第3話 主張
なんとかしてさっき絵本の中に入ってきた場所に僕達はたどり着いた。
そこにはぽっかりと真っ黒い穴があり、入ると現実に戻れるそうだ。先輩は一応安全のために、と赤ちゃんを穴に入れて現実に帰した。
そしてのんびりと少し雑談を交わして、現実に帰ろうと穴に足を入れた時だった。
「ん?」
と部長は顔を音の方向に向ける。
ズンズンと音が近づいてくる。
「どうしたんですか?」
音には気づいていたが、別に気にするものではないと思い、僕は気にせず先輩に話しかけた。
ズンズンズンズンと音がより早く、より大きく、より近く聞こえる。音が大きくなるにつれ段々と、先輩の顔も強ばる。僕はそれを黙って見てるしかなかった。
「俺から離れろ!!」
次の瞬間、部長は叫んだ。
そして同時に目の前を黒い何かが過ぎる。そして先輩が"消えている"。
は?と口を開いていると右の方向から
「ぐあああああああああああ!!」
と木が揺れるほどの咆哮が耳を刺す。耳を抑えながら音がした方向を向くと、そこにはさっきの狼がいた。
「ぐるるる」
恐怖で動けない。自然と、僕は声が出ない様に口を手で塞ぐ。
「だっは・・・。」
狼の手の近くには、ボロボロの部長がなぎ倒されている。
どうやら狼は僕のことに気がついてないようだ。そうだ!影が薄い体質は、こういう時に"役立って"きたんだ!今使わなくてどうする!このうちに、逃げるんだ!
僕は少し足を動かして、帰ろうとしたが踏みとどまった。自分はこういう、「逃げやすい」体質も嫌って、変わろうとして部活に入ろうとしたんじゃないのか?なのに今も逃げようとしてる。
僕は・・・今、相手に自分がいると気付かせるべきなんじゃないか?
「部長を離すんだ!」
僕は思い切り叫んだ。狼に対して自分の存在を"主張”したのだ。これは僕の中で、大きな、大きな革命だった。
狼はゆっくりと振り向きこっちに近づいてくる。脇に部長を抱えながら、爪を牙で研ぎながら近づいてくる。自分もそれに合わせて後ろに退く。
「なんだァ?赤ずきんじゃねえな。よくもさっきは騙してくれたなァ・・・。」
もう狼の吐息が暖かいと、感じるくらいの距離までは近づいた。
しりもちをついて、体が震える。
「チッ、このやろう」
狼が独り言を呟いている間に僕は打開策を考える。武器もない、倒す技術もない、どうすればいい?
焦っていると右手に何かを掴んだ感覚がする。見ると、それはトリカブトだった。
昔、プラント部に入った時に確か、猛毒花とか言われた気が・・・。
「テメェみたいなナヨナヨがァ」
だけど毒が狼に効くかもわからないし・・・ああ!無理だ!悔しさでトリカブトを握りとる。
「赤ずきんみたいな"主人公"にはなれねえ!」
プチン、とそこで何かが切れた。その時点で僕は狼の口にトリカブトを突っ込んでいた。
「僕だって、主人公になれる!」
「うぉおぉおおおおおぉおお!?」
狼の体が色々な形に変形する。伸びたり縮んだりするゴムみたいだ。毒が、効いた?
狼はくちを抑えながら(変形にどう対応すればいいかわからないのだろう)脇に抱えていた部長を放り投げてきた。それを僕がキャッチする。
狼はグニャグニャに変形する体で、森をかけていった。・・・勝ったのか?
僕は声にならない感覚と部長を抱えながら、気絶してしまった。
僕は空が暁色に染まるぐらいの頃にやっと目を覚ました。目の前には先輩が座っていて、にこにこしていた。事はどうなったのか聞くと、部長は終わった と話してくれた。
あの後、先輩はなんとか意識を取り戻して、僕を抱えて部室に帰ってきたらしい。帰ってきた時間は午後4時、絵本に入って二時間経っていた。
部長は、僕をソファに寝かせ、赤ちゃんをあやしながらお母さんの元へ走っていったらしい。お母さんも、すごく喜んでいたとか…
「・・・ということは?」
「そ、入部試験終了」部長は交差していた手をほどいて、評価してくれた。
「いやぁ・・・俺が咄嗟に庇ったのは、最初しまったと思ったよ。なんたって、君めちゃくちゃビビって逃げようとしてたの、バレバレだったし」
ウッ、バレてた!いくら影が薄くても無理があったか・・・。
「でも、それって演出だよね?」
え、なに言ってんだ?逃げようとしたのは事実だ、バレバレだったんじゃないのか、 人でなし と言われて帰されるのがオチかと思っていた。
部長は、続けて言った。
「でも、君はちゃんと"自分はいるぞ"って叫んだ・・・自分存在を否定しなかった!自分をここに居なかった事にしなかった!そして、追い詰められそうになった時も、君はトリカブトを飲ませて僕を救ってくれた!僕は胸を打たれたよ!」
「そんな・・・。」
「影が薄いなんて嘘じゃないか!君は、十分存在してるじゃないか。」
この一言で、僕は、僕を見ることができた。
そうだ、これまで僕は“ここにいる”って気持ちで生きてなかったんだ。だから、僕は。
部室に暁色の日が射す。「入部完了だ、空君!」今日、僕は、僕を見た気がした。
「はいっ!」
この後、長ったらしい入部届けを書かされた。学校生活のいい思い出になりそうだ。