30.落第者
飛空士科一学年の試験が終わり、無事に全チームが帰還を果たした。試験を終えた者から順に、試験結果が発表される大講義室へと集まっていた。
イリス隊長率いる四人は遅れに遅れ、ようやく結果発表の会場へと姿を見せた。
試験での到着順もさることながら、脚が逝ってしまった機体を練習場から退去させるのにも時間を取られた。最後の四人が大講義室へやって来る頃には、先客達によって殆どの座席が占領されていた。遅くなりましたとばかり頭を下げながら席の切れ間を縫い部屋の最後部へと移動する。教壇から最後部へかけて傾斜のついた大講義室。小高くなっている後ろから見渡す限り、講師たちの姿は無くまだ結果は発表されていないようだ。
先客達は各々席を確保して、脚を休めながら何を案ずるでもなく歓談を繰り広げている。細かな順位はともかく、最下位で足切りの対象になる心配など先客達はしているはずもない。
誰の目から見ても科を去るのは最後に入室した、レン、イリス、カティア、エイルシファーの四人なのだから……
「あっ、そこ。席が一つ空いてるぞ。エイル休むか?」
「ありがとう…… 寝てていい?」
「はいはい、どうぞ」
大講義室の最後列に一つ空席があった。エイルは遠慮なく席に掛けると、すぐさま卓上に覆いかぶさり頭を伏せた。言葉通り本当に寝るつもりらしい。結果発表を前にしても全くブレずにいつも通りを突き通す彼女。ここまでくると逆に頼もしさすら感じてしまう。レンの顔から薄ら笑いが漏れる。
土壇場での初飛行だったことに加え、あれ程長時間連続して魔力を注ぎ込むのも初めてだったイリスとカティア。彼女ら二人の疲労は相当なものであったようで、壁に背を着け体重を預けた。誰と顔を見合わせるわけでも無く、後頭部を壁に託したままカティアがボソッと喋り出す。
「やり切ったっすね。ウチらが出せるパフォーマンスは全て出し切った。そうっすよね隊長?」
「練習なしの本番一発で皆よくやったわ。レンもエイルシファーも……」
「あれぇ? ウチはその中に入って無いんっすか?」
「入ってるわよ。カティアも。悔しいけど、私よりも上手くやれてた」
「おっ、隊長のお墨付きっすか。照れるっすね」
互いに、壁に背を押し付けながら顔を合わせることなく言葉を交わす。二人が目線を斜め下に向けると爆睡するエイルと、彼女を世話するレンの姿が映る。余程疲れていたのか眠りが深いようで、机に涎を垂らし始めたエイル。彼が懐からハンカチを取り出すと透かさず、彼女の口に当てる。
そんな姿を視界の隅に収めつつ、イリスとカティアは言葉を交わし続ける。
「隊長、飛空士科を去った後はどうするつもりっすか?」
「そうね、軍務科に転入しようかとは考えていたけど…… あそこなら金銭的にプラスになることはあっても、マイナスになる事はないでしょ」
「そんな事できるのか?」
壁にもたれ掛かる二人の話題は最悪の、しかし最も可能性の高い結果を踏まえた想定へと移っていた。
エイルを寝かしつけ終わったレンが女子二人の横で壁に寄りかかり、会話に割り込む。
実を言うと足切り、すなわち退学と皆恐れられているものは飛空士科から除籍を意味している。仮に他の科への編入試験を突破すれば学園に居続けることもできる。学園には飛空士科の他に一般科と軍務科が存在する。
学費が高い一般科とは違い在学中に収入も得られる軍務科に転入するというイリスの選択は悪くない。しかしそれは夢を諦め、堕ちてきたという烙印を心の中に焼き付けて今後生きていくことを意味するのかもしれない。
次はあなたの番だと言わんばかりに、イリスはカティアに同じ問いを投げかけた。
「そうっすね…… ウチは学びから綺麗さっぱり足を洗って、楽しいことだけを追い求めるっす。周りの空気読むとかやってられない性分なんでウチ。他の科に転入しても、うまくいかないかなって。その点、このチームは居心地良かったっすよ」
「空気読まないって、まぁ否定はしないけど…… あなたらしいわね」
レンはいつの日かカティアと二人で交わした言葉を思い出していた。その時に彼女は飛空士科に入った理由は『楽しい事を求めて』だと言っていた。
ついでにあなたも、といった具合でレンにも答える順番が回って来た。
イリス同様編入するのも一つの手。はたまた地元に戻ってひっそりと生きていくのも悪くない選択肢だろう。しかし、それでも空へ、あの浮遊島と同じ高みに行く事を彼は諦める事ができなかった。幼少期に約束した、あの人が待つ空へ。
「結局レンはどうするの、この先?」
「あぁその話か」
「その話よ。何か深く考え込んでいたみたいだけど」
「取り敢えず、借金返済だな。右側の魔力炉、あれ高かったんだぞ。整備場に顔出してそれなりに働いて返さないとな」
右側の魔力炉。すなわちイリスが担当している、いや担当していた魔力炉のことである。
「なんかごめんなさい…… 私が壊したせいで」
「気にするなって。もう終わったことだ。本当に高かったけど……」
「んっ? ルーが少し払う?」
眠りから覚めたエイルが冗談には聞こえない提案をレンへ持ちかける。ただし、彼女の手から差し出されたのは大金ではなく、涎の痕が着いたハンカチだ。その必要は無いと丁重にお断りし、彼は少し湿ったハンカチを懐にしまった。
エイルも目を覚まし、結果を浮け入れる準備はできた。結果は分かっている。早いところ講師の口から残酷な告知を聞いて楽になりたい。投げやりな心持になっていた時、大講義室の最前列からジークが歩み寄って来た。覇気のないレンの隣に陣取ると言葉を掛ける。
「この状況でこんな事言っていいのか分からないけどさ。お前ら凄いな」
「何が凄いんだよ。機体を半壊させたうえ、ダントツの最下位だ」
「いやそうじゃなくてさ、初めて飛び立った日にここまでやって戻って来れたんだからさ。自信持てよ」
「そうか。ジーク、お前が凄いっていうんだったら本当に凄いんだろうな。でも、自信を持てたところで、もう空へ上がることはできない」
「レン、馬鹿だなお前。誰が足切りになるかなんて、まだ発表されてないだろ」
どうにもジーク相手だと、レンは弱音が漏れてしまいネガティブな言葉が絶えない。
二人が言葉を交わしていると、ついに講師が大講義室へと現れ教壇へと立った。あちらこちらで歓談が繰り広げられていた空間は一瞬にして静まり返り、全ての者が教壇へと視線を向けた。
最高成績を挙げたであろうジークは両腕を組むと、レン達と同じく壁に背を預け結果発表の時を待つ。
「全員揃っているな? では、一学年第一回飛行試験の結果を発表する。なお知っての通り今年から成績最下位のチームは強制除籍となる制度が取り入れられている。その為、今回の試験で最下位となったチームメンバーは科から速やかに去ることとなる」
科の男性講師が、結果が記されているであろう書類を卓上に置き、ページをめくり始めた。
四人を除いた生徒達は除籍という最悪の結果とは無縁である。彼らは緊張した顔を見せる事も無く結果発表を待つ。とある生徒にいたっては、目障りな奴らの落第を心待ちにしてか顔がにやけだす。
ページをめくる講師の手が止まった。最後のページまでめくられた書類には、最下位のチームが記入されているようだ。
「順位の発表前に、知りたいことから知らせます」
宣告を待つ四人。
イリスは手を額に当て俯く。
レンは自分の足元を見つめる。
カティアはエイルを後ろから抱き込む。
「最下位、除籍となるチームはエントリー番号13番。チーム代表者アッシュ」
「えっ?」
レンが声をあげた。と同時にアッシュも声をあげた。聞き間違いではないのか。
「私たちはエントリー番号12だったはずよ……」
状況を理解できないイリスは、自らのチームが与えられたエントリー番号をレンに伝える。思いもよらぬ発表に少し不安気な顔をして。
彼らにはお構いなしとばかりに講師が言葉を続ける。
「安全装置が機能不全の状態にありながら、離陸を行い安全規定に抵触。試験の規定に基づきタイム抹消、失格処分とする」
「嘘だ! ふざけるな! そんなわけがあるか!」
「試験規定に目を通していれば分かることだ。重大な安全規定違反はタイム末梢となる、そのように明記してある」
失格裁定が下るまでの経緯が説明されるとアッシュは両手で机を突き上げ声を張りあげた。
「にゃはははは」
そして今度は、間髪入れずにカティアが笑い声をあげる。笑ってはいけない場面だと分かっていながらも、彼女は堪えきれずに尚も笑う。
気が気でないアッシュは後ろを振り返り、笑い続けるカティアを睨みつける。気が気でない、形振りかまっていられない。
「安全装置の不備は僕たちのミスではありません。あいつらです! 嘲笑っているアイツらが苦肉の策で僕たちの機体に細工したんです」
「迷惑な言いが掛かりね。証拠でもあるの?」
「うるせぇ、混血種が! 黙ってろ! 考えるまでもなく明らかだろ、実力で勝てないから小細工を仕込んだんだ。あいつらは俺たちを墜とそうと企んでたんだ。正気じゃない。失格にすべきなのはあいつ等だろ?」
彼の口から飛び出したのは苦し紛れの言い訳、いや虚言は言い訳に含まれないだろうか。イリスは眉間に皺をよせ心底迷惑そうな表情で彼を見る。大講義室は後ろへ行くほどに小高くなっており、イリスは彼よりも幾分か高い位置に立っている。すると見下ろされる恰好となるのはアッシュである。彼はさらに感情を高ぶらせ、壇上の講師へ訴える。
講師も呆れて首を横に振るだけで、取り入ろうとはしない。
「お前らだって、そう思うよな? あいつらは今朝まで飛べなかった連中だぞ? この場にいる全員、飛空士科を去るのはあの醜い混血種の率いるチームだと思ってただろ?」
なりふり構っていられないアッシュの必死の訴え。
何とかして周りの同感を得たい彼は右へ左へと体を捻り周囲の様子を窺うが、誰もが彼から目を逸らす。誰も彼とは関わりたくない。無茶苦茶な言い掛かりに加え、公の場で堂々と種族を否定するような言い草だ。関わったところで自分までもが変な目に晒される。肩を持とうとする者は誰一人として現れなかった。
「理由がどうであれ、結果は結果っす。誰が負け犬かはっきりしたっすね」
「んっ……ティア嬉しそう」
「別に嬉しいとは一言も言ってないっすよ。ルーちゃん、そんな事を言ったら彼に失礼じゃないっすか」
カティアは自分よりも二回りは小柄なエイルの肩に手を乗せながら、アッシュの愚行を高みから見物していた。
講師に訴えても、周りに理解を求めても相手にされないアッシュ。彼は鬼の形相で部屋の一番後ろへ歩み寄り直接交戦の構えを見せる。
「うわぁ、面倒なのがお出ましっすよ」
「俺が出る」
「おっ、これはこれは。我らが首席、ジーク様じゃないっすか」
ジークはカティア達の前に割って入り、アッシュと対峙する格好となった。先程の威勢は何処に行ったのか、名実ともに学年トップであるジークを前にアッシュはなかなか口を開かない。
「ここは実力が全て。お前言ってたよな? 実力の無いゴミカスが居ていい場所じゃないって。試験で実力は証明された。ゴミカスはお前だ、さっさと学園を去れ」
アッシュと体格差があるわけでも無いのに、誰の目からも幾倍も大きく映るジーク。鼻から溜息を漏らした後、大きく舌打ちをしてアッシュと彼の率いるチームメイトは背を向け歩き出す。部屋から出たところでイリスを睨みつけ、扉を乱暴に閉めアッシュは大講義室を去った。
長らく続いた修羅場に静まり返った大講義室。教壇に立つ講師が咳払いをした後、試験結果の発表が再開された。
遥か前方の教壇上で講師が結果を読み上げる傍ら、ジークは改めてレン達を労う。
「やるじゃん」
「いや、お前だって見てただろ。運が良かっただけだ。実力では負けていた……」
「お前たちはその運をものにした。努力と才能が実力の範疇なら、運は言うまでも無く実力のうちだ。才能は努力を凌駕し、運は才能をも凌駕する――」
「素直に喜んでいいって事か?」
「おめでとう」




