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63.先回りの為のたった一つの手段

観測台が発表した浮遊島接近予報によれば、この先数日間は中央都市上空から浮遊島が退去し魔力は得られないという。

魔力が希薄になりつつあった夕暮れの街。

休息の不十分な身を休めようと宿舎のベッドで横になる少年。

安物の生地で作られたカーテンは鋭い角度で差し込む夕日を遮るには些か役不足。彼が少し早めに就寝としても、それを助けるに至らない。外的要因だけではない。体は疲れ切っている筈なのに、心が静まらず寝れそうに無い。


目を瞑る度に何度も何度もイリスの言葉が胸を突きさす。未練と寂しさに溢れた去り際の言葉。

無駄に寝返りを打ってみると今度はジークの言葉が頭を過る。彼女たちを絶対に連れ戻せと。


「何やってるんだ俺は…… イリスは最後の最後まで俺に引き留めて欲しくて、あの部屋で自分なりに言葉を紡いだんじゃないのか。それなのにイリスの考えを尊重するとか抜かして、俺は彼女を放ってしまった。最悪だ、何やってるんだ本当に……」


こんな場所で休もうとしている場合では無い。彼はベッドから起き上がると例の場所へと向かった。

そこへ行ったところで何の解決にも成らないかもしれないが、居ても立ってもいられない。

足を踏み入れたら最後、酒盛り部屋と呼ばれる魔の部屋へとやって来た。例の如く陽が落ちきる前から先輩飛空士が安酒の瓶を開け酔いに浸っていた。反面教師にすべき酔っぱらい飛空士が相手ではあるが、レンは悩みの種を打ち明けた。彼女の意思に介入すべきかどうか迷いつつも、自分は最後まで彼女と一緒に空を目指す道を歩みたい。イリスが里帰りし親と顔を合わせれば、おそらく学園を辞め地元で母と暮らすという道を選ぶだろう。なら、邪魔をしてでも彼女を連れ戻したい。


「いや無理だ、その子に追いつくのは不可能だ。その列車は今夜遅くにでも向こうに着くんだろ。仮に足が速い急行運転の夜行列車で向かっても明け方になる」

「でも、彼女が親と会う前に何とかしないとダメなんです」

「そうは言ってもな……」


彼女の里帰りを阻止する方法は無い。無情にもそんな現実を先輩達から突き付けられた。それでも食い下がらないレンに対し先輩もお手上げ状態となっていく。


あれだけ尊敬している母親に飛空士科から退く事を勧められれば、彼女がそれに従わない筈が無い。彼女が母に会うよりも先にレンが割り込むのが最後のチャンスだ。何とかして彼女を追いかける手立てはないのか。


「何とかしなきゃ。俺が連れ戻さないと……」


彼の激しい貧乏揺すりによって卓上の酒瓶が音を立てて踊り出す。


「おうおう、お前ら盛ってるな。どれ、ワシも仲間に入れろ」


ノックも無しに酒盛り部屋に突然やって来たのは誰か。現れたのは宿舎オーナーを務める飛空士の爺さんだった。老人は栓の空いた酒瓶の首を掴むと、一気に喉に流し込む。


「不味いなこれ。安酒ばっかり飲んでると早死にするぞ。まぁいい、酒を飲むには若すぎる小僧も交えて何話してたんだ?」


外見の割にピンピンとしているこの老人、過去にレンを背に乗せ空の世界を教えた人である。そして魔力炉を若者へと託し、自ら空を去ったお方だ。

何でもいいから打開策を見つけたいレンはこの場にいる最年長者へと事情を伝えた。老人は聞いているのかいないのか、卓上に並んだ酒を飲み比べながら話に耳を傾けていた。間もなく若者のカミングアウトが終わろうかというタイミングで、年寄は口を開いた。


「大体わかった。よし、それならワシが乗せて行ってやる」

「乗せて行くって…… あれっ、爺さん空からは足を洗ったんじゃないんですか?」

「別にワシは引退するとは一言も言ってない。あの機体が役目を終えただけじゃ。それはそうと、今から飛び立てば列車が着くよりも早く向こうの街に辿り着ける。どうする?」


陸路で追いつけないのであれば、空路がある。

レンの希望を繋ぐ助け綱が大先輩から投げられたものの、それを遮るかのように別の飛空士が口を挟む。


「いくら爺さんでも無理だ。浮遊島が遠ざかった今の魔力密度じゃ、飛行するに十分な魔力量は得られない。それに今から最寄りの飛行場まで行って、現地に着いてから駅に向かっても間に合わない」

「なに心配するな。お前らワシがいつまでもヴィンテージな機体に乗ってると思ったら大間違いだ。つい先日、最新型の機体に乗り換えたからな」

「いくら新型機でも調査機の速度じゃ厳しい、それこそ軍用の機体でもない限り不可能だ」

「ははははは。ワシの新しい相棒を甘く見るなよ、今度こそ墓場まで一緒に連れ行く機体じゃ」


また爺さんは話を盛っているのかと周りの飛空士達は呆れ、酒盛りを仕切りなおす。しかし、レンだけは年寄の話を信じるしかなく、爺さんの背を追い酒臭い部屋を後にした。


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