16.腕の立つ整備士と老いぼれ飛空士
街のとある整備士は老いぼれた飛空士と言葉を交わしていた。まだ日も暮れていないというのに白髭が立派な老いぼれ飛空士は酒瓶片手に、油臭い整備場でよろしく楽しんでいる。
「爺さん、いい加減乗り換えたらどうだ? 最新鋭の機体を一機買うくらいの金はあるんだろ?」
「うっせぇ、ほっとけ。金とかの問題じゃねえんだよ。愛着があるんだよ愛着が。あの機体はな、とっくの昔に逝っちまった女房よりも長い付き合いなんだ」
整備場に持ち込まれた爺さん私有の機体は、今の時代なかなかお目にかかれない年代物の機体であった。整備士は機体を覗き込みつつ、状態を確認していく。補修を繰り返しながら生き永らえてきた爺さんの機体とて、いつかは寿命を迎える。機体の寿命が先か、操る飛空士が死に絶えるのが先か――
「それこそ、あれが飛べなくなる時はワシ自身もいよいよ引退ってわけさ。それによ、お前だってあの旧型機がへそ曲がりなおかげで、稼ぎのネタになってんだろ?」
「まぁ否定はしねえけどよ。もうスペアのパーツだって残り少ないんだ。あとどれくらい状態を維持できるかって言われたら、そう長くはないぞ」
「パーツが無いんだったら他所へ行くまでだ」
「あのな爺さん。あんな旧型機の保守部品貯めこんでるのなんてウチの店くらいなもんで―― 悪い、来客みたいだ。すこし外す」
航空機関連のメカニック作業であれば、幅広く手堅く熟せると界隈では評判の良い整備場。旧型機のメンテナンス実績も豊富で、常連の顧客が多いという。
そんな場所に見慣れない客が姿を見せていた。
年齢層の高い客が多いこの店にしては珍しく若い客が来た。飛空士科のレンであった。
レンは店主に招き入れられ、商談室へと案内される。どう考えても金を持っているようには見られていない自分を、門前払いせず招き入れて貰えたことに彼は驚く。飛空士科の生徒は至る所で優遇されていると聞くが、空に携わる商売であれば尚更、無碍に扱う事などできない。
店主に洗いざらい事情を話し、訓練生用機体の魔力炉を補修するパーツを売って欲しいと頼み込んだ。チームで扱っているマスター機の機体情報と事故の状況を可能な限り伝える。
「内部のダメージは深刻じゃないから、外側のパーツだけが欲しいと」
「はい」
「それはお勧めできないな。魔力炉の内部は意外と繊細なんだ。オーバーホールしてみないと、本当に問題無いかは断定できない」
店主はこの手のプロである。ジークに教えてもらった憶測は浅はかだと突っぱねた。同時に、爆発を伴う炎上であれば、内部が無事という事はまずありえないと言い切った。
「パーツ交換だけで対応できないのであれば、全交換でも良いです。なんとかお願いします――」
「全交換ねぇ…… いいだろう、ついて来い」
どんな手を使ってでもチームの機体を復活させるというレンの信念が店主に伝わったのか。
渋い表情を浮かべたまま店主は整備場までついて来るように促す。
「おいおいなんだ。客って飛空士科の若造じゃねえか。こんなヴィンテージショップに何の用だ?」
「やめとけ爺さん。傍から見たら鬱陶しい老害にしか見えないぞ。あと此処はヴィンテージショップでも無ければ酒盛り場でもない」
アルコールが回り、すっかり出来上がった年寄は若造に説教の一つや二つでも垂れ込んでやろうかといった構えを見せる。店主は酒飲み爺を相手にせず、レンを望みの品と対面させた。望みの品、いや魔力炉は埃をかぶっており、店主が埃を手の平で払い刻印された型番を見せる。
「まぁ、これだな。訓練用のマスター機に積まれている魔力炉とほぼ互換性がある。埃っぽいが、完全未使用の上物だ。だけど、ちょっと問題があってな」
「金の問題ですか。どんなに時間がかかってでも、必ず支払いますので」
「いや、それもあるんだけどな。このブツは――」
店主は言葉を濁すと、酒飲み爺へと視線を向ける。店主とレンに視線を向けられた年寄は、事態に気付くと、立ち上がり声をあげた。
「ダメだダメだ、それはワシのブツだ! ワシの相棒を飛ばす為に、最後までとっておいてるんだ。誰にもくれてやらんぞ!」
立派な白髭を拵えた外見に似つかず、足腰のしっかりしている老人は、軽快な足取りでレンの元へ駆け寄る。獲物は渡さんと言わんばかりの形相で若者を睨みつける年寄。
これは譲ってもらえそうに無い……
レンは駄目元で先客に事情を打ち明けた。しかし意外にも老人は聞き入る様に話へ喰らい付き、深く頷きながら耳を傾ける。
「爺さんも遥か昔、嘗ては飛空士科の生徒だったよな。こういう話は大好物だろ?」
店主の気の利いた一言で、上機嫌になり老人が口を開き始める。
「そうだ、ずっと昔の話だがな。ワシが若いころは、自分たちの機体よりも上玉な魔力炉を見つけるとな。夜中にこっそり学園に入り込んで、他所の魔力炉を取り外して自分の機体に付け替えたもんだ」
「はははは…… それで、どうなったんですか」
流石にそれはとレンも顔を引きつらせる。その後どうなったのか気になり、尋ねてしまったのが最後。スイッチの入った老人は待ってましたとばかりに、武勇伝が出てくる出てくる。
今まで耳が痛くなるほど同じ話を聞かされているであろう店主は、我先にと立ち去った。
先ほどまでの形相はどこへいったのか、話したいことを出し切った老人は満足げな表情を浮かべる。そしてそれは不敵な笑いへと変わると何かを企み始めたようだ。
「よし、若いのついて来い。連れっててやる」
「連れて行くって…… 何処へ?」
「んなの決まってるだろ」




