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36.女の子の一大事

おかしい。明らかにおかしい。

目の前にいる彼女。普段は凛としていて、隊長も熟すイリスが落ち着きを失っているように見受けられる。視線が定まらず、顔色も芳しくない。車窓から差し込んだ光は額で弾かれ、冷や汗を掻いているようだ。


「イリス大丈夫か? 気分悪そうだけど」

「そ、そう? 別に大して変わらないと思うけど。気にしないで」

「まぁそう言うんだったら良いんだけど……」


しかし彼女の状況は見るからに悪化の一途を辿っている。とうとう、片手を額に当て俯き始めた。そうか、そういうことか……


「気分悪いのか? 列車の揺れで酔ったか?」

「だ、大丈夫よ。何でも無いの。気にしないで。ねぇレン、次の駅までどれくらい?」


必死に強がって見せるイリス。

何故か最後の言葉だけ、切羽詰まった口調であった。彼女には悪いが只今列車は絶賛、山間部のど真ん中を走行中である。この先トンネルを何本も抜け、山を下り切るとようやく列車離合を兼ねて駅に止まる。つまり、暫くは走り続ける。その旨を聞いたイリスの目からは光が消え、魂を失ったかのように固まった。

暫くすると、彼女は脚を固く閉じ爪を立てて膝を握る。ようやく悟った、これは酔っているわけでは無い。彼女は今、極めて重大な事態に直面していると。


「なぁイリス――」

「やめて。それ以上は言わないで……」


声を掛けて早々に、レンは発言権を奪われる。女の身体というのは男のソレに比べると、聊か我慢の効かない作りをしていると聞く。

保線の優れないレールから縦方向の揺れが伝わる度に、彼女は何かの決壊へと近づいて行く。

これは一刻を争う事態だ。


ふと視線を通路に向ければ、車両最後尾のデッキで喫煙を終えた乗客が車内に戻ってくる姿が目に映る。デッキというよりは、転落防止用の手すりが設置されただけの足場と言った方が正確だろうか。煙を楽しむ時は、最後尾のデッキに行けというのが乗客間で暗黙の了解として存在する。

無人になったデッキを目に、レンは提案を持ちかける。


「イリス、最後尾のデッキでさ――」

「嫌よ!」

「誰も来ない様に俺が見張る。それにトンネルの中なら外からも見られないだろう」

「そういう問題じゃない。私のプライドが許さないんだから」


意地でも次の駅まで持ちこたえようとするイリス。そかし彼女に対し、傷んだ線路は追い討ちをかけように、容赦なく硬い座席を突き上げる。迫りくる限界を前に彼女は苦渋の決断を下す。イリスは静かに立ち上がると、涙を見せながらレンを見下ろしデッキまでの同伴を願う。


「大丈夫、誰も来ない様にここは固めておく」


トンネル内で轟音に包まれるデッキ。彼女は下着から片足を抜き、振り落とされない様に手すりに掴まる。しゃがみ込んだ後、隧道内へと何かを放出していったのだとか。彼女の乙女心を尊重して何を出したかについては触れないでおこう。


列車が山を下り切り、途中駅へと着くころにはカティアとエイルも目を覚ましていた。単線での列車離合の為、駅での停車時間は些か長い。


「ウチ、ちょっと女の子の事情で降りてくるっす」

「んっ。ルーも一緒に行く」

「隊長は行かなくて大丈夫っすか?」


カティア達のお誘いにイリスは首を横に振る。

下車組二人が去った後、二人っきりになった座席。レンは目の前のイリスと目があった途端、不機嫌そうな顔で脚を蹴られた。


「あなたは何も見ていない。聞いていない。何も知らない。いいわね?」

「わかった、記憶から消しておく。うん……」


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