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42.父親の部屋

レンが地元に帰省して二日目の朝。

今日はバカンスだからと浮かれて一日を気ままに過ごしてもいられない。

腕をまくり上げると、彼はあっちもこっちもと家中の窓を開いて回った。家中の窓を開き終え、風の通り道を確保した頃には薄っすらと額に汗が浮かび上がる。まだ陽も高くないのに、陽気で雲一つない晴れ渡った空。昨日にも増して今日は陽が主役になりそうな天気を予感させる。

二階の窓から外を眺めてみると、はるか遠くに浮遊島が二つ三つと漂っていることが確認できる。そしてそいつらの恩恵を浴び、空を自由に往く航空機。軍用機だろうか、調査機だろうか、それとも訓練生用の機体だろうか。いずれにしてもこの距離からだと海上を飛ぶ機体なんて判別がつかない。人類の英知を詰め込んだ利器ですら、広大な空の下では鳥たちと変わらぬ小さな存在に過ぎないのだから。


――今この時くらいは空の事は忘れよう。

強い日差しを招き入れる窓を背に、彼は一人自らの住まいを片付け始めた。たまりに溜まった不用品を処分する、今日の目標に向かって淡々と作業を進める。


暫く作業に追われているとレンは来客に気付いた。

褪せた水色髪の持ち主である小柄な少女が鉄柵を開け庭へとやってきた。エイルのお出ましだ。聞けば姉貴の家で朝食をご馳走になってきたという。姉貴に借りを作ってしまったのは解せないが、今度礼を言っておかなければ。

それはそうとして昨晩目にした時とは少し様子の異なるエイル。姉貴に手伝ってもらったのか、何時もより髪も丁寧に纏まっている。ショートバカンス中は私服で行動している事も相まって、彼女の印象は普段とは異なるものであった。


さて、レンが朝から運び出した不用品は庭で山を成していた。

そんな不用品の山を前にしてエイルが申し出る。


「一人じゃ大変そうだから、ルーも手伝う?」

「気持ちは嬉しいけど…… やるか? 結構面倒だし、疲れるぞ――」

「んっ…… やっぱりやらない。面倒なのは嫌……」


即答だ。疲れる、面倒だのという言葉を聞いた途端、前言を撤回した彼女。面倒な事はとことん避けるのが彼女のポリシーだ。仮という形ながらチームを組んで暫く経つんだから、何を言ったらどういう反応を示すのかレンも察しが付くようになってきた。ならば、その経験則で上手いこと誘導してやれば良い。


「代わりに疲れないし、面倒でもないし、俺の助けにもなる作業がある…… やるか?」

「んっ? 疲れないならやる。飽きたら居眠りしてもいい?」

「あぁ構わない」


レンは彼女に家中の埃を叩いて綺麗にしておいて欲しいと頼み込んだ。

彼女には悪いが実を言うと、留守の間に姉貴が掃除してくれたようで、家の中は状態が良い。改めて埃を払う必要もない。しかし、実益は少なくてもエイルの親切心が満たされればそれでいい。そこが重要なのだ。


エイルはレンに埃叩きという重要な役目を任され、淡々と作業に取り組む。その間、レンは街へと足を運んでいた。彼が抱える今日の予定は家の片付けだけでは無い。

港街まで下って行き、彼が潜ったのは銀行の玄関であった。


『現時点でお支払いできる金額はご覧の通りです――』


彼が今まさに懐に収めようとしているのは父の残した遺産。いや正確には今も増え続けるレンの生活資金といった方が良いだろうか。

命を落とした飛空士の遺族には補償金が国から定期的に給付される。飛空士が生前に残した功績に応じて額が異なるため、一概にいくら貰えるとは言えない。もっともレンの場合は自ら働かずとも学業に専念できる程度の資金源にはなっているようだ。

ところが現在、彼の金銭事情は芳しくない。チーム機体修理の為に魔力炉を入手するのと引き換えに相応の借金を背負ってしまったからだ。学生が片手間で働いても、完済までは相応の期間を要する。ならば少しでも借金の足しにできればと、現在受け取れる金を全て引き出しにかかった。それでも、全額返済とまではいきそうもない。


さて、街から戻り彼が玄関へ踏み入れた頃になり、エイルに重要な事を伝え忘れていた事に気づく。

――父親の部屋には入らないで欲しい。


迂闊であった。彼が父親の部屋に足を踏み入れた時には、既にエイルの姿があった。彼女は茫然と立ち尽くしている。見られてしまったからには仕方ない。エイルを部屋から追い出す訳でもなく、レンは彼女の横に並んで一緒に室内を眺める。ここの部屋だけは昔から何も変わっていない。部屋の主が帰ってこなくなり幾多の時が流れた。家中の片付けをしてしまうと意気込んでいた今回も、この部屋だけはそのままにして手をつけないつもりだった。


部屋の壁面を覆い隠す本棚。それは本来の役割を忘れ、本を一切所蔵していない疎らな本棚であった。エイルは本の代わりに棚へ掲げられた表彰盾に魅入られ近づいた後、レンの顔色を窺う。何も発せず彼が頷くと、彼女は盾をそっと手に取った。盾は密のある木材をベースにしているためか重みがあり、不意に彼女の手が沈む。ベースに釘で打ち付けられた金属板は月日の流れを物語るかのように光沢を失っており、10年以上前の日付が刻まれていた。


「それか…… 表彰される程度には飛空士として功績を残したらしい、俺の父親は」


無言で盾に記された功績を目で追う彼女を横目に、レンは昔語りを始めた。


「昔、ある飛空士とその息子がこの家に住んでた――」


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