25.少女の涙
イリス隊長を除くレンをはじめとするチームメイト三人は機体の出庫前準備に取り掛かっていた。もっとも、三人で準備とは言っても真面目に手を動かしているのはレンだけであった。忙しそうに、機体の周りを覗き込むレンをカティアとエイルは呑気に眺めているだけだ。
「レン、何やってる?」
「ご覧の通り機体の点検だ。万が一の事があったら困るだろ。マニュアル通り、全箇所をチェックしている」
「わぅ。面倒くさそう……」
ボルト類の緩みが無いか、配管にヒビが見られないか、油の滲みだしは無いか、ワイヤーの張りはどうだ……
「几帳面過ぎる男はモテないっすよ」
「安全が一番だろ?」
「そうっすね。まぁ、メカニカルな事は任せるっすよ。空中で燃えたら困るっすからね」
各部の確認に余念のないレンを、頬杖突きながら眺めるカティア。几帳面に思えるが、彼なりの思いがあっての行動で、何を言われようと手を休めようとはしない。
全ての項目を確認し終え、彼が薄汚れた手袋を外し汗を拭っていると格納庫へ客人がやってきた。誰かと思えばこの男。間違いなく今回の試験で最優秀リザルトを残すであろう、ウルフェンドール家の名を背負ったジークのご登場。学年のエースともあろうこの男なら、試験に対する心配事など無いだろうに、やけに落ち着かない様子でレンを手招く。
女子二人から離れた場所で男二人は言葉を交わし始める。
「明日には学園から姿を消しているかもしれない俺に何かご用で?」
「おいおい、縁起でもねぇこと言ってるんじゃねえよ。ちょっとな、お前んところのリーダーさんの件でな……」
優秀さゆえに、当然の如くチームリーダーに就いているジーク。彼は直前に行われたリーダーを招集してのエントリー申請の場で目にした出来事をレンに伝えた。お前のところのリーダーが他所の奴に、しゃくりあげるまで虐げられていたと。
その話を耳にようやく気づく。もう出庫も近いというのにイリスがまだ戻ってきていない事に。ジークも自分のチームの事が残っているので手は貸せないが、伝えることは伝えた。
「後は自分たちでなんとかしろ」
そう言い残しジークはその場を立ち去った。
内容まで聞こえなかったにしろ、男同士がやりとりする様子からおおよその状況を察したカティア。レンが戻ってくると一言投げる。
「ウチの隊長さんっすか?」
「あぁ、ちょっとな。探してくる。カティア、エイル、試験開始時間が迫っても俺たちが戻ってこなかったら、練習場まで機体を動かしてくれ。少しくらいの距離なら二人でもなんとか出来る筈だから」
「わかったすよ。困った隊長さんの事は任せたっすよ」
レンは格納庫を後に、失踪したイリスを探しに出た。この広い学園を探すとはいっても、彼女が行きそうな場所といえば思い当たる節は一ヶ所しかない。誰にも見られず、静かで、一人になれる場所。レンはチーム部屋のドアを手の甲で叩く。部屋の中からは返事一つなく、静まり返った廊下で待ち続ける。部屋の鍵は当然彼も持っているが、彼女自身が内から開けてくれるのを待つ。どれほど静寂な時を過ごしただろうか。
カチッ――
ドアが解錠される音が廊下に響き渡る。言葉こそ無かったが入室を認められたようだ。
「入るぞ」
彼が部屋へ足を踏み入れると、背を向け窓枠に腕を掛ける彼女の姿があった。レンが無言のまま彼女の隣にやってくると、顔を見せたくないのかそっぽを向かれてしまう。
――カシャカシャ……
「食うか? これ?」
そういうとレンは砂糖菓子の詰まった瓶を振った後に少し手狭な窓際に置いた。
「それ元々私のじゃない。いつの間にか、皆の共有物みたいになってるけど。それに、また減ってる……」
彼女は手を伸ばし瓶を懐に持ち込むと、無言で瓶に腕を突っ込み、中身を貪る。普段は体型を気にしてか、ひとつまみしか口にしない彼女が手当たり次第、口へと放り込んでいく。どんな顔で頬張っているのだろうか、背を向けられたレンが知る術はない。彼女の一本に纏められたブロンドの髪が窓から差し込む昼前の強い日差しを綺麗に跳ね返す光景だけが彼の目に映る。
甘味を口に運んでいた手が止まると、イリスはひくひくと鼻を鳴らし始めた。気の強い彼女が人前で、泣きそうになるとは。相当辛いことを言われたのだろう。どんな言葉を投げられたのかは聞くまい。
彼女の肩の揺れが治まるまで、レンは無言で待ち続た。そして彼女が落ち着いたところでようやく声を掛ける。
「今日のフライトは無しだ。イリスが無理そうならな」
「そういう訳にはいかない。カティア、エイルシファー、あなたにも迷惑かけちゃう……」
「そうだな。俺の事はともかく、今日はカティア、エイルの未来も掛かっているからな」
「そうよ。だから私の事は気にしないで。いつも通りやるから。気持ちは押し殺すから」
「だけどな、俺はキャリア云々より、お前の気持ちの方が大切だと思う。なんの根拠も無いんだけどさ……」
「なによそれ。かっこわる」
「悪かったな……」
イリスは瓶詰の砂糖菓子を食べきると、ギュッと蓋を締める。そしてようやく振り向き、レンに顔を見せた。
「酷い顔でしょ?」
「否定はしない」
「否定しなさいよ」




