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40.通い慣れた身内の店

物静かな住宅地の一角に看板を掲げる小さな飲食店。民家をそれとなく改修したような外観を覗かせる。

レンの久しぶりの帰省を待ち侘びていた姉貴の親が営む店。賑やかな観光地から隔てられたこの一角で夕方以降にだけ地元の客を招き入れる、文字通り隠れた名店だ。

レンは幼少期から何度この店に足を運んだことだろうか。


「はい、お好きなのをどうぞ。とはいっても、迷うほど数は多く無いけどね」


姉貴が品書きをエイルに渡す。一方であなたはどうせ店の一覧は全部把握しているでしょう、といった具合でレンには品書きを渡さない。確かに片手で数えるくらいの回数足を運べば、全ての品を制覇できる程度にしか選択の余地は無い。もっとも、親と娘の二人で回している小さな店に無理を言うものではない。


二人が用明を伝えるとウェイトレス姿の姉貴は一礼して、厨房へと姿を消した。レンの自宅に押し入ってきた時は違和感を感じたウェイトレス姿。しかし、飲食店という場において姉貴が纏う衣服は正装そのものだ。

彼の家に正装のまま上がり込んできたのは彼の帰還を聞きつけ店の手伝い中に飛び出してきたのだろう。


「なんか、俺が言うのもアレだけど、店っぽくないよな。ここの店……」

「うん。否定しない」


さらっと身内が営む店にケチをつけるレン。それに対して頷くエイル。店内を見渡せばレンが失礼な事を口にするのも理解できる。


席ごとに座面の高さも背もたれの形状も不揃いな椅子。家中から寄せ集めて来ただろうなんとも中途半端な装飾品が生み出すインテリア。挙句の果てに、姉貴が何かで表彰され受け取った感謝状まで丁寧に額縁に収められ飾られている。

姉貴に寄贈された感謝状に何の価値があるのだろうか。こんな具合に如何にも店内は身内で営んでいる雰囲気を醸す。

もはやレンにとっては店というよりは親戚の家といった感覚に近い。通いなれた店内に何か少しでも変わった点は無いかと探し回るのが彼の楽しみのようで、辺りを見渡しはじめる。新しい額は増えてないか、インテリアで変化したところは……

レンの目からは表向きの変化は読み取れなかったが、何かいつもと違う気がしてならない。

――そうか、この違和感はあの人が原因か……


「お待ちどうさん。熱いから気を付けて。私は着替えてくるから、先食べててね。どうぞごゆっくり、エイルちゃん」


すっかりウェイトレスの姿が様になった姉貴は三人分の食事をテーブルへと持ち寄る。

そうだ、この妙な違和感は姉貴の凛としたウェイトレス姿が原因だ。気付いてみれば姉貴も将来について何も考えず好き勝手遊んでいられない歳になっていた。小さいとはいえ父親の店を継ぐために、相応しい衣装を身に纏い実際、様になっている。ただし、どんなに彼女が店員として正装しようが、レンから見れば横暴な姉貴であることに変わりは無いようだ。

やがて店の奥から生活感を剥き出しにした私服へと着替えた姉貴が現れた。姉貴も加わり、テーブルを囲む人数は三人となり食事を進める。


「姉貴、その服……」

「えっ、どうかしたの?」


しかし、先ほどまでの様になっていた彼女はどこに行ったのだろうか。仕事を終え私服に着替えたとはいえ借りにもここは店なのだから、生活臭の浸み込んだ皺だらけのタンクトップ姿をお披露目するのは如何なものか。幸いにも今日は、いや今日も他に客も見当たらないので生活感丸出しの姉貴へ積もる話も気楽に打ち明けていけそうだ。


まず姉貴が興味の的としたい話題といえば、何と言ってもレンの活躍についてだろう。空を目指す学びの道はいくつもあれど、最も格式が高いとされる中央都市の飛空士科。そこへ弟分が入学したというのだから、積もった話を穿り出したいのが姉貴の心情だろう。しかし、そこはレンに直接聞くといった味気ない真似はしない。敢えて同行してきたエイルに口を開かせた。


「――うんうん、それでそれで?」

「レンは凄い。ルーと一緒に大男倒した。あと科の悪い奴も捕まえた」


エイルは眠たげで、少し面倒くさそうに口を動かしながらもレンの活躍を伝えていった。エイルにとってレンがどう映っているか彼自身はあまり意識してこなかったようだが、あまりにも棚に上げるられるものだから小っ恥ずかしくなる。


「そっか、レンも女の子を護ってあげられるような男になったのか。ぷぷぷ――」

「なんだよ急に」


姉貴は視線をレンに合わせると揶揄うような口調へと変貌した。彼に悪寒が走る。これは彼女が下らない話を始める前兆である。


「いやね、昔は私に護られてばかりだったじゃない。覚えてる? 子供の頃、人気の少ない海岸で二人で遊んでてレンが沖に流された時の事」

「……あっ、おまえ――」

「私が助けた後、泣きべそ掻きながら抱き着いてきたの。パンツ流されていた事にも気付かず、それはそれは小さいオチンチンぶら下げながらね」

「あぁーあぁー、聞こえないなぁ。うん、エイルも聞こえなかったよな?」


仮にも自分を良く思ってくれているチームメイトの目の前で、黒歴史を暴露するという暴挙に姉貴は打って出た。店内に他の客が居ないのをいいことに、レンは無駄に声を上げて姉貴の会話を妨害しようとする。

しかし彼の抵抗も虚しく、より一層熱が入る。彼女にとって下品な話もコミュニケーションの一種だと思っているらしい。


「少しは成長したの? 女の子を満足させる程度には大きくなった?」

「あぁ、もう五月蠅いな。俺のことはともかく、姉貴は全く成長してないだろ。胸周りが――」

「んあっ! 最低!」


言葉で反撃に出たレンであったが、テーブル越しに脛蹴りをお見舞いされあっという間にカウンターとなって返ってきた。足の長い彼女の蹴りはしっかりと、彼の脛へと有効打を与えダメージを与えたようだ。なんという横暴っぷり。テーブルに額をつけ、膝を抱えながら悶える彼を尻目に姉貴はエイルに泊まっていくようにと提案する。今夜泊まる当てを考えていなかったエイルは、迷わずその話に乗っかった。


「レンのオチンチンが凶変してエイルちゃんに襲い掛かたら大変だからね」

「姉貴おまえ、俺をどういう目で見てるんだよ…… あと男のソレ(・・・・)からいい加減に頭切り替えろ」


姉貴は二階客人用の空き部屋へとエイルを連れて行き、先に休んでるように促す。姉貴が一階の店舗へと再登場した時には、彼女は二人分の珈琲を手にしていた。どうやら積もる話も長くなりそうだ。

レンは湯気立つ濃厚な珈琲を受け取り、長話に備えた。


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