな光景を目撃されたらと思うと、気が気でなようだ。彼女は無理矢理にでも話題を変えさせようと彼に話を振る。


「それで、どうやってここまで来たの? まさか同じ列車に乗って着けてきたなんて言わないわよね」

「あぁそれか。飛んできた」

「えっ、どういうこと? 飛んできたって機体はどうしたの、それに学園が置かれている地域外じゃない……」


彼女の問いに対する答えは単純明快で空から来た。それでも彼女が納得がいかない様子なのも無理はない。訓練生は通常、属する学校の置かれている地域外を飛ぶことは認められていないのだから。彼も同じ疑問を持ちつつ操縦席に座っていたが、どこにも私有機での飛行なので問題は無い。というのが爺さんなりの理論らしい。

そうこう立ち話をしていると最終列車を見送った駅は明かりを落とし、静まり返っていた。


「こんなところで話しているのも何だ。どこか入れるような場所はないものか……」

「あなたの地元と違って観光地でも何でも無いただの田舎よ。そうただの田舎町。こんな夜遅くでも店を開けている所なんて――」


この時間でも玄関に明かりを灯していた場所といえば……

駅前を見渡すイリスの目に留まったのは男女が宜しく愛し合うような宿。そこを覗けば商業施設の様なものは見受けられない。イリスがいつまで経っても如何わしい宿から視線を逸らさないものだから、レンも覚悟を決めてか若しくは冗談半分か


「お前が良いって言うなら別に……」

「えっ? あっ、違うの! ダメあそこは駄目。私そういうの……」


気まずそうに宿から視線を背ける彼女。

幸か不幸か店先には満室を知らせる札が掲げられていた。故に二人の意思とは関係なしに、ここでお世話になることはなさそうだ。

とは言え栄えた街に戻る列車も無ければ、野宿して朝まで列車を待つ訳にもいかない。


「あなたがどうするのかは知らないけど、いずれにしても私は実家に帰るわよ。ここまで来たんだもの、話すべきことはお母さんに話す……」

「分かった…… なら、俺もついて行く」

「ちょっと、冗談でしょ?」


イリスにとっては悪い冗談にしか聞こえなかったのかも知れないが、レンの決意は真面目そのもの。自分も一緒になって、学園に残ることを母親に認めさせるという。彼女にしてみればありがた迷惑なのも良いところだが、拒もうとはしなかった。拒まなかったのは彼女の奥底にまだ空を目指したいという思いあっての事だろう。

久しぶりに雲の立ち退いた空からは星明りが注がれ、街灯は無くとも夜道を歩くのに不自由することは無かった。気まずさからか、もしくは母親にどう説明しようかと悩んでいるのか、口を開こうとしない少女。そんな少女を気にしてか少年から声を掛ける。


「少しぐらい俺の事を頼ってくれてもいいんだ。あんまり一人で何でもかんでも抱えるなって」

「ありがとう。でも大丈夫、これは自分で解決できる問題だから」


しょっぱい気配りを素っ気無く返す少女。悩んでいてもイリスは決して他人に頼ろとしない。彼女は以前、母からこんなことを言われたのだという。


『何があっても頼りにしていいのは自分だけ。あなたは自分の心に従って、自分だけを信じて進んでいきなさい』


母が彼女に与える影響は計り知れず、それ以降彼女は他人に悩みを打ち明けたり、頼ることは無くなったという。母の言う事はいつも正しい、だから親の言い付けは守る。約束を破って母に見捨てられでもしたら、自分は一人になってしまう。自分を分かってくれる人も導いてくれる人も母親しかいない。母という存在はレンが思っている以上にイリスを縛り付けているのだろう。


「なら、その約束破っても良いんじゃないか。母親を尊敬する気持ちは分かるけど、全て言われるがままに生きてたらそれはお前自身じゃないだろ。いいじゃないか、一つくらい盾突いてみたってさ――」

「駄目よ…… そんなことしてお母さんに見捨てられたら私」

「ったく、どんだけお母さんが好きなんだよ……」

「う、うっさい……」

「仮に見捨てられても俺が、いやカティアもエイルも含めて俺たちがいる。それじゃダメか?」

「分からない。それはまだ分からない……」


彼女を縛り付ける鎖は決して他者が目にすることが出来なければ断ち切ることもできない。その鎖を外せるのは彼女の意思もって他には無いのかもしれない。


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