37.卓上での攻防
窮屈な長旅はようやく終わりを迎えようとしていた。早朝に出発した列車は昼過ぎに港町の駅へと入線。安さの誘惑に負けて選んだ客車に長時間揺られた四人は疲労を隠せない。四人が潮風漂うホームへと降り立った。観光地とは言え都を離れればどこも田舎。日差しが照り付けるホームには屋根が無く、駅舎も立派とは言い難い。とは言え、それなりに名の通った観光地とだけあって活気は十分。列車の到着を待ち構えていた商売人が駅舎から出てくる者達へとすり寄る。今夜の宿はもうお決まりで、といった具合で観光客に群生するのだ。駅を離れれば運河が整備され真新しい建物が立ち並ぶ観光名所が待ち構える。
「私これ知ってるわ」
「乗ってみたいのか?」
「別にそういう訳じゃ。興味があるだけよ」
イリスが視線を送っていた小さな木船に乗って、街の切れ目を縫うように運河を往くのも興だろう。ただしいざ乗ってみると、圧迫感も強く割とすぐに飽きてしまうとレンは語る。
さて地元の商売人にとって、この地に疎い来訪者は良い稼ぎになる。大した事のない店でも立地と外面次第では観光客が寄り付いてくれるからだ。価格面でも平気な顔して高値を提示できる。故に観光客から見て手頃な場所に構える飲食店は値段のわりに大して実力があるわけでもなく地元民は足を運ばない。
真に美味しい店を探したければ、地元民の後をつけろ。一番ウマい店に行きたいと言い出したのはカティアで、彼女の願望を胸に、レンが街をひた歩く。
「レン、いい加減歩き疲れたっす。近場でそこそこ美味しい名店とかないんっすか?」
「この街で一番のメシを食いたいんだろ? ならこんな人通りの多い場所に構える店は駄目だ」
疲れた、そこそこの店でもいい―― 言い出しっぺがそれを言ったらお終いだろう。もう少し我慢してくれ。街の外れまで行けば良い店がある。後ろの三人の様子を窺うように彼が振り返ると、窮屈な列車旅が祟ってか、皆疲労が滲み出していた。
「わぅぅぅ…… 疲れた。イリスおぶって?」
「子供じゃないんだから自分で歩きなさいよ」
「めんどくさい……」
これ以上徒歩で進むのは無理そうだ。ここは妥協して、それなりの店にしておこう。
「ついたぞ…… この街一番の隠れた名店だ」
というのは嘘であるが、一番ではないにしろ決して悪くはない店だ。そもそも、人によって店に求める価値は様々。美味しさ、値段、立地、景色……
安易に自分の価値観で一番を決めつけるのは無粋だ。彼女たちが気に入ってくれればそれで良い。
真新しい店内は明るく清潔感に溢れており、女の子にも安心して案内のできるお店だ。窓から湾の景色が一望できるのもまた目を楽しませてくれて良い。エイル、カティア、イリスから順にメニューを回し、記された料理名に皆期待を膨らませる。
「みんな注文決まったっすか?」
「ちょっと待って」
チリンチリン……
イリスに待ったを掛けられつつも、自分の品が決まった段階でさっさと呼び鈴を振り鳴らすカティア。相変わらずのカティア節。いつだって自分の都合でアクションを起こす。出会った頃こそ自分本位なカティアの振る舞いを快く思っていなかったイリス。しかし最近ではわざわざ口にしてまで突っかかるような真似は控えるようになっていた。度を過ぎない限り彼女の自由にさせてあげよう、隊長としても彼女が気分よくやっていけるように手を貸したい。先の件もあり、言葉では伝えていないもののカティアに対しては感謝の念を抱いるのだろう。
呼び鈴を聞きつけた、ウェイトレスがやってくると真っ先にカティアがオーダーを伝える。漁港も兼ね備えるこの地とあらば、海の幸を味わいたいものである。港街らしく新鮮な貝をふんだんに混ぜ込んだパスタをご所望したカティア。彼女のオーダーを聞きレンも頷く。地元の彼から見ても、彼女はなかなか目の付け所が良い。この店のメニューの中では一番のオススメだ。
そのままの流れで彼も同じ品を頼むと、さらにその流れを継ぎエイルも同じ品を店員に伝えた。一方でメニュー表を右往左往しながら注文を決めかねているイリス。地元民としては自分と同じものを味わって欲しいと思いつつ、尋ねる。
「イリスはどうする?」
「えっと私は……」
「イチオシだぞ、俺たちが頼んだ新鮮な貝のパスタ」
「……そうね。じゃあ、私も同じものを貰おうかしら。うん……」
何か気の迷いでもあったのだろうか。一瞬戸惑い、言葉が滞りながらも先の三人とオーダーを出す。周りと合わせることに関しては右に出る者が居ないほど、協調性の塊の様な彼女である。
テーブルを彩る品々が用意されるまで、四人はイリスの地元についての話題で盛り上がっていた。
「この街からはいつ頃の列車で出発するっすか?」
「夕暮れ前には最終列車が出るから、それに乗るわ。到着は夜遅くになるかな」
「これまた随分と辺鄙な地にお住まいっすね。ウチも他人の事言えた立場じゃないっすけど」
「辺鄙というのは否定しないわ。古臭いというか、閉鎖的な場所……」
彼女の地元はかなり内陸の土地で、この街から延びる支線の果てに位置するという。地元の駅には短編成の列車が一日に片手で数え切れる程しか発着しておらず、現地まで結構な時間を要するのだとか。
内陸出身の彼女にしてみれば、この港街は全てが新鮮な光景として映る。支線からの乗り換えでプラットフォームに降り立つ程度で、街へ踏み入れたことなどないという。街中巡ってみたいのは山々のようだが、列車の時間もあるのでまたの機会となりそうである。その点は彼女も残念がっていた。
やがて、テーブル上には同じ品が四つ並ぶ。各自思い思いにフォークで狙いを定め、巻取り、口に運び、咀嚼し、味わう。
「どうだ? 口に合うか?」
「いやぁ、いいっすねこれ。さすがこの街一番と名高い店っすね」
「美味。ティアと同じく、美味しい。この貝、食べやすい」
地元で水揚げされたという二枚貝は念入りに砂抜きがなされ、身だけをパスタに紛れ込ませる。混ぜ込まれた貝は食べやすく、次々とフォークの先で捕らえられていく。カティアとエイルは気に入ってくれたようだ。
一方で、イリスの握るフォークは一向に貝の身を刺さないどころか、皿の端に貝が避けられていた。
「おっ、隊長は好きなものは最後まで取っておく派なんすか?」
「えっ!? あっそう、そうなの。そうかな――」
暫く興味深そうにイリスの様子を窺っていたカティア。やがて、悪だくみを思いついたかのような薄ら笑いを見せた。彼女はシメたとばかりに、自分の貝をイリスの皿へと送り込む。
「これはいつもお世話になっている御礼っす。ほんの気持ちっすけど、受け取ってほしいっす」
「えっちょっと。いや、いいから。うん、いらないから」
一つ、また一つとパスタのウリである貝の身が皿を渡る。その光景を見下ろしながら、イリスは顔を引きつらせる。
「どうぞどうぞ」
「いや、だから…… もぅ、やめて。私無理なのコレ」
とうとう涙目になったイリスは、皿に盛られた貝を指差すと、全てを打ち明けた。
「私ね、内陸の出身でしょ。こういうの食べた事ないのよ」
「ルーのもあげる」
「いや、いらないから」
「でも、みんな同じ品を頼んでて―― それに、レンにも勧められたら断れないでしょ」
「ルーのもあげる」
「いや、いらないから」
彼女がカミングアウトする度に、エイルから新たな刺客が送り込まれようとする。その度にお引き取りを願うイリス。
「食わず嫌いが良くないのも分かるし、確かに美味しいのかも知れない。でも、見た目がちょっと……」
「ルーのもあげる」
「いや、だからいらないから」
相変わらず自分の貝をイリスの皿へ移住させようとするエイル。瀬戸際での防衛が続く。イリスは全てを説明し終えたところで、横隣りのカティアに鋭い視線を差し向けた。
「カティア、あんた分かってやっていたでしょ?」
「えっ? 何の事かわからないっす」
すっとぼけた事を抜かしつつ、口元が緩んでいるカティア。隊長として彼女の行動を大目に見ようと考えていたが撤回。最近ご無沙汰気味だった口喧嘩突入の様相を呈してきた。
ジョリジョリ……ジョリリリ……
おや、どこかで聞き覚えのある音がレンの耳に入る。
視線を移すと、エイルがカティアの皿にスパイスを挽いていた。彼女なりのサービスなのだろうか。いやいや、彼女が握るミルの中身は危険物に他ならない。つい先日レンは自らの口を犠牲に身をもって体験した。そして今朝、何処からとは言わないが体外へお引き取り願う際にも、焼けるような痛みを残していったそうだ。
「ちょっと、何やってるんすかルーちゃん。これは洒落にならないっすよ。こんな悪魔的香辛料、人が口に入れていい物じゃないっす」
「イリス虐めちゃだめ」
「いやいや虐めてなんか。ってかルーちゃんもちゃっかり、イリスの皿に貝を送り込もうとしていたっすよね?」
「わう?」
イリスに酷い事しないで、エイルなりの報復なのだろうか。ところが、彼女自身も加勢していたと指摘されると、いつもの様に眠たげな顔で突然すっとぼけた声を発す。
カティアの相手はイリスから一転、エイルへと変わりしょうもない言い合いが勃発する。
食べ物で遊ぶなだとか、食べられない様な代物に変貌させる方が質が悪いだのなんだの……
レンが二人の言い争いに気を取られている間に彼の皿に不思議な事が起こっていた。完食し物寂しくなっていた皿に貝が一つ、また一つと湧いて出てきた。どこから貝の身はやってきたのだろうか。出所は直ぐに明らかとなる。
「おーい。隊長さん? 混乱に乗じてなにやってるんっすか?」
レンがカティアを真似た口調でイリスを咎める。レンが目を離していた折にイリスは残した貝を、ちゃっかり彼の皿へと移住させていたのだ。気付いた時には、皿上の貝が全てレンの方へと移動し終わっていた。彼女は気まずそうな顔で彼から視線を少し外して弁解を述べる。
「ほら、私これ無理だし。かといって食べないわけにもいかないでしょ……?」
「なんだその理論。いや、食べ物を粗末にすべきで無いって点は同感するけどさ……」
レンは彼女なりに筋の通った言い訳を聞き入れる。それに混じって悪寒を覚える音が再び耳に入り込む。
ジョリリリリリ……ギギギギィ
「……」
「おいしいよ?」
「おっおう……」
次なる悪魔的香辛料の犠牲者となったのはレンの皿に集まった貝達であった。女の子三人の目線がレンの皿に集まる。つまり、あれだ。男らしく後始末をつけろという事だろう。わかった、こうなってしまった以上は全部食べてやろう。だが、その前に一言だけ言わせてくれと、レンは口を開く。
「見ろよこの哀れな貝を。散々たらいまわしにされた挙句、悪魔みたいな香辛料に犯された貝の気持ちを考えろよ。借りにもこの料理の主役なんだぜ」
言いたいことを出し切ったレンがこの後、美味しくいただいたそうだ。




