11.三人目の少女
女子にしては立派な背丈。そして長い脚をより一層美しく魅せる黒タイツ。恵まれた体格を誇る飛空士科一年のとある少女。
彼女はチームメイトと険悪な雰囲気になっていた。
「カティアあなたね、いつも言ってるけどもう少し早く集合する気は無いの? 私たちはいつもあなたが顔を出すまで待ち惚けているんだけど」
「それの何処が問題なんっすか? ちゃんと実技開始前には来てるっすよ。ウチの記憶が正しければ、一度として遅れてきた事なんて無いっすけど。勘違いっすかね?」
チーム内に奸悪な雰囲気を作り出した原因はカティアという少女のようだ。
彼女は決して遅刻したわけではない。しかし、開始寸前ギリギリの時間に平然と顔を出していた。彼女の行動は何も今回に限った事では無いらしく、いつも定刻ギリギリに顔を出す。
「そういう問題じゃありません」
「どういう問題っすか?」
「遅れは遅れ。何で遅れてくるのか、理由を述べなさい」
「女の子は身支度に時間を取られるっすよ。ほらウチご自慢の黒タイツとか結構面倒なんっすよ」
「私も女なんだから、そんなこと知っているわよ。もっと早く起きて身支度すれば済む話よ」
「まぁいずれにしても開始時間までには来ているんだから、実害はないっすよね?」
一言謝れば穏便に済むというのに、カティアは一歩も退こうとしない。どこか自分本位で、話に筋が通って入ればそれで良し、としてしまう心持ちのようだ。
しかし彼女に言わせてみれば、対峙するリーダーもまた面倒な性格の持ち主であるようだ。
リーダーは融通の効かない性格で、規則と規律性を絶対としている。加え学年委員長という肩書きを背負っている彼女。学年委員長としての面子を意識してか、周囲に合わせる事が出来ない者に対しては当たりがきつい。
こんな調子では二人の歩調が合うわけも無い。
チーム内のモチベーション低下を防ぐためにも、いい加減手を打たなければ。
カティアを無理やりにでも周りに合わさせようとリーダーは試みたものの……ご覧の有様で今に至る。
「そういう問題じゃないでしょ。あなたが来る前に私たち四人が何をしているのか知ってる?」
「知らないっす」
「実習の準備をしているのよ。そこにあなたは、のうのうと現れて。そのうえ実技が終わったらさっさと帰る。結局、後始末をするのも私たち」
「うーん。それ勝手に、というか自主的にやってるだけっすよね? ウチに押し付けたいならはっきり言えば済むんじゃないんっすかね」
「だからそうじゃなくて、あなたね……」
「一層のことチーム内規則でも作って、書き出しておけば――」
カティアの屁理屈に痺れを切らしたリーダーが、言葉を遮って突っぱねる。
「そういう問題じゃないのよ!」
「どういう問題っすか?」
両者ともああ言えば、こう言う。そうこうしている間にも、実技に費やすべき時間は過ぎていく。口を開かずとも不機嫌そうな眉間を作りだしながら二人のやりとりを見守るチームメイト達。彼女たちも日々カティアに対する不信感は増すばかり。
「何時だったかしら、この子が上手く課題を進められなくて困っている時に――」
リーダーはチームメイトの一人を指差しながら、過去の話を掘り返し始める。
「――カティア、あなたはただ眺めるだけで手を貸そうとしなかった。どういうつもり?」
「いやいや。あの状況で手を貸す余地なんて無かったっすよ。既にリーダー含め三人がかりで手伝ってたんだから、ウチに入り込む余地なんてないじゃないっすか。ウチは気持ちだけでも、いや右手だけでも添えておくべきだったんすか……」
世間の者たちが空気を読み、振る舞う当たり前の行動を、カティアは結果論を持ちだしてで否定しようとする。
埒の明かないやりとりに、リーダーも苛立ちが募り、右足が小刻みなステップを生み出す。そして説得を諦めたのか、次第に声のトーンが下がっていく。
「空では勝手な行動をする人間が一人でもいると、それだけで危険なの。あなた周りに合わせるって事ができないの? それにその服装、あなた一人浮いてるし。そういう所を合わせるのも大切なんですよ」
リーダーは揚げ足を取るように、服装についてまで指摘を入れ始める。学園の規則ではスカートより下の着こなしは公序良俗に反さない限り自由が認められている。黒タイツに興奮する性癖の人間がいるかは別として、カティアの格好が規則上なんら問題無いことは明白だ。
またしてもカティアは『ルール違反では無い』と正論を突き返すのかと思いきや、そうはしなかった。
しかし彼女の表情は明らかに不快感を露わにしていた。服装にまでケチを付けられた事が余程気に食わなかったのか、自ら不満をぶつけ始める。
「ウチからも言わせて貰いますよ。授業後にチーム専用部屋に集まって、毎日やってるミーティング、あれ意味あるんっすか? あんなの有意義な話し合いをする訳でもなく、ただ内輪ネタで盛り上がってるだけじゃないっすか? 何が楽しいんすか? 全然面白くないんですけどアレ――」
カティアからの思わぬ反撃はリーダーの図星を突いたようだ。カティアが全てを言い放つ前にリーダーは一歩前へ出て距離を詰める。
確かに授業後の時間は本来の目的を見失い、しょうもない話で盛り上がっているだけのお喋り会と化している。でもそういった場が仲間の関係を深める、リーダーはそう信じて止まないようだ。これ以上言葉を交わしたところでカティアの考えを変えさせるのは無理だと悟ったリーダー。ついに、今まで堪えてきた一言を放つ。
「文句が有るなら出て行きなさい! リーダーは私よ。私の命令が聞けないの?」
リーダー普段出さないような裏声を荒げて、カティアを両手で突き放す。カティアも不意に押されたものだから、よろけながら一歩二歩下がる。
リーダー加え他三名のチームメイトが軽蔑の眼差しをカティアに送る。
四対一という分の悪い状況に追い込まれたカティアは溜息をつく。
「はぁ…… 白けた。もういいっすよ、ウチは抜けるんで」
こうして、一人の少女がチームから追い出され、野良となった。
「――とまぁ、こんな感じの経緯なんっす。というわけで、ここのチームに入れてもらいにきたっす」
カティアはイリスとレンの元へと出向いていた。あまりにも唐突に、何の面識も無いカティアの訪問。イリスもレンも戸惑いを隠せない。とはいえ三人目のチーム要員は喉から何かが出てくるほど欲しい。話くらいは聞こうと詳しい経緯を喋らせ、たった今全てを聞き届けた。
「入れてもらいに来たって…… どうしてこのチームを選んだか、理由くらいはあるでしょ?」
「志望動機っすか? 二人だけで寂しく実習に取り組んでいる様子を見て、ここなら入れてもらえるかなって」
「チームメイトは欲しいけど、あなた地味に失礼ね。事情は分かったわ、少しレンと話をさせて」
「どうぞどうぞ」
イリスは小難しい顔をしながら、レンの手首を掴み部屋の外へと連れ出す。先程まで彼女が座っていた席が空くと同時にカティアが腰を下ろした。
「どう思うレン?」
「どうって言われてもな。組んでみないと分からないだろ、実力なんて」
「私は反対よ。あの人、絶対ここのチームでもトラブルの元になるわよ」
「いや、だから組んでみない事には…… 前のチームでは摩擦が大きかったかも知れないけど、俺たちとなら問題無くやれるかも知れないだろ」
廊下にて、ひそひそと言葉を交わすイリスとレン。
カティアに聞こえない様、二人は部屋の外にて小声で議論を繰り広げていた。レンとしては素直に迎え入れたいところなのだが、イリスが反対するのも頷ける。時に空回りはあれど直向きに頑張る彼女にとってみれば、どこか真剣さに欠けて見えるカティアとは馬が合わない。ようやく見つけた自分の居場所を乱されたくない。
とは言え仲間を選んでいる余裕など彼女には微塵も無い。チームメイトがあと二人増えなければ試験を受ける事すら認められないからだ。
俯き目を瞑りながら葛藤するイリス。そんな彼女を横目に、レンは続く言葉を待つ。
「あっ言い忘れてったすけど、能力検査の判定はCなんで。そこも加味してくださいっす。ではではごゆっくり」
カティアは引き戸から顔だけを外に出し一言伝えた後、再び引き戸を閉めた。何の前触れも無く声をかけられたものだから、驚いたイリスとレンは少し背筋が伸びる。
気を取り直し、話を再開。
「チームはあくまで仮。そう言ってたじゃないかイリス。まずは彼女を迎えて、試験を乗り切るまでの期間を共にしよう」
「わかった。いいわ、仮よ仮。私も彼女がやり易いように協力するから、レンもフォロー…… して?」
「任せとけって」
結論に至った二人が部屋へと戻ってくる。
「チーム入隊、合格っすか?」
「あぁ、合格だ。ようこそ、えっと――」
「カティアっすよ」
「歓迎するぞ、カティア」
レンとカティアが手を交わす。
その後イリスも手を差し出し握り合う。イリスはなぜか少し強めにカティアの手を握る。
「歓迎するわカティア。で、それはそうとアレは何?」
「んっ? あぁ、あれっすか?」
握手をしていない空いた左手でイリスが指を差す。
「そう、アレよあれ。何勝手に食べてるのよ。私のお気に入りだったのに。よく見たら半分くらいしか残って無いじゃない!」
握り合っていた右手を解くとイリスが半泣き状態で訴える。
透明で薄手のガラスにコルクの栓で密閉された容器。つい先程まで栓が閉まらないほど容器に詰まっていた砂糖菓子は、半分程にかさを減らしていた。体型を気にしてかイリスが毎日少しずつ、楽しみに味わっていた甘味は一瞬にして誰かの胃袋へと消えてしまった。
「まぁチームメイトなんだから、いいじゃないっすか」
「彼が迎え入れるって言う前から食べてたよね?」
「大丈夫! 初対面の時点で感じ取ったんですよ、チームに入れてもらえるって」
「んもっー、そういう問題じゃないでしょ!」
予想通り性格の違いからか口争いが始まりつつある二人。しかし、両者の間に貶し合うような言葉のやり取りは見られない。
性格のギャップは悪い摩擦を生むどころか、寧ろ互いに刺激し合って思いもよらず、良い方向へと向かうのでは無いか。そんな事を期待しながらレンは二人のやり取りを苦笑いを浮かべつつ眺めていた。これは騒がしいチームになりそうだ。




