56.再会はお気に入りの店にて
トーナメント大会参加中に受けられなかった講義を挽回しようと、レンは陽が暮れるまで講義を橋渡りした。彼は昨晩一睡も出来ていない事も相まって、未だ嘗てないほどの疲労を感じつつ自分の寝床へと足を運んでいた。
学園の長い一日が終わっても、考えることを止める暇は無い。イリスと話がしたい、しかし男子の入れない城で囚われの姫となっている彼女。どうすれば接触できるのだろうか。ずっと頭を悩ませながら、明かりの灯った通りを進む。
「そう言えばイリスと来たなこの店。彼女は気に入っていたみたいだけど、珈琲が売り物とは言えないような代物だったっけ……」
近頃足を運ばなくなっていた、イリスお気に入りの喫茶店。中央都市の喧騒を忘れさせてくれるこじんまりとした店を横目にレンは思いを馳せる。
「そうそう、あんな感じで窓際の席で一緒に食事したな…… んっ待てよ、あれって」
見間違える筈も無い。彼にとって最も見慣れた金髪の少女。綺麗な金髪を結った少女が、喫茶店の窓の向こうに映っていた。
「ご一緒しても?」
ドアに括り付けられた呼び鈴が鳴って間もなく、レンは彼女の相席へと腰を下ろし一声かけた。彼の突然の登場にイリスも少しばかり驚くも、程なくして気まずそうに視線を逸らす。相席の彼が自分も何か注文しようかといった折、彼女は代金をテーブルに伏せ席を立った。思わぬレンの訪問に怒っている素振りは見せないものの、気まずさからか無言の店を出る。女の子の後を付けるのは変質者のようで性に合わないが、機を逃せば今後いつ言葉を交わせるかも分からない。レンは先を往く彼女に追いつくと、半歩下がった位置を歩みながら、声を掛ける。
「寮まで送る」
「なんでよ……」
「こうも暗い時間になると、旧市街のこの界隈は物騒だろ」
「別にそんな計らい要らない……」
レンの気遣いを軽く受け流すが、決して半歩後ろにつかれる事を嫌がっている素振りは見せない。もしかしたらチームに対しまだ何か、未練と呼べるような物が残っているのかもしれない。本当にチームメイトと関係を断ちたいのであれば、無理矢理にでも振り払えば。しかし彼女がそのような動きを見せることなかった。
暫く言葉が途絶えたまま歩き続けていると、イリスは唐突に足を止めるとレンを数歩先へ行かせた。
「部屋の鍵。チーム部屋の鍵、今持っていたりする?」
「持ってるぞ。またどうしてこんな時間に……」
「日中だと鉢合わせするかも知れないでしょ」
「あぁ、そういう……」
レンは概ね彼女の意図を察した。あの時は咄嗟に部屋を出てしまい、鍵を置き忘れ一人では入室できなくなったのだと。私物を引き上げようにも鍵が無いし、日中帯にチーム部屋で元チームメイトと鉢合わせるのも気まずい。
――リーダーとして最後の指示を与えるわ、鍵係として黙ってついてきなさい。
といった具合だろうか。
「手を貸そう」
「か、借りるわ」
学園の敷地に入ろうにも夜遅くにもなれば門は閉じられ、無理矢理よじ登る他にない。レンは先に背丈の倍はあろうかという門を登りきると、手を差し伸べイリスを引き上げる。彼女が門を超えたことを確認し、レンが敷地内へと降りようとしたところで彼女が慌てて口を開く。
「あっ、待ちなさい。私が先に降りるから」
どうしてイリスが我先にと急いでいるのかと彼は一瞬疑問を浮かべる。彼女の制服姿を目に、その理由を理解した。彼女がスカートを纏っている事を考えれば、彼が先に下で待ち構えていては見えかねないからだろう。
「守衛小屋に置いてある灯りを拝借するか」
夜も遅く、学園は敷地内全ての灯りが消されている。何の頼りも無しに進むには些か足元が不安だ。小屋の備品であるランプを灯し、足元を照らしながら飛空士科の校舎へと二人は向かった。




