52.荒ぶる隊長、そして惨敗
浮遊島が上空を漂っているにもかかわらず、その様を拝ませまいと厚い雲が覆う空模様。常に髪を靡かせる程の強い風が吹く中、トーナメント大会が幕を開けた。
トーナメントには各国から集まった80余りのチームが出場。今日行われるのは4チームごとに争われる予選で、上位1チームのみが本戦のトーナメントへと出場を果たす。仮に予選落ちしてしまっても、まだチャンスがある。予選落ちしたチームには救済措置として敗者復活戦が設けられている。
しかしチームを仕切るイリスの頭に復活戦の想定などはないようだ。予選で一位通過を決めてしまう、それ以外のシナリオなど思い浮かべていない。ライバルがいくら競争力のある機体を持ち込んでいようと、自分たちは権威ある学園の訓練生だ。知り尽くしたこの地で余所者に負けるはずがない。
スタート直前までルールの再確認に余念の無いイリス。いつも以上に凛とした表情をみせ、この大会に対する気合の入れっぷりが見て取れる。
一方で前日イリスと揉めたとあり、すっかり萎えてしまったカティア。彼女の態度は朝からどこか素っ気無い。いつもの様な達者な口はどこへいったのだろうか。隣に座るイリスと交わした言葉も、必要最低限に留まっており、無駄話の一つも口にしない。
エイルはどうだろうか。彼女はいつも以上に眠たそうにしており、スタートを目前に控えているというのに船を漕ぎ始める有り様だ。
操縦担当レンの具合はどうか。彼はお世辞にも体調が良いとは言えないようだ。
強敵相手に劣った機体でタイムレースをする場合、何か対策はあるものか。そのヒントを掴むべく宿舎の先輩飛空士達に安易に尋ねたのが運の尽き。朝まで昔語りに付き合うことに。一睡も許されなかった割に彼が貰えたアドバイスといえば、相手の機内に馬糞を塗りたくってやれ。などという全く役に立たない的外れなものだった。酔っぱらい連中に聞いた自分が浅はかだったと後悔しつつ、完全に寝不足状態で大会を迎えた彼もベストコンディションとは言い難い。
「予選第10グループ。開始位置に並んでください」
いよいよ自分たちの飛行順が回って来た。一列に並ぶ3チームと同時スタートで、先着1チームが予選通過となる。先頭でゴールへと戻ってくる以外に本戦出場のチャンスは巡って来ないが、ジーク達と同じグループにならなかったのが幸いであった。
スタートの合図だ。
風に靡く旗が振り下ろされ、タイム計測が始まると同時に、他3チームがいきなり加速を始めた。
「嘘だろ、この状況でいきなり飛び出すのかよ。この強風に加え魔力密度だって安定してないぞ」
「レン早く、早く飛び立って! 加速よ加速!」
見る見る視界から小さくなるライバル達を目に、イリスがレンを急かす。今すぐにでも全開で追いかけて欲しい。その心意気は計器にも表れており針が振り切らんばかりの動きを見せている。イリスが担当する魔力炉には膨大な魔力が注がれ、謂わば空焚き状態になっていた。このままだと炉がオーバーヒートしかねない。
レンは指示通り、直ぐにレバーを引き加速を始めた。魔力炉からの駆動力がプロペラへと伝わり推進力を生みだす。しかし、機体が動き出したはいいが真っ直ぐ滑走しない。イリスの力が強すぎてカティアとのバランスが取れていないのだ。
「真面目にやりなさいカティア。力が足りてないわよ」
「はいはい、わかってるっすよ。でもウチは隊長ほど力は注ぎ込めないっす」
イリスは形振り構っていられない。
カティアも出せる限りの魔力を注ぎ込み、ようやく左右の出力差が縮まると機体は直進するようになった。ところが、今度は飛び立つ速度に達しない。
「ちょっとレン。私たちは目一杯やっているのに、どうなってるの?」
「今の魔力濃度じゃ十分な出力が得られない。こいつが積んでる旧型の炉だと――」
「なんでもいいから、早く飛び立って」
イリスの無茶振りが続く。他所が積んでいる魔力炉に比べて、自分たちのそれは些か旧型だ。同じコンディション下で同じ出力など出せるはずがない。彼女はその前提すら忘れて無理を通そうとする。滑走距離も残り僅かという場面でようやく離陸可能速度に達し、車輪が地を離れた。
機体は上昇を終えて間もなく、速度を上げ規程のコースを辿る予定であった。ところが、決められた経路から大きく外れた空域を四人は飛んでいた。誤ったルートを進んでいることに、ようやく気付いた操縦士は青ざめた。
「すまない皆。経路を間違えてた」
「嘘。なんで? どうして間違えたの? どうするの? なんとかしなさいよ」
これ以上イリスの気を立てないようにと、恐る恐る現状を口にしたレンであったが、無意味だったようだ。経路を誤るなどという初歩的なミスを今まで犯したことが無かった。よりにもよってこの状況でやってしまった。睡眠不足で完全に集中が切れていたようだ。
彼は気付いた時点でコース復帰のため旋回を始めていたが、彼女はもっと素早く旋回しろと後ろから鞭を入れる。
「ちょっと、隊長。これ以上は危ないっすよ。この前みたく機体が耐えられないっすよ」
「そうならないようにレンが何とかしているんでしょ。あなた無駄な事考えている暇があったらもっと出力上げなさい」
「はぁ…… 分かりましたよ。もう無駄口聞かないっす」
それ以後、言葉の通り地上に戻るまでカティアがイリスに口を聞くことは無くなった。
まるで初めて四人で空を飛んだときの状況を再現しているかのようであった。あの時はレンが我を忘れてペースを上げようとしていたが、その時と同じ過ちを隊長自らが犯そうとしている。魔力炉の限界ギリギリでの運転は続く。
二基ある魔力炉のうち、イリスが力任せに魔力を注いでいる右側の炉ばかり無駄に出力が高い。バランスを保つには出力の低い左側に合わせ、過剰供給されている側の動力を捨てる必要が有る。結局のところ彼女は無駄に魔力を注ぎ込み、体力を消耗しているだけという事になる。しかし、それを指摘したところで今の彼女が受け入れるとも到底思えない。レンは引き続き、操縦席側で動力を絞り左右均等にプロペラを回すように調整し続けた。
予選とはいえコースは短くなく、折り返し地点はまだ遠い。それにもかかわらず遠目に、折り返しを終えた機体が反対方向へ飛び去っていく光景が映る。
「レンこれもう無理なんじゃないっすか。かなりのタイム差になってるっすよ。それにウチ、今のペースじゃ維持できないっす……」
カティアは横隣に座る隊長にではなく、前に座るレンへとギブアップ寸前だと宣言を出す。これ以上は彼女の身が持たない。順位を上げられそうに無い現状にすっかり気力も体力を失ったカティアは、手を抜き初め計器にも如実に現れていた。
カティアの言葉はイリスにも聞こえていたであろう。しかし、レンは改めてイリスに橋渡しする形でギブアップ宣言を伝えた。
ようやく隊長の口からペースダウンの許可が発せられるかという折、機体が急に不安定な挙動を見せ始めた。それと同時に異常を知らせるベルが鳴り出す。直ぐに手元の計器を見渡すが異常を発見できないレン。そうなれば頼りの綱は最も魔力炉の状況を把握している魔力炉監視役だ。最後尾を陣取り魔力炉を監視しているエイル。しかしいつまで経っても彼女からの情報は上がってこない。
イリスが後ろを振り向き確認すると、事もあろうにこの状況下で居眠りに励んでいた。
「エイルシファー起きなさい。あなた何しに来ているの? いつもいつもこの調子、いい加減にして。早く状況を教えなさい」
「はぅ。ちょっと待って……」
突然の大声で肩を飛び上がらせ目を覚ますのと同時に、イリスから辛辣な言葉を受けとったエイル。あまりの迫力で迫られたものだから、反論するという手立てすら忘れエイルは必死に目の前の計器と睨め合う。
「早く、早くして。時間が無いの」
「右側、イリスの魔力炉がオーバーヒート寸前。針が危険域に入りそう……」
「えっ? 私?」
イリスが無理に魔力を注ぎつづけた魔力炉は限界に達しようとしていた。彼女の担当する炉はまだ新品に近い状態とはいえ無茶が過ぎたようだ。
しかし自分に非がある可能性を捨て、彼女はペースの維持を望んだ。
もう付き合っていられない。レンは咄嗟に出力調整レバーを戻し魔力炉からプロペラへの駆動力を下げた。推進力の低下した機体は、直ぐに速度を落とす。隊長の指示を真っ向から破ってでも彼は安全策を講じようと独断で速度を落とした。
「悪いイリス。もうこれ以上、速度を上げるわけには行かない。タイム計測どころか、飛行場への帰還すらできなくなる」
「どうして、どうしてよ。私にはここしかチャンスが無いのに……」
「すまない、皆を無事に地上へと連れ帰るのも俺の役割だから」
その後、誰一人として口を開かずに地上へ帰還した四人。飛行場へ彼らの機体が戻ってくると、既にタイムを争った他3チームは撤収済みのようで姿は見られなかった。




