28.鳴り響く警告ベル
帰路も残り半分。もう無理はしない、そう心に誓い操縦桿を握るレンは安定飛行に徹していた。
ところが、異変は突然にやって来た。片側プロペラの回転が急に弱まると同時に、何らかの異常を知らすベルがチリチリと鳴り出す。
レンは直ぐにあちらこちらを指している計器の針を読んでいくが、どれ一つとして異常は示していない。慌てていて見落としてしまった、という可能性もある。計器盤を右に左にと何度も目でなぞるが、異常は見当たらない。尚もベルが鳴り続ける。
操縦席の後部に着いているイリスが、魔力を注ぎつつも彼の様子を覗き込む。
「ちょっとレン? これ大丈夫なの?」
「原因が分かれば対処できるだろうけど、何が原因か分からない」
プロペラの回転低下とあらば、疑うべき箇所は動力を生み出している魔力炉に絞られる。しかし、手狭な操縦席に埋め込める計器には限りがあり、魔力炉の全てを把握するに至らない。空で魔力炉の状態を最も把握しているのは、一番後ろに着く魔力炉監視のポジションをおいて他に居ない。最後尾の席には魔力炉に繋がる全ての計器が設置されていると同時に、二基の魔力炉を目視で監視できる。このチームの最後尾ポジションは彼女、エイルだ。
「エイル、魔力炉の状況はどうなってる? ……エイル?」
「ちょっとエイルシファー! 起きなさい! 何寝てるのよ!」
出発前に公約した空に上がったら居眠りしないという誓いはあっさりと破られていた。それも警告ベルが鳴り響くこの状況下でだ。レンは表情を引きつらせつつ、必死にバランスを保とうと自分の役割に注力する。カティアはいつもの様に声をあげて笑い出す。イリスは必死にエイルを起こそうとするが手を離すわけにもいかない。
「んっ。寝てた?」
「寝てたわよ! 思いっきり!」
お目覚め早々で恐縮だがレンはエイルに状況を報告するように指示する。いや恐縮している場合では無い、一刻も早く解決策を見つけ打たなければ無事には帰れない。
ところが、いつまで経ってもエイルから返答が無い。まさか口に出すことを尻込むほど酷い状態なのか。
「エイル?」
「レン…… 何を伝えればいいの? いっぱいあり過ぎて分からない」
「おいおい、頼むよエイル」
「ルー何か悪いことした?」
「いや何もしてない、何もな。大丈夫だエイル、危険域を指してるやつだけ読み上げてくれ」
操縦席から後ろを振り向いた所で、最後尾に着く者の表情は窺えない。見えたところで彼女の場合、表情から感情を読み取るのは至難の業だろう。それでも声から察することはできる。ここは威圧的に接してはいけない。早く対処したいと焦る気持ちを抑え付け再度指示を出す。
「左…… 左の魔力炉の――」
エイルから上がってきた報告は、全て左魔力炉の異常であった。左側はカティア担当で、元々搭載されていた古い魔力炉。新品に交換した右側とは異なり、幾分か耐久性も落ちくたびれた代物。同じ条件で飛行していても先に悲鳴を上げるのは無理はない。
エイル曰く、温度計の振り切り方が尋常でなく二周目に入るか否かの状態らしい。原因が見えてきた。先の無理矢理な飛行で炉が過熱し、影響が多岐に及んでいる。さらに炉の温度が上がれば、完全に機能を失うどころか機体を吹き飛ばすほどの爆発を招く可能性すらある。
ならどうする?負荷を下げ熱が逃げるのを待つ?魔力供給を絞り過ぎれば、魔力炉そのものが停止し再始動が困難になる。瀕死寸前の状態にまで魔力量を絞り込んで、しばらく維持できれば、あるいは。しかし、そんな繊細な制御をできる奴がこのチームに……
いや、カティアならもしかして。
いつかの練習で彼女が極めて安定した魔力制御を平然と熟していた事が脳裏に過る。いずれにしても、左側の魔力炉を操っているのは彼女だ。
「カティア?」
「なんっすか?」
「魔力炉が停止する寸前まで魔力を絞って、暫く維持してほしい。いけそうか?」
「そうっすね、自信無くは無いっすよ。少なくともお隣さん(イリス)よりかは上手くやれるっすよ」
可能性はありそうだ、やるしかない。
炉に注がれる魔力量は滑らかに減少していき、出力計が0の目盛りへと近づく。エイルが温度計を注視する。下がらない、まだ下がらない。普段は眠たげな眼を見開き、変転を待つ。
「ティア! 止めて! 下がり始めた……」
エイルの指示にカティアは瞬時に反応。魔力供給量を低下させるのを止め、状態維持に移る。ここからは高い集中力が要求される局面。全員固唾を飲み、自分たちの身を彼女に託す。
誰も口を開かず耳に入るのは風切り音とプロペラから伝わる振動音。そんな時が永遠にも感じられる。
左魔力炉の温度を示す針は次第に危険域の下限に近付く。もう少し、あともう少し……
「わぅ!」
エイルの口癖が漏れた途端、カティアは抑えていた魔力量を戻す。再び左側のプロペラが回転力を取り戻し、反動で機体が大きく揺れる。
「ルーちゃんどうっすか? ウチの魔力炉は?」
「大丈夫、危険な状態は脱した…… と思う」
計器を注視する為に前のめりになっていたエイルはシートに深く沈み込む。レンは操縦桿を片手ずつ交互に離し、手汗を乾かす。
チームの救世主となった彼女は、魔力炉の面倒を見つつも構って欲しいとばかりに横を向き、イリスを注視する。
普段は誉め言葉など口にしないイリスが視線に気付くと、カティアを横目に自然と言葉を漏らす。
「やるわね」
「見直したっすか? もっと褒めてもいいっすよ。そうだ、御礼は隊長秘蔵の砂糖菓子がいいっすね」
「御礼って、そんな物でいいの? 随分と安いわねあなた。でも、あれならもう全部食べちゃったわよ」
「ぶー」
「エイルシファーもありがとう、助かったわ。って聞いてないわね……」
イリスが礼を言おうと振り返ると、再び眠りについたエイルの姿が目に映る。
着地地点である学園の練習場まであと僅か。試験の最後まで。いや、この四人で飛ぶ最後の時まで安全第一で戻ろう。機体は練習場へ向けゆっくりと降下を始めた。




