24.虐げる者と虐げられる者
試験開始の時が刻一刻と迫っている。各チーム身を預ける機体の最終点検に追われ、出庫準備が進む。
そんな最中、空き部屋にチームを束ねるリーダーが一同に集まっていた。
「チームの代表者は試験エントリー表に記入してください」
タイムレース形式で順位を決める今回の試験。落第者を意図的に選出する意味も兼ねた重要な試験である。最下位のチームは強制的に飛空士科から除籍となる。
今回の試験は四人ないしは五人のチーム単位での受験となる為、各チームの代表エントリー表に最終申告を記入している最中だ。チーム代表者、即ちリーダーが二十数人程集いエントリー表を記入後に、エントリー番号を受け取る。
誰一人掛けることなく、エントリー会場にはリーダーが集っていた。学年期待の星であるジーク、学年委員長を務めると同時にリーダーまでも務める者。そして落第候補と評されている四人を束ねるイリスの姿もあった。
最後の最後まで人数の不足していたイリス率いるチームも四人集まり、なんとかエントリーに至った。
イリスがエントリー表への記入待ちの隊列に並んだ直後のこと。よりによって学年で一番関わりたく無い奴が後ろへと着いた。
「チッ…… チッ……」
混じり気の無い完全なエルフ族であることを物語る尖った耳の持ち主である男子生徒。彼は周囲に聞こえるようにわざと舌打ちを繰り返す。イリス他チームメイトに対し陰湿な嫌がらせを繰り返す、同学年のアッシュだ。
無意味な挑発に乗ったら負けだと自分に言い聞かせるイリス。
背後から発せられる舌打ちが自分に対するものだという事は無論彼女も理解していた。早くエントリーを済ませて、この場を去りたい――
「おやおや、無視ですか? 性格悪いな君」
故意に無視されている事に苛立ち始めたアッシュは、ブツブツと何か言葉を漏らしながらつま先で彼女のかかとを突き始めた。
「あぁーあ。やる前から結果が分かりきってるのに、エントリーする意味あんの? 無駄、無駄、並ぶだけ無駄。邪魔だなぁ、順番譲ってくれないかなぁ」
その後も彼のわざとらしい独り言は続いた。
イリスは後方からの言葉に必死に耐え続けるが、順番が回ってくるまで心が持ちそうにない。彼女は気付かぬ間に鼻を啜り始めていた。
独り言にしては些か声の大きいアッシュの呟き。それは周りの生徒にも聞こえており、場が静まり始める。
「なんだよ、お前ら。何白けてるんだよ? 飛空士科はな、全てが実力で決まるんだよ。実力も無い、飛べない、そんな奴らが居られる場所じゃないんだよ。このゴミカス連中は他から蔑まれて当たり前の力しかない。俺がやってることが何か間違っているか? 別に手は出してないだろ?」
アッシュは共感を得たいのか目を見開きながら熱弁する。
こいつとは関わりたくない――
周りの者達は視線を逸らし、見ない振りを始めた。
「なぁ、覚えてるか混血種の嬢ちゃん。喫茶店で会った時、僕の足踏んだよね? まだ謝罪を聞いていないんだけど。ねぇ、反省してるの?」
「……」
ようやくイリスに記入順が回って来た。後ろの奴にかまけている暇などない。さっさと終わらせて、皆の元に戻ろう。ペンを握る彼女の耳元で、尚もアッシュは呟く。
「なぁ、さっきから無視しやがってよ? どこに耳つけてんだ? そんな中途半端なもんぶら下げてるから聞こえないんじゃねえのか? あぁ?」
「――やめて」
アッシュはイリスの耳を指でなぞった。鳥肌が立つ間もなく彼女はアッシュの手を払いのけ、一言だけ言葉を発した。不愛想な態度に、彼の言動はさらにエスカレートする。
「混血種のクソ尼は退学になったら、どうやって生きていくんだ? あぁ、混血種にぴったりな仕事があるじゃないか。物好きな男の下半身の世話をしてやるんだよ。毎日毎日、汚い男のを咥えこんで、せがんで。病気になって使い物にならなくなるまで、そうやって生きていくんだよ。せっかくだ、行きつけの娼館に紹介してやるぜ。遠慮すんなよ」
記入を終えた途端、ついにイリスはしゃくりあげた。机に両手を突き、肩を震わす。そんな彼女を背に、アッシュは鼻で笑いながら周りを見渡す。
周りのリアクションから察するに、やり過ぎたと気づく彼。そして直後に、彼は脛に強烈な蹴りを受けた。痛覚の限界を振り切った痛みに、断末魔の様な叫びをあげ、倒れ込む。
膝蹴りをお見舞いさせたイリスが去って行く姿を拝みながら、彼は床に転がり伏せた。




