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27.未だ先は遠く

機体は上昇を終え、安定状態へと入った。ここから規定のコースへと合流した後、失った分のタイムを詰めることになる。安定状態につき余裕が生まれたレンは後ろを振り向きイリスとカティア二人の様子を窺う。全身全霊、猛烈なスタートダッシュによる体力消耗は激しく彼女たちは息を乱し、疲弊していた。タイムを縮めるにも、これ以上魔力炉に対しての出力増は望めない。そもそもタイムを詰めるにしてもあれだけ出遅れて、一つ前を往く機体を捕らえることができるのか?

ここは一旦、タイムの事は忘れよう。


地上を離れて暫く、指示されたコースへと入る四人を乗せた機体。試験コースは都近郊に位置する小さな山をめざす。そして山を目印に左旋回で折り返し練習場へと戻る。飛行時間もさほど長くない。

まだコースの序盤だというのに視界の左前方では折り返してきた機体とすれ違い始めた。さすがに成績上位チームは速度域が別物だ。すれ違いざまですら自分たちとの格の違いが見て取れる。

そんな上位勢に見惚れていると急に機体の挙動が落ち着きを失い始めた。


「わぅ…… レン?」

「ちょっと待て、確認する」


普段滅多に表情を変えないエイルが珍しく強張っている。堕ちれば最後、命綱の無いこの空で、不規則に機体が揺れているのだから不安を感じるのも無理は無い。

レンが慌てて、計器類を確認。どこが悪い、どこが悪い……

悪いのは機体じゃない、問題は彼自身にあった。気付いてみれば魔力が薄い空間を飛んでいたのだ。最短で折り返し地点を目指す事ばかりに気を取られ、魔力濃度の読みが疎かになっていた。


「レン? 私たちはどうすればいい?」


魔力を注ぎ込んでいるイリスが心配そうに尋ねる。魔力を注ぐことに集中を強いられるため、彼女は周囲の状況など把握することができない。こうなってしまった以上、魔力炉運転のポジションで何とかできる事は少ない。レンは引き続き、今の力加減で保つように指示を出す。

少し大回りにはなるが、魔力の濃い空域へと進路を変える。やがて機体は安定性を取り戻し、エイルの表情もいつも通り眠たげな表情へと戻る。


「進路変えたみたいっすけど、結構タイムロスしたっすか?」

「あぁ痛いなこれは。コース逸脱のペナルティとまではいかないけど、計測タイムには響くな。何とかする、何とかして前の機体を抜き去る」


ただでさえ出遅れているこの状況下で、迂回進路はかなりの痛手だ。

魔力の濃い空域を優先し、少し蛇行した進路をとりながらも折り返し目標となる山が眼下に映る。タイムを縮めるのはここだ。操縦桿を一気に切り込む。ギリギリの急旋回に、座席上で体が横滑りを起こし、ベルトがなんとか上半身を食い止める。

機体のフレームは軋みをあげる。訓練生用のマスター機は無茶な操縦に耐えられるほど、強靭には作られていない。限界を越えれば空中分解すらあり得る。


「ちょっと大丈夫っすかこれ」

「怖い…… レン怖い」


冗談抜きに身の危険を感じるカティアと素で怖がるエイル。イリスも表情が優れないまま自分の仕事に集中しようとする。

景色が裏返り、折り返しを終えると速度域が変貌した。プロペラの駆動力(トラクション)を上げ、魔力炉から生み出される全ての動力を推進力に変える。


「一気に速度を上げる。前の機体を捕らえる」

「ちょっと何するつもり?」

「魔力の薄い空域を突っ切る。スピードで押し切る」

「無茶よ。私たちの技量じゃ無理よ」

「やるしかないだろ! このままのんびり最後尾を飛んでたら、全員今日で空から降ろされるんだぞ。やっとここまで来たのに、それでいいのか? 俺はお断りだ。お前らはさっきまでと同じ力加減で良い、エイルは危なくなった時だけ教えてくれ。あとは俺が何とかする」


機体の制御を握る彼にイリスの忠告など届いていなかった。

更にスピードを増した機体は、彼の宣言通り魔力の薄い領域へと飛び込んだ。

『何とかする』は口先だけも良い所で機体は落ち着きを失う。小刻みに失速と加速を繰り返し上半身がシート上で前後する。

――俺たちの前を往くのは誰だ?アッシュか?誰でも良い。抜き去る以外に手は無い。まだ見えない、まだ見えてこない。どうすれば早く飛べる?もっと、もっとだ。

もはや彼の手に負える状態では無いにもかかわらず、頑なに速度を落とす手は取らない。


「――レン、レン! もうやめて!」

「どうした?」


ようやく、自分を呼ぶ声にレンは気付く。無我夢中で機体をコントロールしていた彼はイリスの必死な訴えに耳を向けた。


「もういい。もう十分。これ以上無理はしないで」

「だが――」

「これは隊長命令よ、もうやめて。お願いだから」


今挑んでいる試験がどれだけ重要か。それを認識しているのは彼だけでなく彼女たちも同じ。彼がその思いを語り出す前にイリスは言葉を遮る。最後は慈悲を求めるかのような一言だった。身の危険を感じていたのは何もイリスだけではない。


「ウチも十分っすよ。やれることはやった」

「うん。ルーも夢は見れた」

「お前ら……」


レンが操縦桿を握っていた手は小刻みに震えていた。そして我に返る。

――俺は今何をしていた? 無事地上に帰還する、それが一番大切な事。いつも、いや昔から自分に言い聞かせていた筈なのに、それを忘れて俺は……


「レン、試験も何も命あっての事でしょ。後は、無事に帰る。それじゃだめ?」

「そうだな。我を見失ってた。悪かった、危ない思いをさせて……」


手汗が少し蒸発し、冷めた左手でレバーを戻し、プロペラへの駆動力(トラクション)を下げ、魔力の濃い空域へと進路を変える。次第に機体の揺れは小さくなり、平常状態へと収束していく。

操縦士は目の前に並ぶ計器類を左から右へと目視し、安定巡行に戻ったことを確認。大きく息を吸い込み、肩を落としながらゆっくり吐き出し、自分を落ち着かせる。


「お疲れっす。危なっかしかったけど、カッコ悪くは無かったすよ。隊長なんか惚れてたっすからね」

「ちょっとカティア、勝手に嘘の話を作るな! 恐怖しか感じなかったわよ」


魔力炉運転の二人も地上に居る時と変わらぬしょうもない会話を繰り広げ始める。危険な状況を脱したとみて差し支えないのだろう。

後ろの二人はさておき、レンは自分の役割へと集中する。左右の眼下に広がる地形を念入りに確認。天蓋に張り付けた縮小版地形図を照らし合わせ大よその位置を確認する。折り返し地点を過ぎ、練習場まで残り半分の距離といったところだろうか。進行方向に意識を集中し、魔力の流れを読む。

――悪くない、暫くは安定していそうだ。心を落ち着かせ、集中さえしていれば案外読める。


往路は機体を飛ばす事に必死で魔力の流れを考慮する余裕など無かった彼。それがほんの短時間経験を積んだだけで、余裕が生まれ何かの感覚を掴んだ。彼も飲み込みの良さという点では秀でた才能の持ち主なのかもしれない。

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