第5話 3匹の子豚
「…っ」
この変な感覚、絵本の中に入る事に成功したのか。僕は、ゆっくり体を起こす。
「仕事しなくちゃ。」
倒れている他の三人を起こさないように、静かに走って近くのデカイ木に隠れ、そこに置いてあった“着替え”を着る。結構時間がかかるから、焦らないとやばい。
「いてて」
「ぐ」
少しするといじめていた二人はむくりと起き上がる。それに合わせるように孝くんも体を起こした。
「ここは・・・?」
急に周りが野原になったのだ。驚くのも当たり前だ。
「それより、孝、一体さっきのはなんなんだァ?」
二人は周りが変わった事には特に気にしてない様子。それよりも、孝くんが見知らぬ人に助けを求めてこの状況になったと思い込んでいるらしく、怒りながら孝くんに責め寄る。
「僕は知らないよ!」と言い返す孝くん。だが全く二人の耳には入っていない。
…よし、着替え終わった!そろそろ出よう!
「まあ、いいや…ここで続きをしてやる!」
二人が足を上げた瞬間、僕は木から出てきた。
“狼男”になって
「ガルルル」
「うっうあああああああああ!?」
悲鳴をあげる三人。
そんな状況で僕は安堵していた。
昨日、部長が思いついた案とは、「三匹の子ブタ」の世界に入り、部長がわざわざ狼男から借りてきた“狼男の皮”を僕が着て、三人を野原の奥まで追いつめるという計画である。彼らを追いつめた後はなにをするのか?と聞いたが「それはお前が考えろ」と言われてしまった。僕はとりあえずいじめた二人を脅しまくろうと考えた。
「ウガアァアアァアアアア!!」
「ぎゃーーーっ!!」
走り去る三人。よし、このまま追い詰めればいい!
少しすると三軒の家が見えてきた。手前から順に、鉄の家、木の家、藁の家と縦に並んでいる。三人はそれを見つけると、ダダダダダと速度をあげ、我がものの様に家に入る。香は鉄の家、山人は木の家、孝くんは藁の家を選ぶ。三人がそれぞれ家に入った事を確認すると、僕はまず鉄の家に向かった。
「ガル…お前は一番ダメな家を選んだな」
「鉄の家相手にさすがの狼もウンともスンともできないだろ!」
「…この家は鉄と見せかけた泥の家なんだぞ。」
僕はヒュウウウウウと、狼男の驚くべき肺活量を利用してブレスをし、泥の家と共に香を吹き飛ばす。次に僕は木の家に向かう。
「木なら…!」
「無駄だな。」
僕はさっきの倍ほどの量の息を見せつける様に吹きかける。言うまでもなく、家が吹き飛ぶ。最後に藁の家に向かう。
「ヒィ」
「実はこの藁の家、藁と見せかけて鉄なんだぜ?流石の俺には無理だ…な」
「!」
僕は吹き飛ばされた二人の元へ向かう。二人とも、森の入り口前で抱き合いながら震えている。「ガルル…お前らが俺の土地に入ったやつか…!」「ひぃいいいいい許してください!」
適当にもっともらしい事を言ってみたが、予想以上に驚かれた。ちょっと微妙な気持ち… そろそろ始めないと。
「フン、許してもらえるとでも?罰とし、食ってやる!」
「!?」
土壇場に追い詰められた二人は、あともう少しで泡をふきそうな顔をしていた。その瞬間、二人の前に一つの人影が現れた。
「!?」よく見ると、その人影は孝くんだった。
「やめて下さい!!」二人を覆う様に腕を広げながら、いつもとは考えられない大声で孝くんは僕に言った。
「だって、お前はこの二人にいじめられそうになっていたんじゃないか?そんな奴ら、助けるのか?代わりに倒してやろうと・・・。」
「僕はずっと“自分の気持ちを伝える”事を拒んでた。相手がいじめをやめればそれでいいって話じゃないんだ。自分も変わりたいってどこかで思ってた。だから“いじめをやめてほしい!”って気持ちを自分で伝えたかったんだ!自分が拒んでた事をやりたかったんだ!」
孝くんは叫んでいた。
よっぽど葛藤してきたんだろう。伝えようとしても伝えられなかったのだろう。後ろでは、いじめてきた二人が孝くんの様子に驚き、えぐえぐとべそをかいている。
そうだったのか。僕は振り下ろそうとした手を戻した。
そして後ろを向いて反対側の森へと駆け込んだ。さすが狼男、めちゃくちゃ速く走れる。すぐに木の後ろに隠れ、狼男の皮を脱いだ。振り下ろそうとした手を戻したのは、近くに隠れてた部長に終わったと、知らせるための合図だった。今頃、きっと部長が彼らを現実に戻しているだろう。
計画は終わったのだ。
あの後、無事現実に戻れた。図書室に戻ると、部長と孝くんしか居なくてびっくりした。どうやら、二人は次に出てきた部長(細工とかは全くしていない)に驚いて気絶し、部長が現実に戻って中央玄関に置いてくるまで担いだとか。何気に部長は力があるよな。
「ありがとうございました。」孝くんは戻ってきた僕に、まず言った。
「いやいや、全然!というか、あそこで僕は二人をぶん殴りたかったぐらいだけど。僕から何か忠告しなくて良かったの?」
「もちろん、いじめもやめてほしかったですけど…僕はいつか、自分の気持ちをはっきり伝えたかったんです。でもなかなか言えなくて…他人じゃなくて自分で…」少ししゅんとした顔で言われ申し訳なくなった。
「ご、ごめん。」
「でも空さんは、僕が気持ちを伝えるチャンスを作ってくれて…凄くありがたかったです。ありがとうございました。」
あははと照れ笑いする僕。やっぱりがむしゃらに二人に当たろうとしなくて良かった。
「おーい、図書室閉めるぞー!」外から部長の声がする。僕と孝くんは焦って図書室を出た。
後日、孝くんは改めて二人に思う所をはっきり言ったらしい。今回の件があったからかどうかわからないが、いじめていた二人はすんなりと謝り、いじめは止まったらしい。孝くんをいじめていた二人は僕の教室にきて、ゼリー5個入りの箱を渡してきた。
「あの…この間はすみませんでした。」
あんなに泣かせておいて、高そうなゼリーなんかもらったら申し訳ない感情しか湧かない。いらないよ、いらないよと言ってはみるが、相手も中々折れないので仕方なく全部もらうことにした。家に帰って風呂後に食べてみると、かなり美味しかった。風呂上がりの一杯とはこういうことを言うのだろうか。
一つ言い忘れたことがある。図書室から出る時のことだ。実は、人影を反対側の本棚で見た気がする。室内には僕と孝くんしかいなかったはずなのに… 一体、誰だったんだろうか?