第2話 赤ずきんと僕
「!?」
僕は数十秒間、呆気にとられてしまった。
それは、「部室がいつの間にか広大な森へと大変身していた」からだ。
部長はケタケタ笑いながら言った
「急な事で驚いたのかな?そりゃ急に部室が森になったら無理ないよ」
「は?ぶぶ部室がも森にななるるるわけないじゃないですか!?」
完全にへたりこんでいた僕は、その現実から目を背けながら細い木が「描いてある」場所へ走った。いや、描いてあるようにしか見えない。というか、それ以外ありえない。
そして、細い木を「掴んだ」。
「ほら!ほら。ほら・・・。」
・・・本物だ。この木は木だ。ちゃんと木の質感がするし匂いもする。この場所が森ではない、薄っぺらい紙が仕掛けてあったと思ってそれを証明しようとしたが無理だった。
「ほら」と言う僕のコメントに対して部長は
「ん?」
としか返してこなかった。
僕がまだこの世界が、森なのかと信じられないでいた所に部長は、この世界にまでこさせた理由を話した。
「ごめんごめん急に。実は朝に、地元の新聞に『赤ちゃん、絵本に飲み込まれる!』と書いてある記事見つけて、絵本部の最初の仕事として引き受けたんだよね。」
「仕事・・・?」
「あっ、言ってなかったけど絵本部ってのんびり絵本作成とかする部活じゃなくて“絵本内で起きたトラブルを解決する部活”だからね」
あまりの急展開に訳がわからない、何言ってんだこの人。
「実は俺、昔から絵本とかに入れちゃう体質で…何かこの体質を活かせないかなと思って、作ったのが絵本部なんだよね!で、絵本の中に人が入っちゃったみたいな事件を引き受けて人助けするの。」
「はぁ・・・。」
一応話を合わせておこう。
「で、さっきチャンスをやるとか言っていましたけど・・・。」
「あぁ、今回は赤ずきんの絵本の中で“狼“の寝てる間に赤ちゃんを助け出す”仕事を一緒にしてもらおうと思う。さっきは入らせないと言ったけど、もし才能があったらもったいない。クリアしたら入部させてあげよう。」
めちゃくちゃ酷い人だ・・・と思ったが溜めておいた。悪態を理由に突き出せる警察があったらなと思った。
「わかりました、やりますよ!で、クリアのためにはなにをしたら、いいですか?」
「赤ちゃんは今、狼の家にいるそうだ。とりあえず今は昼間だから狼は寝ているはず。その寝ている間を狙って絵本の中に入った赤ちゃんを奪って猛ダッシュで逃げる。」
「え・・・怖い。」
「大丈夫だ!まあ俺がいるし何かあったから対処はまあできるだろう!」
内心疑心暗鬼で聞いていたが、やってみるだけやってみようとは思った。
「じゃあ、赤ずきんの衣装に着替えて?」
「えっ。」
やっぱりやりたくなくなったかもしれない。
「・・・。」
無言のまま、森の草をかきわける。スカートが邪魔だ!動きづらい・・・。
あの後、僕は「狼が起きてもバレないように」と赤ずきんの衣装を着させられた。絶対にホームセンターで買ったパーティーの衣装セットだ。
そして今、そんなチープな赤ずきんの衣装で狼の家を目指し、森の草木をかき分けて進んでいる所だ。
それにしても、本当に凄い森だ。見渡す限り木しかない。全体的に暗く、魔女でも住んでそうだ。それに、小鳥のさえずりどころかカラスの枯れた鳴き声しか響かない。もはやホラーに出てくる深い森に近い。
「・・・おっ、着いたな。」
先輩と同時に、僕も踏みとどまる。目を凝らすとそこには、木製の空き家の様な家があった。
先輩は、窓がぼんやりと光っている事に気づいた様で、衣装を着ている事など忘れて水を切る小石のように、僕を引っ張りながら窓の方に近づいた。
窓の中を見ると、狼がスヤスヤ寝ていたが、とても可愛いと言えるものではなかった。毛がモサモサしていて、口を大きく開けて、空気を吸いこんで寝ていた。これが狼人間・・・と考えていると先輩はいつの間にか、ドアを開けて中に入ろうとしていた。
「ちょっと待ってくださいよ!」
僕達は、今から狼の家のどこかにいるはずの"赤ちゃん"を助け出すのだ。
静かにこそこそ部屋に入る。部屋の中にはベッドやテーブル、タンスやトイレ・・・と一般家具が揃ってる。そしてその家具の中や下を物色する。
「いないなあ。」
「こら、狼が起きるかもしれないからあまり喋るな。」
こんな調子で十数分物色するが、全く見つからない。相変わらず狼は寝ている。
すると、ベッドの下から「うぇっうえ」と微かに声がする。
その瞬間、バッと僕と先輩は変な汗をダラダラ垂らしながら目を合わせベッドに目線を移す。
「はぁ…。」
僕達は仕方ない、といった感じで、本当に忍び足でベッドに近づき、ベッドの下を漁ろうとした瞬間だった。
「あら、赤ずきんじゃないの。」
ビクゥッと僕は身体をピンと立たせて狼の前に立った。
狼にバレてしまった。だが、赤ちゃんを探してることには気づいていないらしい。それに"赤ずきん"の僕以外に先輩がいることも。
ベッドの下に手を探り入れていた先輩も一瞬硬直したものの、すぐに作業を始めた。もはや手を止めてる暇もない。
僕は笑顔で狼に「風邪って聞いたからりんごもってきたの」と言ってカサカサ(というより、偽物の)りんごを渡した。
狼はりんごをすぐに食べて「ありがとうね〜」と、裏声を使っているのか妙に高い声で言って、僕とは反対方面に寝返った。どうやらまた寝たらしい。
「おい!見つけたぞ」
恐る恐る先輩の方を振り返ると、ちゃんと先輩の手の上には可愛い赤ちゃんがいた。
僕達は、忍び足で、早歩きで、赤ちゃんを大切に抱きながら狼の家を出てさっき通った道を思い切り走って帰った。草をある程度かきわけていたので通りやすくなっていたが、はやく帰らないといけない。
でも、僕も先輩もちゃんと安全に帰れると思っていた。僕達が走っている頃、裏では狼の雄叫びが響いていたことも知らずに・・・。