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57.少女の独り言

扉を解錠した音が、静まり返った廊下に響き渡る。多いときは全学科合わせて千人近い生徒で賑わう学園も今は二人だけ。普段は四人で集まっていたこの部屋もいま居るのは二人だけ。

レンが部屋の明かりを灯していく間にもイリスは自分の私物をかき集め、チームから立ち去る支度を進める。部屋の四方にある明かりが全て灯った頃、彼女が手を止め誰に向けてか呟き始めた。


「止めないのね。私がチームを離れることを」

「止められるものなら止めたいけどさ……」

「レン、あなたいつも流されてばかりで、自分の力で何かを動かそうとかってしないのね」

「流されてばかりね…… なら、俺がチームに残ってくれって泣いて頼んだら留まってくれるのか?」

「それは…… それとこれとは別だけど……」


彼女は止めていた手を再び動かし始め、荷物を纏め始める。


「俺も手伝おう……」


レンが彼女の私物が詰まった紙袋を持ち上げた瞬間、不幸にも底が抜け中身をぶちまけてしまう。間抜けな声を発しつつも、散乱したイリスの私物を拾い集める。短くため息をついたイリスが後ろを振り返り状況を目にすると


「ちょっと手伝うって言っておきながら、散らかしてどうするの―― あっ! ダメ、ちょっと何見てるの! それに触らないで!」


突然彼女は声を大にして慌てだしたので、何事かと思いレンは自分の手元に視線を送る。これはなんと女性物の下着と思しき何かを拾い上げようとしていた。着替え用の衣類なのか、逆に脱ぎ終わった物なのか。そんな事はどうでも良い、彼は大人しく下着から手を離すと一歩二歩と速やかにその場から後退った。


彼女の言葉通り、レンは手を貸さずに窓の外を眺めながら作業を終えるのを待ち続けた。ここ最近空を覆っている雲はまだ立ち退きそうに無い。それどころか、今にも泣き出しそうな稲光が遠くで光る。そんな心の晴れない風景を無心で目に映しながら、イリスの作業状況を確認すると、彼女の手が止まっていた。いよいよ全ての片づけが済んだのだろうか。レンが背に迫ると、彼女は質素なブローチを大切そうに手で包み見つめていた。

そのブローチは彼女にとっての贈物(ギフト)であった。この国特有の贈物という文化。それは、大切な子供を想う親心から来るもので、親と子の縁を物語る大切な品だ。子供がある歳になると親から贈られる一品で、決して高価な物で無くともその子にとってのは一生の財産に成り得る。

そんな品を包み込む手の平には時折、頬を伝った涙が落ちていた。


「私こう見えて結構泣き虫でしょ」

「どうかな。でもお前が泣いているのを見たのはこれが二回目だな」

「今流しているのは、あの時の涙とは違うの」

「あぁ分かってる……」


誰かに虐げられて憂う気持ちで流したあの涙とは違うものが、彼女の目から零れ落ちていた。


「ごめんなさい、昨日は感情が優先して。でも今の私にはどうしても結果を出す必要があった。何らかの形で残さないと――」


彼女は取り乱してまで結果を急いでいた理由を洗いざらい話始めた。

飛空士科は国からの補助金もあり学費こそ免除されているものの、生活費の負担が無くなるわけでは無ない。寮生活のイリスとは言えど、生活費がゼロになることは決してない。彼女は母からの資金援助でなんとか学園生活を送ることができている。しかし彼女の家はエイルは勿論の事、レンの家庭と比べても裕福では無い。やっとの思いで資金を工面し今の生活が成り立っている。

彼女が少し前に里帰りした際に、母からこう言われたのだとか。


『イリス。いくら頑張っても結果が出ないんだったら、夢を諦めて戻って来てもいいのよ。でも無理はしすぎないでね』


結果を示さなければこれ以上、彼女の夢を支援することはできない。そう遠回しに伝えたかったのかもしれない。それ以降、母を納得させられるように、何かの形で結果を残そうと彼女は模索した。そんな折、ようやく巡って来たのが航空トーナメントの大会であった。

またとない機会に、彼女は掛けた。

しかし実績を求め急ぎ、自らを追い詰めていった彼女は、結果としてチーム割れという事態を招いた。


「ごめんね。こんな身内話聞かせちゃって。私は結果を残せなかったし、皆に酷い思いをさせた。やっぱりこんな成り(ハーフ)じゃ無理だったの……」

「イリス――」


ガゴゴゴゴゴ……

彼女の言葉を否定しようとレンが発した言葉は、外で鳴り響いた雷鳴によって掻き消された。風は強まり、窓へ雨粒を叩きつけガラスを鳴らす。二人揃って窓の方を窺うが、川の様にガラス上を水が流れる様子から察するに、直ぐに帰ることはできそうにない。

レンが参ったなと頭を掻いている傍ら、イリスはチーム部屋での定位置に腰を下ろしレンが振り向くのを待った。長方形のテーブルを囲む四つの椅子、彼女がいつも座っている場所だ。

ようやくレンが窓に背を向け目が合ったタイミングで彼女が切り出した。


「あ、あのねレン……」

「どうした?」

「聞いてくれるかな?」

「何を」

「私の独り言。もう今後会う事も無いだろうし、話しても良いかなって」

「わかった」


それから彼女が語り始めたのはイリスという一人の混血種(ハーフ)の少女が歩んできた道のりだった。


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