17.受け継がれた意志
レンは老人を背を拝む位置で、二人乗りの機体へと搭乗していた。
過去の武勇伝を語り尽くし気を良くした年寄は、ご自慢の愛機に若造を乗せ特別講義をつけるつもりらしい。レンがベルトを締め、後部席の安全を確認し合図を出すと、機体は急加速を始める。
爺さん相棒は旧型機ゆえ振動が激しく、各部が共振を起こしているせいで機内が騒々しい。
「爺さん、爺さん!」
「なんだ? うるさくて聞こえん」
「俺、魔力炉を駆動させるほど魔力が無いんだけど、大丈夫ですか?」
「ワシ一人で十分だ。全部任せとけ」
言葉通り、年寄一人の力で機体は重力に打ち勝ち、地上を離れた。コックピットから見える景色は限りなく垂直に近く、急上昇が収まるまでシートから体を剥がすこともままならない。尚も上昇を続ける機体は旧型の為、密閉性も低くレンは耳に不快感を覚え始める。軍の前線部隊でもない限り、これ程の激しい飛行を体験することは叶わないだろう。
「おい、小僧。空に来るのは初めてか?」
「記憶にある限りでは初めてかな。幼いころに一度、乗せてもらった事があるらしいが、覚えてない」
機体は上昇を止め、計器の針が落ち着きを取り戻す。老人の肩上を掻い潜って見える計器は1500の高度を指していた。押し付けられていたシートから体の自由を取り戻し、ようやく外を眺める余裕ができる。
聞くだけの話や、読むだけの文献では伝わらない不思議な景色が広がる。
氾濫すれば街を飲み込むような大河も紐の様な太さにしか映らない。鉄路は地上を往く列車は疎か、どこに線路が引かれているのかすら目視することが難しい。一方で浮遊島は普段よりも近くに見えるはずなのに、まだまだ果てなく高い天井に位置する。
「どうだ、良い景色だろ? これが空の世界だ若いの」
「はい」
レンの目に映る景色は素晴らしくとも、心の中では楽しめていなかった。魔力扱いの適性が殆ど無い自分の力では、どう足掻いてもたどり着けない高み。チームメイトの力を借りても、未だ届かないこの空。そんな場所に赤の他人の力で来てしまったのだから、素直に喜べない。貴重な体験を楽しめない。
「――おい、若いの? 聞こえてるか?」
「考え事してた」
「お前さん、操縦士目指してるんだろ? いいか今からワシ流、空の読み解き方ってのを叩きこんでやる。覚えて帰れ」
爺さん直伝のレクチャーが始まるようだ。
空中に漂う魔力は、おとなしく留まっている事は珍しく、刻一刻と状況が変化する。平たく言えば魔力の濃淡が存在する。魔力炉を安定稼働させるためには、魔力が多い方が好ましい。
故になるべく魔力の濃い空間に、機体を留められるようにするのが、操縦士として腕の見せ所だと爺さんは語る。
「おい、今機体の周りの魔力がどういう状態になっているか見えるか?」
「何となくなら…… 放射状に魔力の濃い場所があって、機体は線上を辿っている」
「よし、見えとるな。魔力の放出能力はゴミカスでも、見分ける力は持ち合わせてそうだ」
幸い、魔力を見抜く能力は問題ないらしく、乱暴な言い方ながらも合格だと言われる。今度は10数え終わった後、魔力の分布がどう変化するか予想しろと投げやりな問いを与えられる。そんな事は講義で習っていないので分かる筈も無いが、年寄がカウントダウンを始めて急かす。
「10、9、8、7…… お前さんが予想した通りのルートを辿るからな、ちゃんと考えるんだぞ 6、5、4……」
真面目に考えろと水を差され、カウントダウンが尚も続く。
「変わらない。濃い魔力は今のまま、真っ直ぐ目の前に広がり続ける」
回答と同時にタイムアップを迎える。老人は言われた通り、進路を変えずに飛び続ける。
しかし、直ぐに思いつきの読みは外れていたと判明する。魔力炉の出力が急激に落ち、プロペラを満足に駆動させる力を生み出せない。同時に機体は失速し、コントロールを失いながら降下を始めた。
ジリリ…… ジリリ……
程なくして、魔力炉の異常を知らせる警告ベルが鳴り始める。魔力炉が完全に機能を失ったようだ。
二人乗りの機体は魔力炉を一つしか搭載しておらず、異常を知らされたところで成す術はない。
老人は操縦桿から手を離すと、後ろを振り向き酒臭い息を吐きながらレンに語り掛ける。
「わかったか小僧。力の薄い場所へ飛び出しちまえば、魔力炉は拗ねる。そしてこうなる」
「わかった! わかったから! どうするんだよこれ! 落ちる落ちる」
先程まで高度1500を指していた計器の針が地を表す位置へと戻り始める。
操縦席の酔っぱらいは体を縛るベルトを緩めると、懐から酒の入った小瓶を取り出し、口を湿らす。後方で絶叫する若い者には目もくれない。
「魔力を読み解くっていうのはな、やっぱり才能なんだよ。できる奴は学年一つ上がる頃には極めちまうんだよコレを。ワシはな、こんな老いぼれになるまで飛び続けて、ようやく人一倍できるようになった身でな。元はお前さんよりも酷かったかも知れない」
「何が言いたいんだ爺さん」
「いやだからな、百の努力は一の才能に勝てないって話だ、物分かりが悪いな小僧。でも、どんなに効率が悪くても努力と経験を積めばできなくも無いって事だ。だけどよ、その過程で才能あるやつと比べたら、心が折れるだろ。だから気に留めるなって話だよ」
どういう脈絡なのか。酔っぱらいの言葉は長い人生経験から繰り出された有り難い激励なのかもしれない。しかし、この状況下でそんな事を言われても、殆ど言葉が頭に残らない。
道往く人が目視できるほどに地上が迫ってきた所で、老人はベルトを締め直す。そして一気に魔力を高め、魔力炉へと注ぎ込む。
激しい振動と共に、プロペラを回すトルクが回復し、機体が制御を取り戻す。
「どうじゃ、小僧。楽しかったか?」
「あぁ最高にな。はははは……」
この短時間で若き彼はどれだけ寿命を削り、老人に近づいただろうか。
最高に最低な初飛行であったが、これだけの体験をしたのだから得るものはあったと信じたい。
後に聞いた話によれば適正にメンテナンスされていれば、魔力の薄い空域を飛行しても魔力炉が突然止まることは無いのだとか。旧型機の魔力炉が寿命を目前に控えていたことに他ならない。この機体は新しい魔力炉に載せ替えなければ、これ以上飛ぶことはできない。
無事地上に帰還し、街の整備場へと戻ってくると、店主が飽きれた表情で年寄と若者を出迎える。
「爺さん、また酒の入った状態で上がってたのか?」
「適度に酔ってる方が冴えるんだよ。軍、民間、もしくは国の調査機で飛んだら出禁になるだろうが、個人の機体で飛んでるんだ。ワシの自由さ」
「困った爺だ…… で、魔力炉の交換はいつにする? 今積んでいるやつもそろそろ限界だろ?」
魔力炉の換装にはそれなりの時間を要する為、店主にしてみれば早いところ計画を立ててしまいたい。
「その話だが、あれは無しだ。魔力炉は交換せん。あの機体は今日の飛行が最後だ」
「おいおい、どうしたいきなり? ボケちまったのか?」
「うっせぇ、お前はすっこんでろ。もういい……もういいんだよ。ワシみたいな老いぼれが飛び続けるよりも、若い奴が飛んだ方が良い。例えばこいつとかな」
老人はレンの頭を少し乱暴に鷲掴みにすると、揺すって見せる。暫く揺すり続けた後、年寄は満足した様子で何も発せず整備場を去って行く。
それは一人の飛空士の引退と引き換えに、若き者たちへ託された未来であった。
「……で、どうする? 必要なんだろ、こいつが?」
「はい。爺さんの形見、しっかりと空へ連れてきます」
「おいおい、形見って。まだピンピンしてたじゃねえか、あの爺。そんで、こいつのお代だけどな」
店主から魔力炉の売値を耳にした瞬間、レンの目が泳ぎ始める。はっきり言って、学生がその場で払えるような額では無い。彼の資金全てをかき集めても三分の一にも満たない。
彼に支払える額では無いという事は、店主にもお見通しであった。そこでこんな提案を持ちかける。
「今日は頭金だけ幾らか置いて帰る。残りの分は、暇なときにでも店に手を貸しそれなりに働いてもらう。どうだ?」
レンは直ぐさま話に乗っかると、礼を言いながら店主と握手を交わす。
魔力炉の確保によりチーム専用機の修理は一気に前進し、残るパーツはあと僅かとなった。




