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39.出迎えてくれる者

学園への入学を機に実家を離れて暫く。本来、誰も住まわなくなった家は瞬く間に荒んでしまうものだ。ところが、不思議と庭が雑草の無法地帯になっていなければ、室内には蜘蛛の巣一つ張られていない。実を言うと地縛霊のようなものが住み着いていて、この家を守ってくれている。という訳ではないのだが、レンには心当たりがあった。

それはさておき、留守にする前と大差ない状態が維持されているのは都合が良い。彼は家中の窓を開け淀んだ空気を追い出すと、エイルをダイニングへと案内した。部屋の真ん中を陣取るテーブルは、一人で住まうにしては持て余してしまうだけの椅子に囲まれていた。その椅子のなかでも一つだけ座面のクッションがすり減っている。この家から親族が姿を消した後も、彼は同じ位置に座り続けていたのかもしれない。


「レンの部屋に行きたい」

「おいおい、男子の部屋には軽々しく入るもんじゃないぞ」


勝手に家中を散策しないようエイルに言い聞かせつつ、彼はウェルカムドリンクの準備をする。彼女の舌に失礼が無いよう、一番高級な茶葉で一杯入れようとするも大した物が見当たらない。来客に失望されないような準備をしておこうなど、彼くらいの歳では気が回るはずも無い。所詮消耗品なのだから茶葉など安く済ませるのが必然といった具合だろうか。せめてもと未開封の茶葉から一杯を絞り出し、エイルに差し出した。

猫舌なのだろうか、彼女は少しずつ音を立てながらカップの中身を啜り上げる。


「むむっ…… これは美味しい、最高級品。間違いない」

「おっ良く分かったな。良い茶葉つかったからな、家にある限りのな……」


最高級かは別として、彼が持ちうる限り一番いい物を使った事には違いない。彼女がこの手の品に疎そうで助かった。

目一杯に傾いた夕陽が室内を少し赤みが掛かった色に照らしあげる。長旅に疲れ切った二人は体を座面と背もたれに体を託し、無言でカップの中身を啜んでいると――

チリンチリン……チリチリチリン――

玄関にぶら下がる呼び鈴が鳴らされた。それも尋常じゃないほど激しく、手早く、しつこく鈴を揺らす来訪者。やがて鈴の音が収まり、レンが『お邪魔して良い』と声をあげる前に扉が開かれた。来訪者、いや侵入者は家の中を熟知しているかのように、ずかずかと上がり込んでいく。


「レーン? レン? いないの? レンの部屋開けちゃうよー」


声から察するに女性だ。それも結構若い。


「またあの人は……」

「誰? あの人?」

「あぁ、ちょっとな。そこで待っててくれ」


レンはため息交じりに言葉を漏らし、席から立ち上がると不届き者の様子を窺いにいった。


『姉貴なにやってるんだよ。――えぇ? 今帰ってきたばかりだけど』


ダイニングに残されたエイルの耳にレンと来訪者の会話が少しばかり流れ込む。やがてレンは侵入者もとい客人を連れ、エイルの元へと戻ってきた。


「レン頑張ってるか? 彼女はできたか?」

「まぁボチボチやってるよ。大変だけどな」

「おやおや、そこの子はもしかして! レンの彼女ね!」

「いや、こいつは」


対面して早々、レンの彼女と認知されたエイル。ところが直ぐさまレンに否定された張本人はいつもの様に眠たげな表情で客人を見上げる。


「紹介する。近所に住んでる俺の姉貴だ」


レンはエイルに客人の女性を紹介する。近所に住んでいるというのは事実だが、姉貴という呼び名には少し語弊がある。親族のいないレンにとって『実』『義』を問わず姉などいるはずも無い。彼が勝手に姉貴と呼んでいるだけだ。初対面のエイルでもその点は直ぐに察したようである。

立派なエルフの耳を凛と構えた容姿を見れば、レンとの血縁関係が無い事はエイルの目からも明らかであったからだ。

そして姉貴と呼ばれる女は、何故かウェイトレス着を身に纏っている。立派なスカートが床に着かないよう抑えながら、しゃがみ込むと目線を合わせエイルに名を尋ねた。


「ルーはルーの事をルーって呼んでるけど。チームの皆はエイル、エイルシファーって呼んでくれる」

「そっかエイルシファーね…… じゃあ、私もエイルちゃんって呼んでいい?」

「んっ。別にいいけど……」


姉貴はレンよりも頭半分ほど身長で抜けており、カティアよりも更に背丈が高い。それでいて、あのカティアよりも胸周りが―― これについては乙女の気に触れ兼ねないので気にしないでおこう。


「うーん、エイルちゃんはちっこくて可愛いわね」

「うぅ―― 苦しい」


姉貴がエイルへと抱き着くと、後頭部を撫で始める。小柄なエイルが大柄な女に抱き着かれるこの光景、過去にも繰り広げられた光景だ。抱き着かれた方は緩衝効果の乏しい胸に顔を抑え付けられながら、横目で救いの眼差しを漏らす。初対面の者にも容赦ないスキンシップを交わす姉貴。一度スイッチが入ってしまったら本人が満足するのを待つしかない。レンは残った紅茶を啜りながら、彼女ら二人の交遊を眺めていた。


「この人鬱陶しい。なんかティアみたい」

「なっ!? 失礼だなー」


エイルはようやく解放されると、咄嗟に後退りして姉貴から距離を取った。ウチのカティアにどこか似ているというのは同感だし、鬱陶しいという点にはレンも概ね同意している。だが今まで散々、姉貴の世話になって来たレンは彼女を無碍に扱う事などできない。


気付けばすっかり陽が沈み部屋は随分と暗くなっていた。レンが明かりを灯そうかというタイミングで、姉貴の口から唐突に提案が成された。


「今夜はウチで食べてきな」

「おっ久しぶりの姉貴メシか。なら、遠慮なく邪魔するか。エイルも行くか?」


彼の誘いにエイルは頷き、二人は姉貴宅を目指した。


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