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32.ショートバカンス

飛空士科の一年生が初めての試験を終えてから暫く。この時期になると彼らにはちょっとした休暇が与えられる。学内ではショートバカンスなどと呼ばれているらしい。そんな心躍る休暇を前に、退院を果たしたレンが暫く振りに学園へ顔を出していた。


『レン聞いたぜ。おまえやるじゃん』

『あのいけ好かないアッシュとかって奴を潰したんだろ?』


学園に戻って早々、飛空士科の男子生徒に囲まれるレン。彼は少しばかり良い意味での知名度を上げていたようだ。科内でも悪評の絶えなかったアッシュ。そんな厄介な奴を試験で蹴り堕としたとあらば、持ち上げられて当然だろう。


「まぁ彼、アッシュは色々な意味で潰れちまったけどな。ははは――」

『アッシュの件はお手柄だったけど、レンお前あいかわらず成績は最低だからな』

『そうそう。E判定が覆るわけでも無ければ、空での実力しか重視されないのが飛空士科だしな』


分かっている。彼だって痛い程分かっているが、あまり言わないで欲しい。元々、成績最下位だったことに加え、入院中の遅れがさらに今後圧し掛かる。彼にはさらなる努力が求められそうだ。


「悪いこの後、昼飯の予定があるから、そろそろ失礼する。これからも応援よろしくな」

『別に誰も応援してないぞ、レン!』

「お前ら地味に酷いな……」


――昼下がりの街。学園近くの飲食店に集まる男女四人の姿があった。


「というわけで…… レンも復帰したわけだし、改めて隊長として礼を言わせてもらうわ。至らない点も多くて迷惑かけたけど、ありがとう」

「堅苦しいっすね相変わらず。そこは素直に『今日は私の奢りよ』でいいじゃないっすか」


四人分の飲食代は出せないまでも、共に空を飛び試験を勝ち抜いたチームメイトにイリスは感謝の意を伝える。洒落た言葉で飾ることはできなくとも、粋な彼女らしく率直な言葉で心持を伝えた。

試験直後の一件から暫く経ち悪意によって怪我を負わされたレンも、学園に戻ってきた。負った傷は完全に癒えるまで暫くは掛かりそうだが、出遅れ組の彼はそう長くも休んでいられない。傷の具合はどうかと聞かれれば、問題ないと彼は強がって見せる。

彼にしてみれば自分が負った物理的な痛みよりも気掛かりな点があった。イリスが受けた一連の行為によるメンタル的な部分、そちらのほうがよっぽど心配であったようだ。幸いにも、当の本人である彼女はいつもとなんら変わらない様子ではある。

ともあれこの場で四人の変わらぬ姿が見れたので良しとしよう。


「ところで明日からショートバカンスが始まるっすけど、隊長は何か予定とかあるっすか? まさか寮で自習なんて事ないっすよね?」


カティアの一言から話題は目前に控えたショートバカンスに移っていった。誰だってこの時期になれば頭の中はバカンスの事ばかりである。


「学生なんだから休み中とは言え、勉学の事は忘れないわよ。とはいえ、少し長めの休みだから、地元に戻るつもり。その……母に顔をみせたいから」


地元に戻る予定があるイリス。彼女の口から発せられた言葉のうち最後は、目線をずらし小声であった。何か悟られたくないこと、例えばこの歳にもなって母親離れが出来ていないと捉えられることでも警戒したのだろうか。話を聞いてみれば、彼女の出身地はレンの地元から列車一本で行けるような彼に取っても聞き覚えのある地名であった。イリスの地元話を聞いているうちに、注文した品々が目の前のテーブルを飾っていく。四人は腹を満たす為に手と口を動かしつつ、口の中が空いたタイミングで話したいことを細切れに喋る。


「カティア、あなたはどうするつもり?」

「そうっすね、ウチは適当に何処か観光にでも行くっすかね。適当にほっつき歩いて遊んでくるっすよ」


当てもなく、その場の気分次第で何かを楽しもうとする姿勢。実に彼女らしい回答で、誰も食いつこうとはしない。早々に同じ話題がエイルに振られた。


「ルーちゃんはどうするっすか?」

「んー…… レンは?」

「あれ、無回答のまま俺にパスするのか…… イリスと同じく、地元に戻ろうと思う。実家の片付けとかもしたいし、入学前は慌ただしくて色々とやり残してきた事もあるからな」


レンは食事の手を止め、皿から目を離したまま話題を続ける。


「レンも親に報告するの?」

「あぁ……お前らと空に行けた事とかさ、色々話したい話題はある。それはもう幾らでもあるんだけどさ。その報告相手が俺の場合もういないんだよ……」

「ごめんなさい。私無神経な事聞いてしまって。本当にごめんなさい……」


イリスはレンの言葉を聞くや否や直ぐに頭を下げて謝った。自分と同じく誰しもが、誇れる親が健在しているものだと思い込んでいた。自分が憎い、世間知らずも良いところじゃないか。自分本位な発言をしてしまった彼女は何度も謝り続けた。

せっかく食事を楽しむ場なのに謝り続けるイリスに対し、カティアが面倒とばかりに口を開いた。


「違うっすよ隊長。レン相手にそんな謝る必要無いっすよ。彼は体は小さくとも、心までは小さくないっすからね」

「イリスの発言は気にしてないけど、お前の発言は気に触ってるぞカティア。あと、俺は言うほど小柄じゃない。普通だ普通」


イリスには柔らかな顔で、カティアには棘のある表情で言葉を返すレン。別にコンプレックスがあるわけでも無く、彼の体格は至って普通である。カティアと二人並んだところで背丈に差は無い。彼女が歳の割に女性としてオーバースペックなスタイルを持ち合わせているに過ぎない。


「あなたが大きいだけでしょう。それにしても本当あなたスタイル良いわよね。背も高い、脚も長い、それでいてその胸」

「まぁ否定はしないっすけど。女の子でこの体型だと色々不便もあるっすよ? 身に着ける物も限られてくるし。上の下着とかどれだけ欲しいデザインを諦めて来たか。隊長も少し別けて欲しいっすか?」

「いらないわよ…… 私は十分間に合ってるし」


レンも男としてカティアのご立派な部分は気になってはいたが、そんな事を本人の前で口に出せるはずも無い。しかし、それを堂々と何処がデカイと指摘できるのは女子同士の特権なのだろうか。それはそうと男が居る場でそういう話をするのは控えて欲しい。勝手に頭が良からぬ想像しかねない。


その後も昼食の一時が続く。コマ割された授業の間に設けられた空き時間。昼過ぎは特に長めにこの時間が確保されている。


この国に限らず万国共通かもしれないが食事という場を大切にし、時間を掛けて楽しむ事を厭わない文化が根付いている。おかげで授業の合間であっても、ゆっくりと言葉を交わし食を共にする時間が与えられる。

急いで食事を進める必要など無い、ゆっくりで良い。咀嚼するよりも多く、お喋りの為に口を動かす彼ら。

レンの学園復帰祝いを兼ねたランチのひと時が続く。


ジョリジョリ……ジョリリリ……


「――なんの音だ?」


突如として聞こえてきた、謎の音。音の出所へ目を向けてみれば、エイルが何やら妙な事をしているではないか。


「味の調整…… これやると美味しくなるから」

「おっ、そうか」


何かと思えば、どこからか彼女が持参したミルでスパイスを挽いていたのだ。何故そんなものを持ち歩いているんだと、聞いてみれば実家の家業に関連しているのだとか。彼女自身で中身をブレンドしたと言う。


「レンも試してみる?」

「せっかくだから頼もうかな」


彼女の厚意を断るのも気が引けたのかレンは、自分の皿を差し出した。

しかしこれが大間違いであったと、気づかされた時には後の祭りであった


「辛っ! なんだこれ、口の中が痛い……」

「美味しい?」

「美味しくないわ!」


強烈な辛さと痺れが彼を襲う。香りこそ至極素晴らしいのだが、口にして良い物ではなかった。


「イリスも試す?」

「遠慮しておくわ、エイルシファー」


「ティアは?」

「じゃあお願い、しないっすよ。ウチも遠慮っす」


結局、一人の犠牲を払っただけで騒動は収まった。悪魔の香辛料に犯されたとはいえ、廃棄するわけにもいかない。そんなこんなで、責任を持って完食したレン。後日、彼のお腹が調子を崩したのは言うまでもない。

覚えておこう、エイルはとんでもない危険物を持ち歩いていると……


「すまない、もう大丈夫だ。話の途中だったな、何の話をしてたっけ?」

「明日から始まるショートバカンスの話題でしょ」


危ない危ない。凶悪な刺激物に記憶まで奪われるところだった。明日からの休暇、どう過ごすかという話のバトンを自分が握っていた事を思い出す。


「――そうだったな。俺は地元に帰るぞ」

「んっ…… ルーも着いてく。レンの家に」

「なんでそうなる」

「ダメ?」

「ダメとは言わないけどさ」

「だって、すること無いし。実家には帰りたくないし……」

「わかった。そういう事なら、地元に一緒に行くか? 俺の地元なら宿もたくさん構えてるから、そこに泊まればいいし――」


実家に戻りたくないのは何故か。そんな野暮なことは聞くまい。口にはしたくない家の事情があるのだろう。ここ何も言わず彼女の希望を受け入れてあげよう。

レンの提案を受けエイルが心なしか嬉しそうに頷いていると、カティアも何かを企んでいるかのような目つきで頷きだし、口を開く。


「決めた。このショートバカンス、ウチもレンに着いて行くっす」

「ちょっとあなたまで、どうしてそうなるのよ?」

「いやぁ、レンの地元ってそれなりに名の知れた観光地じゃないっすか。言いましたよね、ウチはどこか観光にでも行こうかって」

「即決するところがあなたらしいわね」

「楽しそうな事には直ぐ飛びつく、ウチのポリシーっす。隊長だけ省かれるのは寂しいんじゃないっすか? 一緒に行くっすか?」

「私は元からレンの地元に行くつもりだったわよ。そう、最初からね」


その言いぶりだと、他の女子二人に遅れまいと意地を張ったようにしか聞こえない。彼女の意地はさておき、いずれにしてもイリスは生まれ故郷に帰省するの際、レンの地元で列車の乗り換えが必要であった。

そんなこんなで急遽、明日の早朝から四人揃ってレンの地元へ旅立つこととなった。


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