26.土壇場にて
「第4グループから第5グループは最後列で待機してください」
試験を仕切る講師陣の指示が飛び交う練習場。試験開始時刻が近づき、各チームの機体が所定の配置に着く。カティアとエイルは二人がかりで、出庫し、なんとかレンに指示された待機位置へと機体を移動させた。
「いやぁ、二人だと地上を移動するだけでも骨が折れるっすねぇ」
「わぅ。操縦するの難しい、レンは凄い……」
「そりゃルーちゃん、格納庫出てから明後日の方向へ行こうとしてたっすからね。あとは隊長とレンが間に合えばいいんすけど」
魔力炉運転を担当するもう一人と、操縦士が不在の状況でスタートの時が刻一刻と迫ってくる。他チームに目を向けると、最後の点呼を取ったり、意気込んだり、目を瞑りリラックスしていたり……
そんな中、二人が左隣に並んでいるチームに目を向けると、嫌な連中と目が合ってしまう。向こうのメンバーはこちらに視線を向けるたびに、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。例にもよって、同じタイミングでスタートするグループにアッシュ率いるチームがいる。
「ティア、なんかあの人達嫌い」
「奇遇っすね、ウチも嫌いっすよ。腐った果物でも投げつけてやりたいっすね」
「わぅ。ルー買ってくる果物」
「いやいや、冗談っすよ。大人しく二人が戻ってくるのを待つっす」
今回の試験は二十を超えるチームが参加する。しかし全機体が一斉にスタートを切ると危険な為、スタート順に応じて5つのグループに分配された。概ね普段の成績順にグループで別れ、優秀なチームほどスタート順が早い。当然、成績トップを誇るジーク達のチームは第1グループで最初のスタートを務める。その後、第2、第3と中堅チームが続き、成績下位のチームが最後の第5グループでスタートを切る。
考える余地も無く最終グループには成績最下位の我らがイリス隊長率いるチーム。そして同じく成績の芳しくないアッシュ率いるのチームがいる。すなわち、向こうも序列にしてみればその程度の実力であるということの裏返しだ。もっとも、こちらの実力と比較した際に『その程度』の開きは簡単に埋められるようなものでは無い……
手元の懐中時計が定刻を指すと同時に、第1グループのスタートが切られた。全チームが一斉にスタートする必要は無く、状況を読みながら規定時間内に飛び立てれば良いとされる。無理なく加速できるベストなタイミングを待つのが得策。故に、スタートと同時に飛び出すチームなどいない――
いや、予想に反して一機が即刻加速を開始した。短い助走で直ぐに機体は浮き上がり、鋭い角度で上昇していく。言わずもがなジーク率いるチームである。
「やりますねぇ」
「わぅ。さすが学年のエース、凄い。ルーたちもあれできる?」
「流石にあんなのはキツイっすけど、頑張ってもらうっす。レンに」
「ティア人任せ、良くない」
「にゃはははは――」
ジーク達のスタートを皮切りに、出遅れまいと他のチームも飛び立っていく。精鋭揃いの第1グループ。規定時間の大半を残したまま、全機が飛び立っていった。そのままタイムテーブルを繰り上げ、第2グループのスタート合図が出される。
順調な試験の進行は都合が良くない。スタート準備の整っていないカティアとエイルにしてみれば、有り難くない話である。先のチームには時間ギリギリまで粘って欲しい。ようするに時間稼ぎをしてほしいわけだ。そんな願いなどお構いなしに、続々と飛び立っていく第2グループの面々。
「ルーちゃん、始まるまで寝ててもいいっすよ? 隊長達が来たら起こすんで」
「ティア、ルーに対してなんか失礼なこと考えてる。それに、寝てたらイリスが来た時に怒られる」
「おっと、これは失礼っす。お詫びに隊長の砂糖菓子の隠し場所教えるっすよ」
開始直後こそ冗談を交わす余裕があったものの、スタート順が近づいてくると、彼女たちの言葉数も減り始める。右か、左か、どちらからイリスとレンは現れるのか。視線が落ち着かない彼女たち。目視できる範囲に二人は見受けられない。
いよいよ第5グループのスタート合図が出された。それと同時にタイム計測が開始される。成績下位のチームが集まっているだけあって、次から次へ飛び立っていく構図にはならない。それでも時間を空けて一機、また一機と横に並ぶチームは数を減らしていく。地上に残されたチームはあと二つ。その片方、アッシュ達もタイミングを見計らい機体を動かし始めた。わざとらしく、こちらに手を振りながら加速し、飛び立っていった。だだっ広い練習場に残された一機。その中で、二人はひたすら待つ。規定時間を過ぎれば即失格、試験終了が言い渡される。
手元の懐中時計が迫る規定時間を刻一刻と示す。エイルは懐中時計を握りしめながらメンバーが揃う事を祈り続ける。
「まずいっすね……」
カティアが暫くぶりに口を開き、目を移した先には制限時間のカウントを始める講師の姿が。やはりダメなのか。なんの結果も残せず除籍を受け入れなければいけないのか。
ただただ、講師がカウントダウンする様を為す術もなく眺めていると、突然機体が揺れる。
「待たせた!直ぐに出す」
残り時間が僅かというタイミングでようやくイリスとレンが機体に飛び乗った。レンとイリスは安全ベルトを締めながら応対する。
急いで準備を進めるイリスの横で、カティアが声を掛ける。
「ウチらは準備万端っすよ。それにしても隊長、酷い顔っすね。でも可愛いっすよ、女の子っぽいっす」
「うるさい! 見ないでよ……」
後部の会話を聞き流しながら、レンは操縦席に散りばめられた、ダイアル、トグル、レバーを手早く設定する。最低限の準備を終え、計器類から外へ目線を移すと、講師のカウントダウンは残すところ10を切っていた。
「もう時間が無い…… イリス、カティア! 目一杯全開で動かしてくれ」
「任せるっすよ! 隊長壊さないでくださいっすね」
「当たり前でしょ!」
「エイル!? とりあえず、魔力炉が危険な状態になった時だけ教えてくれ。あとは起きてればいい」
「わぅ? ルー居眠りしないよ?」
レンの指示通り、目一杯の力を送り込まれた魔力炉は強大なトルクを生み出し、プロペラの回転速度を一瞬にして上げる。制限時間になると同時に、機体が動き出し急加速する。時間内にスタート位置から動き出せた、先ずは失格とならずにすんだ。あとは練習場の端に到達するまでに、なんとかして機体を浮かばせなければならない。
機体はいつになく勢い良く加速していく。
レンの体は覚えていた。以前体験した事のあるこの感覚。いつか、何処かの老人に乗せてもらった時のような鋭い加速に、あの時飛び立った感覚を思い出す。後戻りは疎か、もう止まることもできない。練習場の端が近づく。
「今だ」
レンの操作に機体は応え、地から浮き上がった。初めて体験する垂直方向の力に、戸惑いながらも、外を見た瞬間、自分たちが飛び立ったという事を実感する。
言葉にこそ出さなかった。しかし、全員ニヤついていたかもしれない。
長い間0を指し続けていた高度計が、嘗ての感覚を思い出すかのようにゆっくりと針を動かし始めた。
最後のチームが飛び立っていき、練習場に残された講師陣。土壇場での初飛行を成功させた彼らに苦笑いを浮かべながら空を見守る。
「どうやら全員、無事に飛び立てたようだな」
空を眺める講師陣の元に学園長が赴く。目を細めながら、学園を離れ小さくなっていく機体を見つめながら言葉を続ける。
「レンフォード、彼らもようやく自分たちの力であの空へと行ったか。あれから随分と時が流れたが、ようやく近づくための一歩を踏み出したな」
「学園長、何の話ですか?」
「すまん。老いぼれの思い出話だよ、気にとめるな」
彼らの挑戦はまだまだこれからだ。




