38.豊かな者が住まう土地
少し遅めの昼食を終えた頃には、空は明るさを落としはじめ夕方へと差し掛かっていた。小奇麗な運河に囲まれ、賑わっていた港街から一変。観光地とは似つかない、古めかしい住居の並ぶ閑静な居住区へと四人は踏み入れていた。何故だかレンの実家まで皆で付いていくという話になったのだ。
「いやぁ流石は有名な観光地。見て回る場所が多くてこの先数日間、飽き無さそうっすね」
「そうだな。港とは反対の山間も観光地としては人気だ。少し足を運んで裏山の方へ行けば見晴らしの良い宿も多い」
「そうらしいっすね。そっち方面も面白そうなんで、行くっすよ。それに比べて、此処は何なんっすか? 観光地の一部とは思えないほどシケてるというか。まぁ何の面白みもない場所っすね」
港と山の間に位置するこの場所は、仮にも名立たる名所と同じ地名を称している。長らくこの地に慣れ親しみ、実家を構えるレンもこの一帯の殺風景さは重々承知だ。
真新しい建物は少なく、整備もなされていない街路地は袋小路が点在する。正直、地元の人間でなければ迷いかねない。
そもそも客商売でもやっていなければ、賑やかな場所に住まいを構える必要もない。カティアはレンの実家を娯楽スポットとでも勘違いして同行しているのだろうか。
「良い場所に住んでいるのね。地味だけど、富裕層向けの場所よ」
「これの何処がいいっすか? 全然楽しくないじゃないっすか」
カティアにしてみればさっぱり理解し難いようだが、イリス曰くここ一帯は金持ち向けの居住区だという。
「港街は確かに整備されていて建物も真新しくて、余所者が楽しむには最高の場所よ」
「あそこは現代的な感じだったっすね。ウチは大好きっすよ、ああいう場所」
カティアにしてみれば遠路遥々やってきたのに、何が楽しくて殺風景な場所に案内されたんだという気分なのかもしれない。華のある港街の方が惹かれるのは当然だといった態度を貫く。
「運河に囲まれているあの低地。水害が起きる度に、街を綺麗に整備し直して、建物も建て替える。そうでしょレン?」
「良く知ってるな。俺が見てきた限りでも、二回三回は水没を起こしてたな」
地元の人間しか知らないような事情を平然と言い当てるイリス。勤勉な彼女の知識は幅が利く。一方でこの手の話題には点で興味の無いカティアは耳を背け、エイルに絡み始めた。
「逆に山の方は別の災害リスクがある。おそらく余所者向けに名高い地名と引きかえに、高値で土地を売りつけているんじゃないかしら。そうそう、海と山に囲まれたこの近辺では古代人が住んでいた事を裏付ける品々が出土したとも聞くわ。それは謂わば――」
「お前やっぱり詳しいな。事前に調べてきたのか?」
「別にいいじゃない、それくらい」
知識豊富なイリスのお喋りが止まらない。彼女曰く遠い昔に、人が住んでいた実績がある区域こそ、この地で住まうに適した場所だという。
「この一帯が小綺麗に整備されていないのは、整備する起因が訪れないからじゃないのかな」
「今までそんなこと意識した事なかったけどな……」
「あなたの両親は裕福な人だったのね。羨ましいけど」
「なんかごめんな」
「なに謝っているのよ。それじゃあ私が貧乏人みたいな言い方じゃない」
裕福とは言われても専属メイドまで連れまわしていたエイルの実家に比べれば足元にも及ばない。とはいえ、金銭面を意識せずに生きてこられたという事は、それなりに裕福だったという事実を裏付けているのだろう。
「破れた靴下縫い合わせて使いつづける程度には、隊長は金欠なんっすよ」
「わぅ? 本当? イリス、靴下再利用?」
貧乏人という言葉に反応してか、突拍子も無い話題を掘り出してきたカティア。人前でそんな話をされたものだから、イリスも大慌てでフォローに入る。
「ちょっと、何言ってるのよカティア。あれは、そういうのじゃないの」
「ほうほう? ウチと二人きりの時、隊長が丁寧に裁縫しているの見たっすよ」
「もう、何なのよあなたは…… 靴に被われて見えない部分なんだからそれくらい良いじゃない」
見えない部分だから気にするな、というのは女子として如何なものかと……
それから暫く単調な居住区を進んでいると、先頭を往くレンが一件の民家前で足を止めた。彼の実家である。低い塀の向こうには決して小さくは無い住居を背に広めの庭が広がる。
「どうだカティア? 気にいったか?」
「なかなか良い物件っすね。ウチが住んでた所の十倍はありそうっす。まぁ、何の面白みも見当たらないっすけどね」
「面白くなくて悪かったな。俺の家は娯楽施設じゃねえんだ」
久しぶりに実家を前にした彼はどこか寂しい面持ちであった。外面は立派でも中身は空っぽ。いや家財道具なら捨てるほどある。それでもこの家には何もないのだ。彼を迎えてくれる者は、この家にはもういない。
「折角だ、家に上がって休んでいくか? 酒以外なら用意できるぞ」
「じゃあ遠慮なく上がる。飲む」
「おうよ。イリス、カティアはどうする?」
時計を取り出すと、都合の悪そうな表情を浮かべたイリス。どうやら列車の時間が近いようだ。生憎ながら砂糖菓子は常備していないが、カティアも休んでいくか尋ねる。しかし、辺りを見回しても彼女の姿はもう見当たらない。声掛けの一つも無く、さっさと遊びにでも出掛けたのだろうか。彼女らしいと言えば彼女らしい。
レンとエイルは駅へと戻るイリスを見送る。そしてレンは久方ぶりに鉄柵を開き我が家の庭を踏みしめた。




