45.五番目の娘(2)
妹が姉であるエイルシファーに対し行っていた行為は日々エスカレートしていた。何をされても泣き出すどころか顔色すら変えないエイルシファーは、妹からの仕打ちを専属メイドに打ち明ける事もせず耐え続けた。お世話になっているメイドには心配を掛けたくはかったのだろう。しかし、常に彼女を見守っていた専属メイド・アインは当然気付いていた。いよいよ見ていられなくなったアインはある日エイルシファーに話を持ち掛けた。
「エイルシファー様、失礼ながら妹さんの件についてお話してもいいでしょうか?」
「いいよ」
「単刀直入に聞きます。あのような酷い仕打ちを一方的に受けて、貴女は悔しくないのですか?」
「うーん。別に…… 服を汚されるのは嫌、痛い事されるのも嫌。でもルーはできない子だから仕方ない。鈍臭いし、頭も良くないし、なにもできない」
「私は悔しいです! それでは私の気が済みません」
着座しながら冷静に答えるエイルシファーに対し、アインはその場で立ち上がり激しく感情を起伏させる。
『私は悔しい』メイドのその言葉は、もしかしたらエイルシファーの奥底に封じ込めた気持ちを代弁していたのかもしれない。
「家族でもない部外者が勝手な世話焼きかもしれません。それでも言わせて貰えるのであれば、私は貴女に仕える身であって、この家の主様の為に住み込んでいる訳ではありません。私の願いは一つ、エイルシファー様に幸せになってほしい。その為であればこの家から貴女を連れて二人で飛び出す覚悟もできています……」
エイルシファーはメイドに対して一つ問う。どうすればこの家の外に出れるかと。彼女にしたって居心地の悪いこの家に閉じ込められているのは気分が良くなかったようだ。彼女の問いに対し『私に考えがあります』そう切り出すとアインはとっておきの計画を語り出した。
それから暫くの月日が流れた頃。メイドはエイルシファーの元へ一つの通知書を持ち寄っていた。中央都市の学園、それもエリートと評される飛空士科への入学許可証だ。何故そんな大層な物をメイドが入手できたかは語られることは無かったが、通知書にはしっかりとエイルシファーの名が刻まれていた。
「わぅ…… 無理。ルーこんなところ通えない」
「大丈夫です。この屋敷の外に出ても学業に専念できるように、私が全力で助力いたします」
「そうじゃない。頭良くないし、運動もできないし、ついていけない。飛空士になんてなれない」
「大丈夫です。訓練生というのは良きチームメイトを見つけられれば、一人の力不足など補えるものです」
「それだとルーはお荷物になる」
「それでいいじゃないですか。チームメイトの足を引っ張り続けてでも、エイルシファー様が道を歩めるのであれば。お互いに引っ張り合って、なんとかバランスを保つ。空の世界というのはそういうものです」
「アイン、すごく詳しい。飛空士メイドだったの?」
「私のことはお気になさらず。では行きましょう」
メイドはエイルシファーの手を引くと、そのまま父親の待つ執務室へと向かった。部屋へと立ち入りが認められ、足を踏み入れると父の他に六女の姿があった。妹は姉へ不快な視線を向けているが、寧ろ都合が良い。
アインは学園からの通知書を父親の机へと置くと、入学の提案を持ちかけた。無論、父親が背中を押してくれる筈もなく直ぐに通知書を突き返される。
「何を言いだすかと思えば、外に出て学びたいなどと。それも、エリート街道とも評される飛空士科への入学。悪い冗談だ。家政婦がどうやって学園への門を開けたかはこの際不問としよう。彼女がそんな身の丈に合わない場所へ通ったところで、失態を晒すだけ。当家の恥じだ」
誰の耳から聞いても、父親の言い分は御もっともであった。妹も父の言葉に大きく頷く。
真面目に取り合うつもりの無い父親は感情を出すことなく、尚も淡々と認めない理由を述べ続ける。
全く持って恥を知れ、お父様の顔に泥を塗るな。妹の頷く姿からはそんな言葉を想像させた。
「確かに、エイルシファー様が家の名に恥じるような振る舞いがあれば、家名にも響きます」
「その通り。だから表に出すべきでは無いのだ。エイルシファーが生きている限りは彼女に五番目の継承権があるのだから」
「はい…… エイルシファー様がご存命の限り、彼女が妹さんよりも優先的に、お父様の資産を引き継ぐというご家庭の事情は承知しております」
いや、待てよ。
メイドの発言を耳にした途端、父親と六女は互いに見合った。
「お父様? 私は姉さまが学園に入っても良いと思いますわ。私自身、一般科への入学が決まっていますが、さらにエリートコースである飛空士科に入れるなんて早々ないチャンスですもの。この機会を生かして、無事に卒業できれば箔がつくのでは。無事に卒業できれば」
妹は手の平を返したような態度で、姉の学園入りを推し始めた。姉が何らかの事故でこの世を去れば、継承権は自分へと繰り上がるのではないか。一旦空の道を志せば、命を落とす者も少なくない。それだけで、姉を飛空士科へと押し込む後ろ盾になる。彼女の頭にはそんな考えでも浮かんでいたのだろうか。
父としてもエイルシファーより秀でた妹に継承権を与えたい。もし姉に不幸があればなんら世間体的にも問題なく、それが叶う。まともな親子関係であればまず浮かぶはずのない発想が平然と出てくる時点で、彼女を取り巻く家族関係は当に崩壊していた。
「エイルシファー? お前は本当に飛空士科に入りたいのか? アインの意思では無く、お前自身の意思で決めたことなのか?」
「全て私の意思。お父さん、ルーが学園に入ることを認めてください。自分の手で、自分を変えたい……」
エイルシファーは父に意思を伝えた。メイドに吹き込まれた通りに……
まだ自分の中で決意は固まり切ってはいない、それでもこの機を逃す訳にはいかない。今こそ、この家から離れる好機なのだから。この時ばかりは普段感情表現の乏しい彼女も精一杯の気持ち織り込み伝えた。父の目をしっかり見つめ、必死に声を出した。『自分を変えたい』この言葉だけはアインから指示されていなかった、自分の思いから生まれた一言であったようだ。
彼女の言葉から少し間が開いた後、父は机の引き出しから徐にペンを取り出し、通知書へと自らの名を刻み込んだ。再びペンを引き出しに収めると、署名入りの通知書をエイルシファーへと突き出す。
「三つ条件がある。一つ、当家の名を口に出さない事。二つ、卒業までこの家に戻って来ない事。三つ、アイン、お前がしっかりとエイルシファーの世話をすること。資金は私が必要なだけ出す、アイン彼女の口座を用意させなさい」
当主の言葉を聞き終え、深く頭を下げたアイン。その横でエイルシファーも見様見真似で頭を下げる。彼女は学園への入学チケットと化した通知書を手に、父の部屋を後にした。
「お疲れさまでしたエイルシファー様。お見事な演技でしたよ」
「そうでも無い。アインに言われた通り喋っただけ……」
「学園での生活やはり不安ですか?」
「不安…… かな? ルーはたぶん一人じゃ何もできない」
「ご心配なく、私が付いております。科に入れば仲間も助けてくれます。もう一人で抱えないでください。さて、学園生活の基点となる住まいを探さなくてはいけませんね。入学まで忙しくなりますよ」
「わぅ…… 面倒くさい……」




