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59.混血種の娘(2)

初等科で数年間を過ごし、中等科へと学びの場を移したイリス。それぐらいの年頃になると自分も周りも知識を身に付け、ませてくるものだ。身体の変化は顕著に現れ、容姿を常に気に掛けるようになる。それは彼女とて例外では無かった。周りと同じく背は伸び、乳房は膨らみ始め―― しかしヒューマン族でもエルフ族でも無い中途半端な耳だけは幼少期から何の変化も無かった。

彼女は幼い頃から自分の容姿について母に何度も聞いてきた。しかしその都度、話を上手く濁され納得のいく答えは聞き出せた試しがない。


ヒューマン族ともエルフ族のどちらとも言えない自分とは何なのか。イリスが自力でそれを知ったのは中等科に進んだ頃だった。知識に対する探究心からか彼女は図書館に通い詰めるようになる。

努力家で真面目な性格の彼女は学業で優秀な成績を収めていた。しかしそんな彼女をもってしても、知りたい情報を的確に理解するのは容易ではなかった


しかし少なくとも、これだけははっきり分かった。

彼女の様な者は混血種(ハーフ)と呼ばれ、エルフ族とヒューマン族の間に稀に生まれる存在である。しかし他種族間で子を宿すことはタブーとされており、そのうえ同種での交配よりも生まれる可能性は極めて低いという。それ故、幾億の人々が生きるこの世界で彼女の様な混血種は特異な存在である。そして混血種として生まれてきた者は生殖能力を持たず、子孫を残すことは決して無いとも記されていた。


その後も、本を読むことが些か嫌いでは無かったイリスは、暇さえあれば図書館へと足を運ぶようになっていた。華やかさの欠片も無い閉鎖的な街で、一人過ごすとなると行き場所がそこしか無かったというのも理由として付け加えておこう。

彼女が数多く読み漁った書籍の中でも、色々な意味でドキドキさせたのは自分と同じ混血種が主人公の小説であった。今になってみれば何故あんな物が公共の場に所蔵されていたのか。そう思わざる得ない程、性的刺激が強すぎる代物で、とても年頃の女の子が読むべき内容では無かった。自分と同じ境遇の者が主人公とだけあって、物語は彼女を引きずり込んでいった。その小説の最後にこんなネタばらしがあったという。エルフ族で主人公の父親である男はこの国で古くから言い伝えられている淫魔に取りつかれていた。主人公の母は淫魔の器と成り果てた夫に数年間、休みなく犯され続け、ようやく赤子を孕んだのだという。生々しい性描写も去ることながら、彼女を夢中にさせた理由。それはこのフィクションが強ち現実から大きくは逸脱していないという点にあった。実際、混血種を宿すことは容易な事では無く、常軌を逸した回数、体を重ねる必要があるからだ。


知識を増やしたイリスは母親に、自分の父親について改めて尋ねてみた。彼女もいい加減それなりの歳で理解力もあるのだから教えて貰えるだろう。そう思っていたが、母が明白な答えを口にすることは無かった。どうしても、それだけは、何としてでも、母親として彼女に知られる訳にはいかなかったのだろう。

自分と父は健全な関係で互いに愛し合っていた。それが母親がイリスに与えた答えだった。煮え切らない回答に我慢できなくなったイリスは、口に出すべきか否かも考えず迸る


「私も、そういう事は分かる歳なんだから。私みたいな混血種は普通には生まれない。それって二人は異常な関係だったって事でしょ?」

「他所から見たら、そうかもしれないわね。普通の男女よりも沢山重なりあったわ。そして、ようやくあなたが生まれてきてくれたの。でも忘れないで、私は何時だってあなたの味方よ」


そうまでして、自分が生まれてきた意味は何なのだろうか。イリスは頭を抱える日々が続く。

奇しくもこの頃から彼女の態度は反抗的になり、母親と交わす言葉は減っていった。


中等科に入って暫く。彼女は自分の容姿を気にしすぎるあまり、他人との接し方が分からなくなり始めていた。

既に人付き合いの減り始めていたイリスであったが、この頃はまだ唐牛で相手をしてくれるクラスメイトがいた。

そんな彼女の周囲での話題といえば専ら、男に抱かれたとかそういった類の話ばかりであった。中等科にも属するような歳にもなれば日々、性体験を済ませた子が増えていても不思議ではない。娯楽も少ない閉鎖的な田舎街なら尚のこと、そういった事から刺激を得るしかない。

イリスにしてみれば下品で生々しい話は不快以外の何物でも無かったが、無理にでも人の輪に留まろうとする。人付き合いを選べるほど彼女の人脈は広くはないからだ。いつもの様に下の話で盛り上がっていると、一人の女子がイリスへと話題を振り与えた。


「ねぇイリス? あんたそういう話とかないの?」

「えっ、どういう?」

「だから、男とセックスした話とかさぁ。何とぼけちゃって、あんた結構な数熟してるんでしょ?」

「そ、そんなこと無い。なんでそんな事言うの。私そういうのは全然――」


勝手にそういう目を向けられていた事を知った彼女はショックを隠しきれず、狼狽えた。彼女はただ偽りの無い真実だけを伝えようとするが、その言葉を遮る様にクラスメイトはさらに口走る。


「うっそぉ。あんたの母親って娼婦でしょ? それにあんただって混血種なんだから将来は、そういう職に就くのよね?」

「なんで…… なんでそんな事言うの…… 母はそんな事してない」

「でもさぁ、親が娼婦でもしてない限り混血種って生まれてこないらしいじゃん。まぁその話はいいや。で、何人と寝たの? 30人くらい?」

「だから私は……」


イリスは何とか涙を堪えるものの、膝の上で握りしめた拳は小刻みに震えていた。自分のことを好き勝手言われたこともそうだが、母親まで貶されたのが彼女にとっては耐えられなかった。

その日を境にイリスは数少ない他人との繋がりを絶ち、ついにクラスでも完全に孤立した存在となっていく。集団生活においての孤立とは実に不便なものであった。勉強だけなら人一倍熟せていた彼女もだが、全てが一人で完結させられるように学校は作られていない。授業等でペアを組め、と言われクラスが奇数だった日には必ず彼女一人が浮いていた。その度に哀れみ、嘲笑の眼差しを向けられた彼女。次第に耐えられなくなり、そういう場面に出くわすとちゃっかり授業を抜け出すようになった。これが仇となり、彼女に対する視線はさらに歪んだものへと形を変えていった。


イリスのクラスには地元で金持ちと評判の男子がいた。彼は自分の財力に物を言わせ、クラスでも中心的な立ち位置についていた。

そんな彼がある日、冗談交じりにこんな事を口にした。


「あいつは金が無いから、授業をさぼって体を売りに行っているんだ」


軽はずみで発せられた冗談は、彼の発言力に後押しされあっという間に広がった。そして、あたかもそれが真実で有るかのような共通認識へとなっていく。言い出しっぺである彼にしてみれば自分のジョークが皆を笑わせさぞ愉快だっただろう。しかし、標的にされた方は堪ったものでは無い。いい歳をした大人ですら群れを成すと、恥ずかしげも無く個人を虐げて楽しむ連中は無数に存在する。ましてや善悪の判断が曖昧な彼らにとって寄って集って、個人を虐げることは身近な楽しみとなっていた。そのリーダー格を担う者として、彼はイキるようになり、日々イリスに対する行いはエスカレートの一途を辿った。


自分の代わりに虐げられるポジションの者が現れるまで、彼女はひたすら耐える他に無かった。


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