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43.少年と父親

閑静な古びた住宅地の一角に佇む少しばかり立派な住居。

この家にまだ家族と呼べる者たちが住まっていた頃の話。

その頃は家主である独りの飛空士と、彼に育てられた少年が二人で暮らしていた。少年にとって父親は偉大で、それはそれは誇らしい存在であった。飛空士だった父の活躍を見て、少年もまた空へと興味を寄せるのは自然なこと。空に見せられた一人の少年。最も身近にいて、空へ上がり続けている父は彼にとって英雄のような存在だったのだ。


ある日の事。少年は心躍らせながら、父親の部屋の戸を開けた。


「おう、どうした嬉しそうな顔して?」


下手な女性よりも体の小さかった父だが、まだ幼い少年にとっては大きく映ったもんだ。子供と大人の体格差も勿論だが、父親を誇らしく思うがゆえに余計大きく映っていたのかもしれない。

指定席である椅子に掛けている父の元へ少年は歩み寄ると、並んで腰を下ろす。二人で座ると丁度良い具合に座面の埋まる立派な椅子は、小柄な家主には些かミスマッチな代物であった。

彼はとっておきの儲け話を持ってきたかのような面持ちで自信気に父に話しかける。


「父さん、とっておきの情報教えてあげる」

「おっなんだ? 言ってみな」

「今度ね、今まででいっちばん大きい浮遊島がやって来るんだって。それがね、もの凄く、すっごく大きいのが沢山。知ってる?」

「本当か? それは楽しみだ。お前は物知りだな。父さん知らなかったぞ」


わざと少年の持ち寄った噂話に対し初耳であるかのような驚きを示したが、最も空の事情に精通している飛空士の父が知らない筈も無い。しかし子供は自分の話に相手が驚いてくれた方が気持ちが良い。

加え大人でも知らない知識を持っていると分かれば、さらに機嫌が良くなる。


「ねぇ、父さんもでっかい浮遊島が来たら飛ぶよね?」

「当たり前だろ? お前の父さんはスーパーエリートの超一流飛空士なんだ。そんなチャンス逃す訳ないだろ?」

「やっぱり飛ぶんだ! 浮遊島が大きいほど、数が多い程、機体も高く早く飛べるんだよね?」

「やっぱお前は物知りだな。そうだ、大きな浮遊島は強い魔力を放つからな。それが沢山集まると――」

「父さんだったら、どれくらい高くまで行ける?」

「今回はでかいのが来るんだろ? それなら、ここぐらいまで行けるかな」


スーパーエリートで超一流と自負する飛空士は子供向けの図鑑を指差し、次の飛行での目標を示した。彼が指差したページには空の高さを説明するイラストが描かれている。子は父が指した目標に目を輝かせた。父が指差す先は浮遊島と同じ高みだったのだから。

父は浮遊島への最接近を試みる。少年の期待はさらに高まった。

ところが暫くすると少年は重大な事に気付いたようで、疑問を投げかけた。


「ここまで上がるには危険領域(スレイヤー)を飛び越えないといけないんだよね?」

「そうだな。そこを飛び越えないと浮遊島と同じくらいの高さまでは飛べないな」


父の指差した浮遊島へ降り立つことが、人類発展への大きな前進になる。とはいえ、危険領域(スレイヤー)の存在に拒まれ未だそこへと到達できた者は誰もいない。

遥か上空空に存在する危険領域(スレイヤー)と呼ばれる空域。ある高度を超えると、飛空士の生還率が急激に下がることからそう呼ばれている。なにが原因で飛空士が戻ってこれなくなるのかは解明未だにされていない。


子供、いや男の子というのは危ない事に対して興味を示す。少年もまた、興味からこんなことを口走る。


危険領域(スレイヤー)に行って戻って来れなくなったらどうするの? 父さんがいなくなったら?」

「俺はそんなドジ踏むわけが無い。でもな、絶対大丈夫とは言いきれない。そうだな、もし帰ってこなくなったらお前が飛空士になって探しにきてくれ。お前が大きくなって空に上がれるようになった頃には、浮遊島の上で楽しく暮らしてると思うからさ――」


父はユーモラスを交えて子供の問に答えた。もちろん一流飛空士がそんな失敗を犯す訳が無いと、自分の息子に言い聞かせる。それでも万が一、そうなってしまったら少年自身が空を目指せ。


それ以後、この部屋で父と子の言葉が交わされることは無かったという。


――かれこれ10年程前の話だ。

長い時を経て、再びこの部屋で言葉を交わした相手はチームメイトの少女。思い出話の断片を話し終えると、彼は机の前に佇む立派な椅子へ腰を下ろす。

少女は盾に刻まれた名に、レンの父の名に聞き覚えがあるようで、黙ってはいられなかった。


「ルー、この人知っているかも……」

「あぁ。俺の父親だ。できればイリスとカティアには父親の事は黙っていて欲しい。二人が知ったらこんな俺に失望するだろうから。飛空士の息子がこんな落ちこぼれだなんてさ」


エイルは小さく頷くと、盾を元の位置へと戻し彼の背に語り掛けた。


「レンのお父さんの事はよく分からない。けれど、すごい人なんだなって…… たぶんルーと同じ」


彼女はレンの昔話をどこか自分と重ね合わせたように、思いを漏らす。

その後、レン一人では座面を持て余している椅子に彼女が割り込む。二人の身体が密着し、ようやく椅子の幅が埋まった。レンが横目に彼女の顔を窺うと、珍しくいつもとは異なる表情が表に出てきていた。


「エイルなにか話したいんだろ?」

「うん……」


エイルは徐に、自分が学園に来るまでの経緯を語り出した。


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