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47.帰路は優雅に

エイルとの語らいから一夜。都へと帰還する日を迎えた。

喧しいほど元気な陽は、昼前からここ数日間で一番の暑さを連れて来ている。絞り切れおらずつい先程まで水滴を垂らしていた雑巾も、あっという間に干からびてしまう程だ。しかし、暑さこそ厳しいものの空気が乾いているせいか不快感を感じさせないのが、せめてもの救いである。

時期にこの国、ひいては国が属する大陸特有の乾期が到来することだろう。


我が家を前に、彼は鉄柵を閉める。次にここへ戻ってくるのはいつになるだろう。父との思い出はここに一旦預け、また仲間の元に戻ろう。


絵居るは昨晩も姉貴の家に泊まりに行っていた為、レンが迎えに行こうとするとタイミング良く、姉貴がエイルを従え連れこちらへ向かって歩いてきた。姉貴は今日もエイルの身支度を手伝ってくれたのだろうか。綺麗に纏められた水色の髪が時より吹く風で靡く。エイルが彼の横に付くと、二人で姉貴と向かい合う形となり、別れ際の言葉を交わす。


「お見送りに来てやったわよレン」

「別にお見送りなんて頼んでないぞ。そんな子供じゃないんだし」

「私から見たら子供みたいなものよ。いろいろ小っちゃいし――」

「まて、下品な話に持ち込もうとするのはやめろ。話が長くなる。でも、感謝してるよ色々と。そうだ、また留守の間に家屋の世話を頼むわ」

「別にいいけど、高くつくわよ」

「マジか?」

「マジよ。ほれほれ列車の時間もあるんだし、行った行った。エイルちゃんまた遊びに来てね――」


姉貴に見送られながら二人は、港街の駅へと足を進めた。

それにしても、今日の暑さは堪える。レンもエイルも頬を汗が這う。こんな暑さの中、窮屈な列車で長い事揺られるのかと想像すると今から気が滅入る。もっとも、レン以上に滅入っていたのはエイルのようで既に足取りが鈍い。


「レン…… 疲れた……」

「まだ出てきたばっかりだぞ。この後、また窮屈な列車旅をするんだから……」

「わぅぅぅ……」


そういえば、帰りは客車の等級を上げるとか何とかイリスが言っていたような気がする。往路で一番安い切符を手に、苦行に走った失敗を受けてのことだ。帰路は多少なりとも楽な旅になるかもしれないと、淡い期待をしつつ駅へとやって来た。

中央都市のターミナル駅とは比べるのも烏滸がましいほど、ちっぽけな駅舎。果たして自分の地元は言うほど有名な観光地なのだろうかと、レンは幼い頃から駅舎を見るたびに疑問に思っていたようだ。


「レン、暑い……」

「なかなか堪えるな」


昼が近づくにつれ日差しは強さを増していき、旅が始まる前から彼らの気力を削りにかかる。女子の肌にとっては大敵である日照りから逃れるためにも、レンとエイルはちんけな駅舎へとお邪魔する。

構内に駅員らしき者は見当たらず、プラットフォームへ僅かに浮かび上がった日影に入り、列車を待つ者が数人見受けられるぐらいだろうか。閑散としている中、申し訳程度に設置された、こじんまりとした待合室を覗くと先客がベンチに腰を掛けていた。太く結った金髪の持ち主である先客は他ならないイリスだ。彼女は手荷物と土産らしき物を横に置き、読書に勤しんでいられる。

レンはイリスを待ち惚けさせたのではないかと申し訳なさそうに声をかける。


「待ったか?」

「私も今到着したところよ。ショートバカンスは楽しめたエイルシファー?」

「うん。まぁまぁ……かな」


幸い彼女も到着したばかりのようで、彼女を乗せてきたと思しき列車が折り返し準備に取り掛かっているタイミングであった。

エイルと同じくイリスも休暇を満喫しきったようで、何時もより声が明るく、優しく聞こえる気がした。そんなイリスがエイルの身だしなみに目をやると、微笑みながらこう評する。


「その服、可愛いじゃない。髪の仕上がりも綺麗」


さすが女の子。普段見かけない私服を纏っている事はもちろん、髪の仕上がり具合の違いにも気付いている。初めてお披露目された私服はおそらく姉貴がエイルにプレゼントした物だろう。姉貴に対しまたしても借りを増やしてしまったことを少々悔やむレン。

しかし、似合っているし本人も気に入っているようなので、よしとしよう。エイルの体格にちょうど合うワンピースはこの暑い昼時においても、涼し気に映るものであった。


エイルの服装についてはさておき、レンはイリスの服装にも目が移る。平然と、いつもの様に学園の制服を身に纏っているのだ。まさか学外でも隊長としての威厳を気にして、ということは流石に……

聞いていいものか悩んだ末に、好奇心に負け聞いてみると。


「べ、別にいいでしょ。この制服けっこう着心地良いし。それに私の地元みたいな田舎だと――」


レンからの思わぬ質問に少々慌てた様子のイリス。

彼女の言い分は御もっともで飛空士科の制服は動きやすいし、着心地も良い。学生が一日中身に付けている衣類とだけあって、色々と計算され尽くされているのであろう。採寸した上で作られているオーダーメイド品であればなおさらだ。


発車の時間を待つ三人。待合室の汚れ曇った窓に目をやれば、駅構内で忙しそうに往ったり来たりしている作業員の姿が見受けられる。都に向けて出発を待つ本線の列車に、支線から引いてきた客車を増結しているようだ。支線からやって来た短編成の客車達は、先程までイリスが乗車していたものだろうか。構内の転結機を何度も切り替え、機関車を客車後方に回り込ませ客車を押し出す。客車同士がぶつかる程に接近すると、極太の鎖で結び、命綱となる管を繋ぐ。

あっという間に都行きの大編成が組み上がり駅前が旅行客で賑やかになり始めた頃。ようやくカティアのお出ましである。


「いやぁ、お待たせっす!」

「おう、これまた突然帰って来たな。一人でどこほっつき歩いてたんだ」

「まぁ色々っすね。海から山まで、楽しかったっすよ」


カティアも自分なりに楽しいひと時を過ごしたようで、ご満悦な笑顔を浮かべながらベンチへと腰を下ろす。四人が横一列でベンチに掛け、改札係がやってくるのを待つ。

しかし、こうして四人で並んでみると、各人の手荷物の量に個性が見受けられる。エイルは最低限の着替えぐらいの荷物なのかコンパクトに纏まっている。イリスは備えあれば憂いなしと持てるだけの物を持ち歩く。レンは着替えは疎か生活用品も実家にあるので、ほぼ荷物は無い。カティアもほとんど荷物を持ち合わせていないが、彼女の場合はまた理由が違いそうだ。困った時にようやく現地で調達といったお気楽な気分なのだろう。


「それにしても、隊長はこんな時でも制服なんっすか?」

「良いでしょ別に!」


唐突だが、カティアもレンと同じ事が気になっていたのか、突っ込まずにはいられない。休暇なのに制服を着る必要は無いのでは。イリスは反撃とばかりに、カティアの服装に突っ込みを入れる。


「カティア、あなただって此処に来た時と服装が変わって無いじゃない。見た限り着替えの荷物も無さそうだし。まさかずっと同じ服着ていたの」

「やだなぁ隊長さん。乙女がそんなこと、するわけ無いじゃないっすか。まぁそこんところは秘密っす」


ムキになるのは分かるが少しばかりデリカシーに欠けた言葉を返すイリス。寄って集って、今度はエイルまでもがカティアの服装に指摘を入れ始めた。


「ティアは今日も黒タイツ。それ熱そう」

「にゃはははは。一見熱そうに見えるこちらの黒タイツ。ところがですよ、こういうのを身に付けてる方が焼けないから結果的には良いんっすよ。特にこういう照ってる日には肌を守る装備は暗雲の差を生み出すっすよ」


敢えての黒タイツ。エイルと並んで、レンもなるほどと感心しながら頷く。

そうこうしている間に改札係が姿を現し、入場客が並び始めた。イリスはチームメイト三人に自ら用意した切符を配布する。若草色の硬券は二等車の証だ。これで三等車に苦しめられた往路よりは楽な旅になるだろう。

二等車以上は客車の乗車口で係員に切符を提示し、等級に見合った色の切符を持っている事を示す。係員は四人が提示した若草色の券を拝見した後、イリスの制服の胸元に掲げられた翼の紋章に目をやると口を開いた。


「君たち。飛空士科の、それも中央都市の学生かい?」

「えぇ、そうですけど」

「向こうまでは長旅だろ。飛空士科の人間が疲れちまって、学業に身が入らないのは良くない。一等車に乗っていくか?」

「い、一等車?」


係員が発した一等車という甘美な響きに、レンは思わず声を大にし聞き返してしまった。イリスとカティアを見入るが二人も首を横に振っており、とても自分たちの身の丈に合うものでは無いとでも言いたげだ。


「ちょうどキャンセルが出て、一等車の個室が一つ空いちまってな。飛空士科の学生さんにはサービスするぞ。追加料金はいらんから、その緑色の切符で乗っていきな」


四人は係員の言葉に背を押され、一等車へのフラップを踏みしめた。最上級の一等車は六人掛けの個室になっており、テーブルを挟んで向かい合った席は足を延ばしても向かい側と当たることは決してない。滅多に体験する事ができないであろう一等車。彼らが室内の内装に見惚れている間に、列車は走り出し港街を後にした。


内装もさることながら、乗り心地も抜群だ。念入りに設計された客車はレールの繋ぎ目を感じさせない程、滑らかに鉄路を駆け抜けていく。

そして何よりも、驚いたのは客車内が涼しいこと。一等車を何度も経験しているエイル曰く、冷房装置を積んでおり、暑さを和らげているという。そして博識なイリスが補足する。この手の装置は水が蒸発する際に熱を奪う原理を使って、冷たい風を生み出しているそうだ。


「快適っすね」

「快適だな」

「いい感じね」

「うん、三等車よりは全然良い」


個室で他所の声も聞こえなければ、座席のクッションは柔らかく、おまけに室内は暑さが和らぎ快適そのもの。本来それなりの乗車賃を払って乗るだけの価値はある。またとない優雅な列車旅を楽しみながら、元来た鉄路を戻っていく。

トンネルの続く山間部に入ると、ふとレンが何か思い出したかのようにイリスにだけ聞こえる小声で話しかける。


「一等車にはお手洗いも付いているらしいぞ」

「……ちょっとなんで私にだけそれを言うの。それになんでこのタイミングで。忘れなさいって言ったでしょ」


せっかく忘れかけていた往路の苦い経験を思い起こされたイリスは、レンを睨む。そんな様子を見ていたカティアが興味津々に話題に首を突っ込もうとしてきたので、イリスにとっては堪ったもんじゃない。


これでも食べて静かにしてなさい。とでも言いたげな様子で彼女は地元の土産をテーブルに広げた。待っていましたとばかりに、各自が土産物を手に取り口へと運んでいく。


「こういうところ、隊長は律儀っすね」

「ケチつける割にはあなたが一番食べているようだけど……」

「そうっすか? それにしても、うまいっすよ。良い味っす」


行儀悪く口に物を含みながらカティアはイリスに絡む。隊長にケチを付けても味にはケツのつけようがないようで、あっという間に土産物は包み紙を残し消え去った。


気付けば鉄路は複線へと切り替わり、列車の往来が激しくなる。それは都が近いことを意味し、快適な列車旅の終わりを感じさせる。

イリスはその場で立ち上がると三人に向けて言葉を送った。


「この場で改めて言わせてもらうわ。今までチームを支えてきてくれてありがとう。それから、仮ではあるけどもう少しの間、一緒に飛んでくれると嬉しい」


その言葉に反対の意を示す者は誰もいなかったという。


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