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29.一難去ってまた一難

中央都市の一画に佇む我らが母校、広大な学園の敷地において六割の面積を占領する飛空士科の練習場が霞んだ先に見え始めた。初飛行を成功させ、ようやく出発の地に戻ってきた四人。そんな彼らを最後に待ち受ける難題がひとつあった。

唐突であるが、イリス隊長がこんな疑念を口から発す。


「レン? あなた着陸訓練した経験、無いわよね?」

「……無いな。ついさっきまで、飛び立つことすらできて無かったんだ」

「大丈夫なの? 着陸ばかりは、操縦士任せなのよ?」


もちろん彼だって、卓上では地に戻ってくる方法を学んでいる。しかし、知識はあるが経験があるかと言われれば……いや、無い事はない。以前、名前すら知らぬ老人に空へ連れて行ってもらった時に体験している。だがあれは、イレギュラー中のイレギュラーな体験であり何の参考にもならない。何か彼女の不安を取り除くような根拠はないものか。

言葉を閉ざし続ける彼に、真顔になったカティアも口を出す。


「これ失敗したら事故っすよ」

「ちょっとカティアあんた、なんてこと言うのよ。 大丈夫よねレン?」


自分の命はもちろんの事、他人の明日を乗せて飛んでいるんだ。大丈夫じゃないなんて言えるわけが無い。でも確たる自信がないからこそ、彼はあんな言葉で返すことしかできない。


「あぁ多分な。なんとかする」

「多分じゃ困るわよ! もうレンの腕を信じるしかないんだから」


ごもっともな反応に、返す言葉が見つからないレン。『多分』が一般的に何割の確率を意味するのかも知らずに口に出したはいい。しかし、多分から漏れる展開へとなった場合、無事で済まされる話ではない。なら、絶対に大丈夫と思ってもいない事を断言すればいいのか。彼のジレンマが膨らんでいく最中にも、目に映る練習場が大きさを増す。


「大丈夫、レンなら失敗しない。ルーはレンを信じてる。ルーが命を預けられるのはレンとイリスとティアの後ろだけ」


エイルらしくもない凛とした言葉に、レンは気を引き締める。自分に全てを託してくれている彼女たちがいるんだ。やるしかない。


「イリス、カティア。二人は魔力炉の挙動にブレが無いように今のままを維持してくれ」

「任せてもらって大丈夫っすよ。隊長?」

「言わなくたって分かってるわよ。レン後ろは私たちに任せて」


レンは軽く頷くと、意識を前に集中させる。問題ない、俺たちならできる。地表が近づくにつれ、さらに集中力を高める。

いよいよ、練習場が視界いっぱいに迫ってきた。


一段と速度を落とした機体は、切り込むように浅い角度で地面へ寄る。車輪が久方ぶりに地へと触れるが、着地の反動と地表付近の風に煽られ、直ぐに浮き上がってしまう。失敗だ。

練習場の長さにはまだ余地がある。操縦桿を握る彼は心を落ち着かせ、再度機体を地へと下ろす。車輪を着くのではなく、地面を擦るように少しずつ……地を捉えグリップを得た車輪は機体の重みを、地面へと伝える。


同時に搭乗している四人も地上への接地感を感じ取った。


「よし――」


レンは機体が地面を掴んでいる事をしっかりと確認すると、ブレーキをかけ始める。最初は優しく、やがて目一杯まで制動ペダルを踏み込む。

しかし、視界の左右を流れゆく景色は依然として勢いが収まらない。安全に止まりきるには明らかにオーバースピードだ。加え、訓練生用機体のブレーキが貧相な事も相まって速度が落ちない。講師陣たちが見守る、練習場の最端部が迫る。


「レンちょっと、まずいんじゃないっすか」

「早く止めなさい! 早く!」


血相を掻きながらカティアとイリスが操縦席に訴えかけるが既に可能な限りの制動は試みている。熱を帯び更に利きの悪くなったブレーキは、悲鳴の如く不快で甲高い音を響かせる。


「くそっ!」


レンは一言漏らした直後に、事もあろうか操舵輪を目一杯に切った。グリップの限界を超えた後輪が横滑り(ドリフト)を始め、機体に強烈な横方向の力が加わる。


「頼む耐えてくれ、止まれ!」


突然の横滑り(ドリフト)に女子三人からは悲鳴が上がる。レンは激しく反発する操縦桿を必死に抑え込む。

講師陣に突っ込むのが先か、機体が破損するのが先か、止まりきるのが先か。

足元から金属の破断する音が発せられる。

四人と機体の重みを背負った車輪は地面に跡を描きながら、身を削って勢いを殺す。ようやく機体滑走経路に対しは90度横を向いた形で、動きを止めた。

一歩間違えれば跳ねらていたであろう講師たちもこれには腰を抜かし、ただただ鼻息を漏らしながら顔を引きつらせた。ある者はお見事とばかりに軽く手を叩いて見せる。また、ある者は頭を抱え首を横に振る。いずれにせよ、誰一人負傷者を出さずに済んだ。


完全静止後、機内は静まり返っていた。レンはようやく操縦桿から両手を離すことを許され、制動ペダルを踏みこんでいた足を震えながら引き上げた。イリスとカティアは魔力炉に繋がる供給機から手を退ける。エイルはシートに深く沈み込み、楽な姿勢へと戻る。

極度の緊張状態から解放された反動で、皆暫く放心していたが、突然笑い声が響いた。ムードメーカーことカティアが、いつもの如く耳慣れた笑いを漏らしはじめたのだ。それにつられるかの様にしてレンが、イリスが、さらには普段笑みを見せないエイルまでもが笑い始めた。

それは今、無事でいられる事への喜びなのか、初めての飛行を成功させた達成感から来るものなのか。いずれにしても彼らの心の内は、短いながら空の冒険を共にした四人にしか分からないであろう……


「色々トラブルもあったけど、無事戻って来れた。皆、ありがとうな。あとお前らさ、やっぱ好きなんだな、空が」

「そうね、好きよ私は。今日は素直に嬉しい、初めて空に上がれたたし、仮ではあるけどこの四人で成し遂げられた」

「いやぁ、最高に危なっかしかったけど、最高に楽しかったっすよ」

「うん。ありがとうレン、イリス、ティア」


やれるだけの事はやった。何より無事に戻って来れた、笑顔という手土産を引き連れて。後は試験結果を待とう。それが例えシナリオ通り、彼らのキャリアの終わりであったとしても……


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