22.多くを語らない少女
練習場に隣接する飛空士科専用の校舎には各チームの活動拠点となる部屋が用意されている。その場所に洒落た名称などなく皆『チーム部屋』と適当に呼んでいる。
明日に何の不安も持ち込む必要がない者達はとうに学園を去っており、校舎には静かな時間が流れる。
大多数のチームにとってみれば、飛ぶことさえできれば明日の試験は合格。未だに飛び立つことすら成功させていないチームが落第するのは目に見えていた。自分たちは勝手に試験を通過できるので準備など不要、なんなら前倒しで祝勝パーティーをするのも良いだろう。
外には飛行禁止時間を知らせる、赤い灯を灯している鉄塔。もう練習を重ねることも叶わない。
陽が暮れるまでレンをはじめとする四人は部屋に残っていたものの、何ら話し合いは進まなかった。俯き加減で何度も現状を把握し、明日のスケジュールを確認し……
もう成す術は無いと全員が理解していた。本番で運よく初飛行に成功する、そんな都合の良い展開を祈るしか今の彼らにはできない。
「隊長、今日はもう解散しませんか? ウチもう限界っすよ。この娘なんか寝ちゃってますからね」
「エイルシファーまた寝ているのね…… 私もクタクタだし、もうこれ以上同じ話題を繰り返しても何も状況は変わらない。レン?」
「俺に聞くなよ。こういう時の隊長権限だろ? 正直、俺も帰りたいわ。疲れた……」
「そうね…… 解散!」
部屋の灯りを落とし、施錠し、引き戸が締まったことを確認する。四人は部屋を背に、星明りの差し込む静まり返った廊下を往く。
学園の広い敷地には門が数カ所設けられており、校舎を出ると各自それぞれの帰路へと通ずる門を目指して散っていく。
どうやらレンと同じ門を目指しているらしいカティア。彼女が何処に住んでいるのかは知らないがせっかく二人になったんだから、男女のそういう関係は抜きにして色々と話を聞きたい。
「ありがとうなカティア」
「いきなりなんっすか。ウチ何か感謝されるような事したっすかね」
「いや、誰もお前のこと評価するような事を口にしないけどさ、魔力炉の扱い方すごく丁寧で上手いなって」
「そりゃどこかの誰かさん、お隣さん、隊長さんに比べれば、腕に自信はあるっすよ。それにしても良く気付いたっすね」
自分の腕前を『誰かさんと比較すれば』と付け加え自分を無駄に持ち上げようとはしないが、腕に覚えはあるようだ。引き合いに出された方は堪ったものではないが。
「魔力炉監視のポジションに付いている物に比べれば簡易的だが、魔力炉の状態を示す計器は操縦席にもあるからな。誰かさん、イリスには悪いけど、カティアの魔力炉制御には信頼がおける。本当にありがとうな」
「そんなに褒めても何も出ないっすよ。にゃはははは――」
照れ隠しをする訳でもなく、いつもの様に彼女は素で笑ってみせる。レンと顔を合わせる訳でもなく、前を向いたまま笑う。学園の門が眼中に収まり、近づいてきた。この際、もう少し何か聞いておこう。
「そうだ―― 急にこんな事聞くのもアレなんだけど、カティアはどうしてここ(飛空士科)に来たんだ?」
「それまた唐突っすね。面白そう、それだけっすね」
「それだけ?」
「楽しそうだからって理由じゃだめっすか?」
「いやいや、否定するつもりなんて微塵もないぞ」
「ウチは楽しい事を求めて生きているような人っすから。まぁ、隊長が聞いたら怒りそうっすけどね」
「カティア、おまえ何だかんだでイリスの事好きなんだな。いつも会話にイリスが登場してさ――」
「別に好きって訳では無いっすけど、何処か通ずるものがあるというか…… そういうレンはどうして来たっすか、ここに?」
「俺は…… 他人に言えるほど立派な理由では無いけど、まぁカティアと似たような感じかな――」
彼はそれに続く言葉が出てこなかった。
その間にも門の前へと着く。日中帯開放されている立派な鉄柵の門もこの時間では閉じられている。脇に人一人が屈んで通れる退出専用の門があるのでそこを抜けて外へ出た。道には疎らに立ち並ぶ街灯の光が浮かび上がる。随分と遅い時間まで、学園に残っていたものだ。夕食には少し遅いだろうか。もう少し彼女とは話しておきたいし、ディナーにでも誘おう。大した店に入る余裕はないけど……
「あっ、そういうのは遠慮っす」
即答された。断られた。
彼女曰く、一度学園を出たら他人同士、ここからはプライベートな時間だから踏み入らないで欲しい。カティアの性格を考えれば交渉の余地は無さそうだ。彼女は軽く手を振りながら、多くの明りが灯る市街へと消えていった。




