15.お気に入りのお店にて
煤を被り動かなくなった機体をいつまでも眺めていても浮かばれないどころか、気分が沈むだけ。再び魔力炉が動くようになるまでは、不動機の事も試験の事も忘れよう。レンはイリスを連れ、少し遅めの昼食へと街に出向いていた。『好きな店を選んで良い』と彼女へは伝えたものの、遠慮しているのか幾多の店先を素通りするばかりで、足が止まらない。
そんな彼女を注意深く見ていると、とある店を目で追っていることに気づく。
「よし、あそこにしよう」
「えっ、ちょっと」
イリスの手を引き、彼女が気にかけていた店へと引き返す。有無を言わさず足を踏み入れた店内は座席数こそ少ないながらも、先客はいない。小奇麗で、落ち着いた暗さがまた心地良い。二人は向かい合う形で四人用の席に掛ける。
「珈琲、暖かいやつで。あとその肉のやつ、あっ大盛で頼む。イリスは?」
店主にオーダーを伝えるレン。どこか上の空だったイリスも慌てて注文を口にする。
「私? えっと、私も同じ物を」
注文を聞き終えた店主の老爺は一礼すると、厨房へと戻っていく。暫くすると、厨房から肉を焦がす音色が耳に届く。喧騒に包まれた都で、ここだけ時間がゆっくり流れているような錯覚すら覚える。
「意外と食うんだなイリス」
「えっ?」
「ほらさっきの注文。俺と同じって、大盛だぞ」
「えぇ! うん、こういう時はね目一杯食べて、気分を変えるの。大丈夫、今日食べた分は別勘定だから」
「なんだそれ……」
最後は誤魔化し笑いを漏らした彼女。普段から周りに合わせる癖があるのか、内容を確認せずにレンと同じ品を頼んでしまったようだ。体に取り込まれる栄養分に関しては、普段から気にかけているようだが、今回は別勘定になるので問題ないという苦し紛れの言い訳も聞けた。
「こういう店好きなのか?」
「好きというよりも、前々から気にはなってたのよ。小じんまりとしていて、いいなって。どこに行っても人が多い中央都市じゃ、こういう場所って稀でしょ? でもどうして、私がここの店を気にしているって知ってたの?」
「どうしてかな?」
彼が会話を茶化したところで、揃って同じオーダーがテーブルに並べられた。彼にとっては容易に攻略できる肉塊も、彼女にとってはナイフを入れることすら躊躇するボリュームであった。手先が動いていない事を気にしてか、レンが手を貸そうかと声を掛けるが、意地を張ってか彼女は肉塊を自ら切り分ける。ナイフが肉の繊維を断裁するごとに、少し赤み掛かった肉汁が切り口から滲み出る。
肉塊を捌き終えると、彼女は制服を汚さない様、慎重に口へと運ぶ。対して、肉汁を垂らす様な胸の突起が無いレンはひっきりなしに、フォークに突き刺しては口へと肉切れを放り込む。
一人は余裕で皿上の敵を淘汰し、もう一人もやっとの思いで制圧を完了した。食事を終えたところで、今後の予定についてレンが切り出す。
「魔力炉は意地でも俺が復旧させる。試験実施までに機体は動く状態にする、だから心配するな」
「ごめん。私……」
「一つ頼まれてはくれないか?」
「何?」
「カティア、あいつの事を連れ戻してくれ。まぁ、あんな性格だけどさ、お前の事を嫌ってるわけでは無いと思うんだ」
「あんな性格って地味に酷い事言うわね。分かってるわよ、それくらい。彼女の事は私が何とかする、それでお相子ね」
活動再開へ向けた段取りが決まり、落ち込んでいたイリスにも活気が戻り始める。食後に珈琲が運ばれてくると、彼女は間髪入れず手に取り口にする。そして程なくして眉間にシワを寄せる。
「何よコレ、泥水じゃない!」
「いやいや失礼だろそれは。無糖はいけない口か?」
「うっさい!」
レンが備え付けの角砂糖を彼女の目の前に、移動させる。しかし、砂糖を入れるよう促す前に意地を張ってかそのまま飲み干してしまう。飲み干した後、自信に満ち溢れた表情で見つめられるレン。同じ条件でお前も飲めと促しているかの如くイリスは視線を送る。
ほら、何ともない少し苦いだけの飲み物で……
「これは…… ちょっと無理だわ」
「飲みなさいよ!」
無糖自体は飲めない事も無い。しかし、今指先で支えているこいつ(珈琲)は不快な酸味が強く、泥水と揶揄されるのも頷けた。
雰囲気が良く、イリスもお気に召した隠れ家の様なこのお店。しかし、喫茶店を掲げておりながら残念な代物が出てくるというのは如何なものだろうか。
二人がテーブルにお代を伏せ、席から立ち上がろうとした時、括り付けられたドアの呼び鈴が揺れる。飛空士科の制服を纏った男子四人組の来店だ。
「おっレンフォードじゃないか! 元気にやってるか?」
「まぁ、ぼちぼちとな……」
馴れ馴れしく声を掛けてきたのは、レンと面識のある同期生。男子四人組のチームを率いるリーダーのアッシュだ。鋭い目つきにエルフ族の特徴的な耳も相まって凛とした顔立ちの男。
『あなた、ジーク以外にも友達いたのね』とイリスが失礼な事を聞いてくるが、そんなことは無い。そこまで親しく無くともアッシュとは数少ない顔見知りではある。
アッシュはこの店の常連なのか慣れた口調で手短にオーダーを伝えると、イリスの横に割り込みレンと向かい合う位置に腰を下ろした。他のチームメイトの男衆三人は別のテーブルで固まり、場もわきまえず猥談に花を咲かせている。
「聞いたぞ、レンフォード。派手にやっちまったんだろ、機体」
「情報が早いな。暫くは飛べそうにない」
魔力炉を破壊した張本人の真横で、傷口をえぐる様な質問を平気で投げつける男。せっかく前を向いていたのに、後ろを振り向かせるような発言は正直やめて欲しい。
「でも本当良かったよ。誰も負傷しなくてさ。命あっての人生だろ。正直、僕も相当心配したんだぜ。それが、こんなこじんまりとした店で、二人でいい雰囲気になりながらランチしてるんだから拍子抜けだ」
「気に留めてくれたのは凄く嬉しいんだが、最後の一言は余計かな」
アッシュがどういう素性かは知らないが、彼の率いるチームは中々に酷い。リーダー改め我らがイリス隊長の率いる自分たちのチームは不動のワーストに変わりはないが、彼のチームは盤石のブービーである。
ついこの間まで、科内では足切り争いをするのは自分たちかアッシュのチームで決まりと言われていたものだ。ついこの間までは……
先日、彼らは初飛行を成功させ、その後は確実に実力を付けてきていると聞く。ワーストとブービーの差は決して小さくない。
「試験当日まで何があるか分からないし、互いに頑張ろうや」
「そうだな……」
「頑張ったところで、何処かのチームが空から去ることにには変わりないけどさ」
「どこかのチームねぇ……」
「まぁ消えるのは何処になるのか、やってみないと分からないけど。今のまま、平行線で試験に挑めばいいんだ。妙な事は考えんなよレンフォード」
アッシュが発した最後の一言だけは口調を明らかに変えていた。謂わば『自分たちはもう安全圏内に脱したんだから、余計な悪あがきはするな』という警告の意を込めているのは、その場の全員が読み取っていた。
イリスは表情こそ、大きく崩さなかったものの、座席のクッションに爪が食い込む程手を握りしめ、感情が滲み出ていた。
「悪い、俺たちはもう帰るわ」
「そうか。残り少ない学生生活、精々二人仲良く満喫しろよ。レンフォード、混血種の嬢ちゃん」
帰り際にアッシュから投げかけられた言葉にはもはや、悪意を隠す意思すらなかった。
レンとイリスが、店を後にすると、店内に残った男四人衆が笑い出す。
「アッシュ、お前あからさまに煽り過ぎなんだよ。でも、相当堪えただろうな」
「あの混血種のクソ女。席立つ時にさり気なく、僕の足踏みやがって。売女崩れの混血種が。いつかブチ犯してやる」




