62.失ってから気づくもの
二日間で物事は急展開に次ぐ急展開で、レンは頭の整理が付いていなかった。トーナメント大会の予選敗退から始まり、チーム解散、宿舎では弄ばれて、イリスは中央都市を去り……
事態が事態とはいえ、レンはここ二日間で一睡もできていなかった。
ましてや、つい先程までイリスから、あのような話を聴いてしまった。まずは一回眠って、気持ちを切り替えたい。
幸いにも今日は受講すべき授業も無く、学園での用事といえば機体の整備をするくらいだろうか。それも急ぎではない。
レンはチーム部屋で椅子を四つ並べタオルケットを敷き横たわり、仮眠を取ることにした。
「――おーいレン。いつまで寝てるんだ」
どれくらい眠っていたのだろうか。誰かに呼ばれ意識が戻ると、そこにはジークの姿があった。
「突然だが、お前暇か?」
「本当に突然だな。まぁ暇ではないけど、急ぎの用があるわけでも無い」
「よし、じゃあ暇ってことだな。ちょっと手を貸してくれないか?」
勝手に暇人扱いしないで欲しい。レンにしてみれば、もう少し眠らせて欲しかったところだろう。それにしても、ジークが助け船を求めるとは珍しい。言われるがままジークについて行き、案内された先は練習場で待機していた彼のチーム機体だった。
「俺にどうしろと?」
「こいつを操縦してほしい。チームメイトが病欠で一人足りないんだ。操縦ならできるだろ?」
ジークは何を企んでいるのだろうか。わざわざワーストチームの自分に声を掛けなくても……と思いつつ散々世話になってきたジークのお願い事だ。一つや二つ、付き合わないのは流石に気が引ける。
イリスのことは一旦忘れ、今は気持ちを切り替えよう。地上でへこたれているよりは空の上にいる方が技能だって上達する。それに今日だけはジークを筆頭に選りすぐりの優秀生を集めたチームの一員になれるんだ、悪くない話だ。
ジークの頼みを受け、レンは操縦席へと乗り込んだ。
この学園で一学年が使うマスター機と呼ばれる機体。これは全チーム同型である。故に操縦席のレイアウトも寸分の違いも無い筈なのに、レンの目にはいつもと違った光景に映る。何が違うのかと言えばとにかく汚い。手に触れられる場所は手垢にまみれ、ガラスの汚れのせいか外の景色は霞んで見える。
「なぁジーク。この機体、なんでこんなに汚いんだ?」
「えっ汚い? そんなこと考えた事無かったな。調子良く飛んでるんだから、どうにかする必要もないだろ」
「いや、それにしても汚いぞ……」
「まぁここのチームは全員男だからな。お前の所に比べればがさつにもなるさ」
極々普通だと思っていた自分たちの機内。今になって思い返してみれば、カティアがまめに掃除してくれていたお陰で清潔に保たれていた。
自分たちのチーム事情など今は関係ない、ジークの願いに応じて機体を飛ばすだけだ。操縦席のトグル、ダイヤルなどを設定しつつ、計器が正常に作動することを一つずつ確認していく。すぐ後ろで魔力炉運転を行うジークは操縦席のレンを覗き込みながら、慎重派の彼に関心する。
「けっこう、けっこう。安全第一で俺も安心して身を預けられる」
「はいはい―― よし、いつでもいけるぞ、準備完了だ。ところで、飛ぶ前に一つ聞いていいか?」
「いいぞ」
「今日のフライトは何の目的なんだ?」
「トーナメント大会本戦の為の練習と調整だ。本戦と敗者復活戦の日程までは、まだ日がある。だけど、今のうちから調整しておきたい。機体の万全な状態にしておかないと他校の連中と渡り合えないからな」
「トーナメント大会、まだ続いていたのか……」
チーム割れの原因となった単語を耳に、レンは浮かない表情となる。
機体は地を離れ、ジークが指示した通りのコースを飛行。学年で一番の魔力の使い手ジーク。彼が魔力炉を動かしているだけあって出力は安定している。常に一定の力で稼働している魔力炉ほど操縦士が扱いやすいものは無い。トーナメント大会へ向けての調整なので、限界に近い負荷での飛行に入るように指示が飛ぶ。
気付けば、自分たちのチームでは達した事の無いような速度域を計器は示していた。こんなにも優秀なメンバーを引きつれ、初めて体験するような高速飛行だ。本来であれば楽しくない筈が無いのに、レンは微塵も楽しいと思えなかった。一瞬も気が抜けない速度域で緊張しているわけでも無ければ、機体の汚さに不満を抱えているわけでもない。学年の成績優秀者を集めた夢のようなチームの一員となったにもかかわらず、何故こんなにも自分の心が白けているのか。レンには分からなかった。
練習場が目前に迫り着陸の時を迎える。フライトも終盤だ。そこそこの時間、同じ空間にいたにもかかわらずジークの指示を受ける以外にレンは他の者と言葉を交わしていなかった。
直ぐ後ろで舌戦する奴らもいなければ、一番後ろで居眠りする奴だっていない。快適な筈なのに何故、釈然としないのか。心に妙な引っ掛かりを抱えながら、車輪を地へと落としジークの依頼を完遂した。
機体を格納庫の前まで自走させ終わると、ジークは肩の力を抜きチームメイト達とフライト成功を称え合った。彼らは無事地上に戻ってくると、いつもこうして互いを称え合うらしいが、その輪の中にレンは入っていなかった。独り距離を置こうとしているレンを気にしてか、ジークが背から声を掛ける。
「ありがとうレン、おかげで上手くいった。こう言っちゃ失礼だけど、想像以上に上手くできてたと思うぞ」
「そうか? 後ろ三人が優秀だからいつも以上にミスなくできたんだと思う。今までが酷かったせいかな、真面に飛ぶってこういう感じなんだなって……」
「これでも学年唯一A判定の俺が後ろにいたからな。とにかく今日は手を貸してくれて助かった、これでトーナメント本戦へ向けてのセットアップも万全だ」
機体から降りるとジークは何か今日の礼をさせてくれとレンに迫った。別にそんなものは要らないと突っぱねるが、借りは直ぐに返したいと言いジークも引き下がらない。ディナーの奢りでも、機体の外装磨きでも、なんでもいいから言い付けてくれと。
結局勢いで押し負けたレンは自分たちの格納庫へとジークを招き入れ、機体の整備を手伝ってもらうことにした。『自分たちの』とは言うが、チームが解散した今、この格納庫も機体も誰の持ち物になっているのか良く分からない。普通なら考える必要も無いイレギュラーな事態だ。この機体を再び飛ばす陽は来るのかすら分からない。
いずれにしても今は手を動かそう、レンはそう自分に言い聞かせ目の前に佇む機体に手を入れる。作業前に今日やるべき整備内容を確認しておいたので、レンとジークは言葉も交わさず黙々と手を動かす。しかし、レンがどこか上の空になり作業が捗っていない様子は傍から見ても明らかであった。
そんな彼を気に留めてか、はたまた世話焼きな性格が先行してかジークがさりげなく口を開く。
「お前、正直俺たちと飛んでて楽しかったか」
「えっ、あぁ…… あれだけ限界ギリギリの飛行にもかかわらず、何の不安も無く目の前の事に集中できた」
「いや、俺が聞いているのは単純に楽しかったかどうかって話だ」
てっきりジークが整備に関する質問をしてきたのかと思いきや、全く的外れな話題を振って来たので拍子抜けするレン。素を伝えてしまうのは失礼かと思い、自然と応えるべき回答から逸れた言葉を返す。しかしジークは会話の齟齬を許そうとせず、再びレンに同じ問いを投げ返す。もう誤魔化しは効かない。素直に楽しめなかったと口にしようかというタイミングで、ジークが遮る様に言葉を被せてきた。
「折角巡り合えたチームなのに解散するとか、そんな事するなよ」
「そうは言ってもリーダーの判断だし、あんな状況じゃ。それに、あれは仮のチームだったから…… って待てよ。なんで俺たちのチームが解散したって知ってるんだ? 一言も話した記憶ないぞ」
公の場で解散宣言を発したつもりは無いのに、ジークはどこでそんな話を聞きつけてきたのだろうか。今はそんな事どうでもよいと一掃するジークだが、レンにしてみればどうにも腑に落ちない。
「この先ずっと心残りを抱えて空を目指すのか? 楽しいとも感じず、ただ無心で卒業までカリキュラムを消化するだけの生活をしていくのか?」
「いや、それは……」
「他所の俺が言うのも無礼だけど、仮に他のチームが受け入れてくれたとしてあの娘たちが上手くやっていけると思うか?」
その言葉を耳にレンは直ぐ三人の顔が頭に浮かんだ。
カティアは能力的には問題無く、魔力の扱いも十分上手い。でもあの自由奔放な性格を許容してくれるチームは少ないだろう。
エイルも彼女なりに目標に向かって、少しずつ前進はしているが現状厳しい。匙を投げず面倒を見てくれるチームメイトがいないとやっていけない。
イリスは…… 恐らく彼女は新しいメンバーに対し心を開く事すら出来ないだろう。ここでなんとか彼女に手を伸ばして掴まないと、二度と空に上がることはない。そんな気がした。
彼女たち三人の事はレンが一番知っている。だからこそ部外者のジークに口出しなどされたくなかった。
「知った口聞くなよ。そんなの俺が一番わかってる」
「それなら、何が何でもチームを復活させろ。絶対に全員を呼び戻せ。そうでもなければ、お前もあの娘達も飛空士になる前に終わっちまう。もうこれ以上は口出ししない。トーナメント大会の本戦でまた会おう」
ジークは想いを伝え終えるのと同時に、自分に割り当てられた作業を終え格納庫から立ち去って行った。
物音ひとつしない静かな格納庫でレンは一人立ち尽くす。つい数日前まで四人の会話で賑わっていた場所に、今はもう自分以外の誰もいない。
「カティア、エイル、イリス……」




