第18話 鹿ノ子がやって来た!
窓の近くの桜の木が揺れる。春というのは、穏やかな空気と共に、様々なものが桜のように咲き誇る季節。去年の自分も、そんな桜の葉の中の一枚だった。
しかし現在の僕、多田野空、いや、絵本部一行は、新たな部員を引き入れるために、部員募集の広告を頼りに入部大会を開いて、部室で未来の部員になるであろう、金の卵を待ち続けていた。
実は、僕を絵本部へと引き連れてくれた部長が、部長権限を僕に渡しておいて、権限譲渡書類を放り出したまま消えてしまった!
僕も不安な気持ちを抱えたまま引き受けたけど、まさか部長がいきなり消えてしまうなんて思いもよらなかった。部活委員長からは大量の書類を渡された。それも、「部活は最低四人いなければ、成立しない」という告知付き!今の部員は、僕と、桐さんと、凛子さんの三人だけで、部活成立にはあと一人足りない。
「恨むなら、旧部長を恨むんだな」と、部活委員長はニヤニヤしながら励ましとも皮肉とも取れるコメントを返してきた。
だが、怒っている場合ではないのだ。バカにされた屈辱を抑えて、部活委員長から継続のノウハウを学んだ。その一つが部員を一気に募って、まとめて入部試験か何かで選別する「入部大会」を行うこと。そこらじゅうにポスターを貼り、隅々の教室に告知をした。
そして、最終期限の当日。
入部希望者は、なんと一人いたのだ!
新しいことへの挑戦は、ある意味「自分探し」につながるものがあると思う。挑戦してみて、まだみたこともないような世界と自分に出会うのだ。
あたし、「佐奈鹿ノ子」も今から変わるのだ!
そんなひょうひょうとした気持ちで、私は「絵本部」の部室のドアノブを握り、ひねった。
中には、男性が2人と、女性がひとりいた
「絵本部の入部試験って、ここでいいんですか?」と聞くと、3人の目が一斉に見開いた。
「ああああああああ!!」という左の男性のため息に、真ん中に座っていた女性が「ちょっと、空くん!」と突っ込む。右側には緑色をした髪の毛の男性が、なんだかけげんそうな顔をして座っている。その緑髪が、ぶっきらぼうに自己紹介をする。
「俺は浦羽桐って名前だ。こいつが凛子、その横が部長の空だ。」
緑髪で目つきが悪いのが桐さん、クリーム色の長髪で花飾りが可愛い女性が凛子さん、茶髪っ気の天パで幼い感じの男性が空さん。よし、覚えた!
「早速、君の名ま・・・」と、桐さんが尋ねてくるが、興奮のあまり私は即答する。
「名前は、佐奈鹿ノ子です!高一です!好きなものは、コンビニ肉まんです!」
一気に、桐さんの眉にシワがよる。何か悪いことでもしただろうか?
空さんが話に入ってくる。
「じゃあ鹿ノ子さん、なんでこの部活に入ろうと?」
空さんはイントネーションが少し乱れた口調で質問した。緊張しているのだろうか。
「昔から格闘技をしていて・・・大会でも大きな結果を出しています。でも、格闘技には飽きてしまったので、ほかのことがしてみたいな、と思ったんです!」と私。
「左寄りのポニーテールに、襟シャツ、華奢ながら『拳』らしい手つきと『脚』らしい足、体育系って感じだね!」
空さんはハイテンションで褒めてくれた。そう言われると私も照れてしまう。
最後に「入部させてください!」と言って一礼する。
ソファに座っている3人は、互いに顔を見合す。凛子さんが机の下で、何かと手を動かしている。
凛子さんに気を取られていると、桐さんはまるで睨む様に、私に問い詰めてきた。
「いいのか?昔からやってる格闘技を諦めるのか?」
私はムッとする。別に柔道が嫌いになったわけではない。ただそれ以外で何か秀でるものを見つけたかったのだ。しかし、あながち間違いではない。半ば図星で、カチンときてしまった。
「別に格闘技をやめるわけではありません。でも、それも重々承知の上です。」
「こんなこと言っても意味不明だろうが、この部活、あんたみたいな甘ちゃんには無理だぜ。」
互いに、キッと威嚇し合う。誰が介入することも許さない火花が散る
凛子さんが、机の下に手を潜らせて、本を空さんに渡していた。
「今の話だと、絵本部が何をする部活が、一体なんだかわかりません。狼とでも戦う部活なんですか?」
私は思わず、全国の絵本部にケンカを売る様なことを言う。しかし、負けじと桐さんも言い返す。
「よく気がついたな、その通りだ。」
一気に感覚がぽかんとする。頭がおかしいんじゃないか?そしてハッとすると、また互いに威嚇し合った。
すると空さんがいきなり、机の上で絵本を開く。絵本から光が溢れ出す。
「!?」
思わず驚きの声を漏らす。なんなんだこれ!?
遠のく意識の中、桐さんは、光に体を任せながら告げる。
「これからあんたが、甘ちゃんじゃないか否か判断する。精々頑張れ。」
部屋が光に包まれる。
ハッと、目が覚める。自分の目の前には、知らない天井が広がっていた。
「ここは・・・?」
起き上がり、辺りを見回す。どうやらウッドチックの様な木造の家らしい。窓には可愛い小物が置いてある。ターンテーブルとベッドと椅子と本棚しか家具がない殺風景な部屋だが、落ち着く雰囲気だ。
ドアから出て、とりあえず階段を降りてみる。意識はだいぶはっきりしてきたと同時に、一階から泣き声が聞こえてきた。急いで階段を降りると、開いたままの扉の前で泣き崩れている女性がいた。
あたしは、女性に駆け寄り何があったか聞いてみた。
「あなたの弟が、カイが!連れ去られた!」
さっぱり意味がわからなかった。あたしには、弟などいなかったし、そもそもこの女性は誰なのか。
困惑していると、目の前から恐ろしいほどの寒風が吹いてきた。寒風でやっと意識を立て直したあたしは、外へ出た。
村らしき一帯が、凍りついていた。辺りの家がパキパキと音を立てていた。わかったのは、ここがさっきまでいた部室ではないこと、まず現実でもない世界にいることがわかった。
あたしは、泣き崩れる女性に申し訳なさを感じながら、助けを呼びに一帯を走り回った。
「誰かいませんか!」
大声で叫んでも誰も出てこない。一体全体どうしたことか!
また、意識が飛びかけた時、一羽のカラスが私の肩に降り立った。
「!?」
「安心して!僕だよ、空だよ!」
カラスの声は、空さんの声だった。私は、確信のない安心を覚え、カラスに問うた。
「ここはどこなんですか!?それに状況も・・・」
「ここは絵本の世界だよ!絵本部は、もともと絵本の中に入って冒険する部活なんだ!」とカラス。頭がなおさら混乱する。
「わかりやすく説明すると、RPGゲームの中に入っちゃった感じさ。ここから出るには、そして入部するには今から言う条件を達成しなくちゃならない!」とカラスが続けて言う。
「じゃあ、百歩譲ってゲームの中みたいな世界に入ったことにしましょう」
暗唱する様に、自分に説得する様にカラスは言う。私も続けて話す。
「その条件とは?」
「ズバリ、この村を凍らして、絵本『雪の女王』に登場する『カイ』をさらった氷の女王を倒しに行くこと!ただし、カイは君の弟という設定だ。」
身震いした。村を凍てつかせるほどの者を倒すなんて馬鹿げてる!
「そんなの無理です!」
「大丈夫、君なら倒せる。僕もナビゲーションと手伝いはするよ!それに、入部もかかってるよ。」
そうだ!もともと私は、自分を変えようと思って絵本部に入ろうとしたのだ・・・。なんだかわからない世界だが、ここで挑戦せずにいられるか。
少しばかり沈黙して私は口を開いた。
「やります!」
カラスはコクっと頷いてくれた。
私は、さっきの家で支度をし、カラスを頼りに雪の城に向かった。